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14 不埒者

 テオールにはレクスと船会社への連絡を頼んだ。王からの調査費用に加えて、恐らく取り潰しになるノルデン家の資産から船や積み荷の保証金も幾分か回ってくるだろう。

 何かとうるさいテオールを追い払った隙に、二人分の乗船券を手配し、早々に船に乗り王都を離れた。


 マリーナは何か心配事でもあるのか物思いにふけることが多く、船内で取った食事もあまり進まないようだった。馬車の旅に王都の謁見と立て続けで疲れたのかもしれない。父の勧めたとおりもう一日王城で休んでから出発しても良かったのかもしれないが、マリーナは王城が気詰まりな様子だったし、僕も王城にいれば何かと雑用を押しつけられてしまう。

 目を合わせないようにしているのがいつもらしくなかったが、深入りすることなく互いの部屋へ戻った。


 ベッドに入ったものの、眠れそうにない。それでも目を閉じる。

 あのナイフの意味を知りたかった。

 王都に行き、王城に入るにも関わらず、そのまま忍ばせていたあのナイフ。僕と同伴でなければ王城で没収されていただろう。下手すれば衛兵に捕まっていたかもしれない。

 王を狙うことがないよう注意を払ったが、王城ではナイフの入った袋には一度も触れなかった。目印に付けた糸もついたままだった。それが、船に乗る前にナイフを確認したのだろう。糸はなくなっていた。

 狙いは僕で間違いないだろう。別荘ではテオールやレニー達がいて、身動き取れなかっただろうが、今は側近はいない。狙うなら今夜だ。


 ドアがゆっくりと開く音がした。船室のドアは重いが、音がしないよう気を配っている。

 ゆっくりと近づいてくる気配。

 ナイフが鞘から引き抜かれる。

 そのまま、僕を突き刺すのだろうか。心臓の上に置いた手で守れるか…

 …?

 しばらく待っても、何もなかった。

 深い息の音がして、しばらくするとドアの閉じる音がした。そのまま部屋を出て行ったのか。

 気がつかれないよう、そっとその後を追った。

 たどたどしい足取りで、甲板を歩き、月の光る海面を見つめている。

 うっすらと浮かべた笑みには、殺意はなかった。


  人を殺せなかった人魚は、人魚に戻ることなく、

   海に飛び込み、そして泡になって消えてしまった…


 両手で手すりを掴み、勢いよく柵の向こうへ飛び込もうとしたのを見て、その腰に手を回して引き戻した。勢いのまま僕の上に倒れ込んだマリーナと共に僕も倒れた。

「死ぬ気なのか」

 こんな時間に海に飛びもうなんて。

「僕を殺しに来たんじゃないのか」

 僕が寝たふりをしていたことに気付いてなかったらしい。目を大きく見開き、動揺を隠さない。

 甘んじて刺されるつもりはなかった。手を振り下ろせば、そこで取り押さえる。多少の怪我は覚悟の上で、現行犯で捕らえるつもりだった。それなのに…

「僕が君に何をして殺そうと思ったのかは知らない。でも君が死んでどうする。…死ぬな」

 僕の言葉に、マリーナは笑みを浮かべた。あまりに優しい笑みだった。死のうとしたことなんて、なかったかのようだ。その笑みが意味するところが、僕にはわからない。


「シヌナ ハレンチ フラチモノ」

 …は?

 マリーナから飛び出した言葉に、困惑した。

 い、今、何て言った?

 死ぬな、破廉恥?? 不埒者???

 それは、僕のことか?

 マリーナは口をパクパクと動かすけれど、ペンダントは反応しない。伝えたい言葉は僕には伝わってこない。

 笑みを浮かべたままゆっくりと立ち上がり、僕の元を離れ、後ずさる。その間も、僕に何かを語りかけている。その後ろには、さっき飛び越えようとした手すりだ。

 もう一度飛び越えようとするなら、二度と飛び込めないように捕まえる。縛り上げてでも止めてやる。

 身構える僕に、ペンダントから流れる言葉はため込んだ分饒舌だった。

「ニンギョ モドル ナイ ジブン … ニタク ワラウ … ワタシ ニゲル … コロス ナイ ケッコン ナイ アワ ナル … ワタシ タスケタ イノチ ダイジ」

 秘めていた想いを吐き出すように語られた内容は、そのまま聞けば意味不明だったが、自分の中にあった疑問の答えを含み、全てのつじつまを繋ぎ合わせていく。

 そして、徐々に思い出す、あの時…。あの時、何があったのか。

  ニンギョ モドル … ワタシ タスケタ イノチ …

「人魚…? 君が人魚…。僕を助けて、僕を尾ひれで殴った…」

 沈んでいく自分を引き上げた、何か。

 岸に流れついたんじゃない。岸まで運ばれたんだ。襟を引かれて、波よりも早く…。

 浜辺にたどり着き、息ができなかった僕の背中を叩き、息を取り戻してくれた、それは、

「服の背に大きな尾ひれのような跡があった。ぼんやりとしか思い出せないけど、誰かが岸まで運んでくれて、それなのに何故か怒らせて…」

 記憶に残る、海のような青い目。それは今、目の前にいる、この目と同じだ。

「人魚なのか。道理で歩くのがたどたどしい訳だ。人になったのは何でだ? 僕に怒って仕返しに? 僕は君に何をした?」

 僕が何か怒らせるようなことをしたに違いないのに、マリーナの方が恥ずかしそうにしている。その意味は、つぶやかれた言葉でわかった。

「ブラ ドロボー」

 ……。

 な。

 なんだって?

 僕が? ぶ、ぶぶ、ブラドロボー?

 全く記憶になく、心当たりもない不埒な罪名に呆然とする僕に、マリーナは視線を下にそらせたままゆっくりと答えをくれた。

「ゴミ マチガイ ブラ ヒッパル フルイ シキタリ ケッコン コロス … コロス ツマラナイ」

 ゴミ。…ゴミ? 

「ああ、貝のあれか…」

 ゴミがついてると思って、貝を取った。手や体を切るといけないと思って。

 …似たような貝を、マリーナは持っていた。持っていた袋の中にも紐のついた貝があった。

 人にあれを見られたら、引きちぎられてしまう。そう思い、あらかじめ外しておいたのかもしれない。トレイの上に置いた物を返した時、一番に手に取って袋の中に入れたのは、…恥ずかしくて、隠したんだ。

 何てことだ。

 ブラを外した相手と結婚か殺すかって。ずいぶんひどいしきたりだ。

 そりゃ、破廉恥な不埒者相手なら殺すことを選択するだろう。それなのに、殺すのはつまらないと思いとどまってくれたのか。

「…すまない」

 人生でこの上ない大失敗だ。よりによって恩人を辱めて、殺意まで抱かせておきながら、恩情で生きているのか。

「それなら、結婚すればいいのか」

 自然に思いついたまま、口にした言葉に、

「ムリ ナイ」

とマリーナはきっぱりと言い放った。

 そりゃそうだ。僕は破廉恥な不埒者だ。そんなこと言う資格は僕には…

「アナタ アナタ シアワセ … トオル ニンギョ ギリ ナイ … アンシェラ シアワセ クラス アナタ」

 アンシェラ? 幸せ 暮らす…

 僕の目を見つめ、説得するように語る。

 僕の幸せ… もしかして、マリーナは誤解してるのか?

 気がついたらマリーナを引き寄せ、抱きしめていた。緊張がほどけた途端、どうしようもなく笑いがこみ上げてくる。

「ははははは、全く君って人は…」

 こんなにお人好しでいいんだろうか。こんなにかわいくて、もうどうしたらいいんだろう。

「アンシェラは僕の母だよ。父に頼まれて、母の宝飾品を届けに行くんだ。母と暮らすのも幸せだろうけど、子育ても一段落して羽を伸ばしてる母に叱られるよ」

 不埒者の幸せを願い、殺したい相手を死ぬなと言う。

 何てお人好しな、愛すべき人魚。

「…人魚って面白いなあ。君が特別面白いんだろうか。うん、いいな。君となら楽しく暮らせそうだ」

 愛おしい。手放したくない。はっきりとそう思った。だから、こんな提案をしてみたくなった。

「もう少し人間の世界で暮らしてみないか? …結婚を前提にして、気に入らなければ、僕を殺して人魚に戻っていいって条件なら、全てうまくいくんじゃないだろうか?」

 だけど、選ぶのは僕じゃない。マリーナだ。

「もちろん、君がその気なら、だけど…」

 僕は答えを待つしかない。君はどんな答えを出すだろう。どんな答えでも、僕は受け入れなければいけない。決してせかさず、強引に答えを導き出さずに。


 それにしても、自分のしでかしたことにあきれかえる。

「僕のご先祖が、恩人の人魚にとても失礼なことをしたと聞いてる。もし人魚に会えたら、僕は絶対に恩人を間違わないと心に決めてたんだけど、…僕もずいぶんと失礼なことをしてしまってたんだな」

「ケッコー シツレイ デモ」

「でも?」

 聞き返す僕を見て、マリーナの頬がほんのりと赤くなった。

「オウジ イッショ イヤ ナイ」


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