10 宝石箱とワッカ
次の日も、マリーナを連れて海に行った。プリスカ嬢がいないうちに指環のことを聞こうとしたが、まるでどこかで監視しているかのようにプリスカ嬢が現れた。
その姿を見て、早々にマリーナが離れていく。うらやましい。離れられるなら、僕も離れたい。
マリーナは、今日も近づいてきたイルカと戯れている。
少し沖にまで行っているようだ。テオールがその様子を確認しているが、なかなか戻ってこないのを心配している。
プリスカ嬢に散歩でも、と誘うと、そろそろ戻らなければ、とすんなりと帰っていった。話すことに満足した頃合いでタイミング良く日差しの中に誘えば、見事に成功した。結構無理して海岸まで来ているとしたら、そろそろ折れてほしいのだが。
戻ってきたマリーナの様子を見に行ったテオールが、慌てた様子でこっちに走ってきた。
手渡された物を見て驚いた。僕が船に残してきてしまった、父から預かった宝石箱だ。
まさか、あの間に取りに…?
「取りに行ってくれたのか?」
「プリスカジョー イル ナイ ジカン ハカイ」
時間破壊…? …? …ああ、時間潰しか。
本当に海にあったんだ。何てことはないかのようにふるまっているが、イルカ連れとは言え、海の中まで探しに行ってくれるとは。
感謝を込めて思わず頬に口づけたが、恐らく意味はわかっていないんだろう。きょとんとした目を見ているうちに、一時はネコババを疑った自分を反省した。
「ありがとう」
マリーナは、感謝の礼を笑顔で受け取った。
「何だ、その輪は」
テオールはマリーナが手にしていた鉄の輪が気になるようだ。
「ワッカ イルカ スキ アソブ」
手を伸ばすと、すんなりと手渡してくれた。鉄の輪だ。そう長く海に沈んでいたとは思えない。鉄の幅、大きさからして、思いつくのは…
「箍…? 樽の?」
鉄の輪を掴んだまましばらく考え事をしていると、
「ヤル」
と言ってマリーナは笑顔を見せた。イルカのように僕も喜ぶと思ったのかの知れない。
「ありがとう」
と言いはしたものの、思いつくのはあまり良くない事ばかりだった。
食事の前に、マリーナに樽を見せた。あまり見たことがない様子で、この中に水やワインを保存できる、と言うと、興味深そうに眺めながら、コツコツと叩いていた。樽に巻かれた鉄を見て、今日拾ったあの鉄と同じだと気がついたようだ。船の周りにあったとしたら、積み荷の樽が破損したものだろう。
…船?
「船まで行ってきたのか?」
聞けば、素直にこくりと頷いた。
「あの箱は船の中から拾ってきたのか」
そこはしらばっくれて目を合わせずにいる。箱が船の中にあったとしたら、最初はあの箱の中から指環だけを選んで拾ってきたと言うことだ。それを知られたくないのかも知れない。しかし、そんなことより、あんな沖に沈んだ船の中を一人で…、お供のイルカがいたとしても、人一人で捜索するのは決して安全じゃない。
「危なくなかったのか? 無茶はしないでくれ」
僕が心配したのが意外だったのか、じっと顔を見られた。しげしげと見つめる青い目に、引き込まれそうになる。
「フネ アナ オオキイ ブツカル?」
「船に?」
穴が?
こくりと頷いた。
「… … キ ウク タクサン… フネ アナ シズム」
「あの辺りは岩場はない。安全な場所に停船し、波に向かって操縦もできていた。嵐は無事やり過ごせるはずだった。それなのに急に浸水して、船体がバランスを失い…」
やはり船体に穴が開き、浸水していたんだ。岩場がなくても漂流物にぶつかった可能性もない訳じゃない。それは想定に入れていたが…
「アナ キ ソト ヒロガル ウチガワ …」
木が外に広がる…。まさか。
「ツミニ パン」
砕けた樽。穴が開き、浸水する船体…。
出港直前に追加になった積み荷は、ワインが入った「樽」だった。最後に運ばれた物だ。船室の手前、船体の壁面に近い位置にあってもおかしくない。
港が密輸品騒ぎで騒然としている中、追加で運ばれた荷物。
「…なるほどね」
テオールを指で呼び寄せ、父から沈没船調査の許可が出たことを確認した。今日マリーナがイルカと共に向かった場所も把握できている。すぐにレクスに許可が下りたことを伝え、明日には調査を開始できるか確認するよう指示した。もしかしたら、別の探し物も出てくるかも知れない。そのために沈めたのだとしたら、僕の抱いていた疑問は全て解決する。
知らないうちに笑みが漏れていた。
食事を終えると、マリーナに
「近いうちに、一緒に王城に行ってもらっていいかな」
と尋ねた。
「ナゼ ワタシ」
「君が拾ってくれた指環を、父に渡そうと思う」
父の要請は「世話になった者を王城まで連れて来い」だ。僕にとって、今回一番世話になっているのは、指環を拾い、宝石箱を拾い、船の穴を伝えてくれたマリーナに他ならない。ついでとは言え、船の位置も知り得た。恐らく数日中に解決するだろう。
しかし、当の本人からは
「オウジ イケ」
あまりにシンプルな回答に、思わず吹き出してしまった。
「もちろん、一緒にね」
これはお願いじゃない。決定だ。
営業用の王族の笑みを浮かべると、怪しげに僕を睨んだけれど、行かないとは言わなかった。よく心得ている子だ。
アヒルから少しだけ進化しているものの、まだ歩き方もたどたどしい。
腕を貸し、部屋まで送ると
「アリガト」
と言って、部屋に入った。
愛人にしたいとは思わないが、そばに置いておきたいような気持ちにはなる。とはいえ、こんな別荘の片隅で暮らすのはあの子には窮屈で、きっと望まないだろう。
兄達よりは幾分か自由にしているとは言え、僕もまた王族のしがらみから抜けることはできない。この先ずっとイルカのいる海辺に近いこの別荘にいる訳にもいかないだろうし。
本人が戻りたいなら、時間がかかっても故郷を見つけ、そこへ戻してあげるのが一番だ。それが今の僕にできる一番の恩返しになる。




