始まりなんていつもこんなもん・2
「世界を滅ぼします。」
ひとつ、たったひとりにしるしをやる。
ひとつ、そのしるしは一度だけコピー出来る。
ひとつ、コピーされたしるしも、同じく一度だけコピーできる。
ひとつ、しるしを持つものだけが、世界の崩壊から助かる事が出来る。
ここに、世界が滅びる方法及び時期については未定とします、という注釈が付いてくる。
俺の耳に入るくらいに、世間で話題になり出したのは、2ヶ月くらい前だっただろうか。
その日も、社運を賭けたプロジェクトがスタートするんでもなし、経営の見直しによる予算削減の対策が必要になるんでもなしに開催される、毎週火曜の定時後定例会議を何とかあくびを出さずに耐え切って、デスクに戻る前に一服、と、「じゃあ、ご一緒に。」とついて来た後輩が話し出した。
「そういえば先輩、あれ知ってます?」
「…おう。…お前あれな、いつもそれな。あれじゃ分からん。」
「あはは。ねー。」
言いながらポケットからタバコを取り出す後輩。
弊社にも禁煙ブームが来ているのか、それなりに広い喫煙室に、今は俺たち2人だけだった。
こいつは、新卒で入社した初めから調子いい奴だった。仕事は当たり障りなくこなし、かつ上司やパートのおばちゃんの話も嫌味なく受け上手で、適度な愛想もちょうど良い。が、飲みに誘うと、相手が部長だろうがのらりくらりとかわして、帰っていくような、ネットでなら見た事があるような、ザ・新社会人とでも言うような奴だ。
一人前に仕事出来るようになったと思って褒めてやった日ぐらいから、日に日に懐いてきたと思ったら、俺に対しての適切な愛想はどこにいった。
一瞥。
「…すません。」
タバコを一口吸って、一息。
「…で?」
「あ!あれ!SNSで話題になってんすよ!世界滅びるって!」
後輩は続ける。
「なんか、滅ぼします!って宣言した奴がいるらしいっす。でも、しるし持つやつだけは助けますって。」
別に珍しくもない話題じゃないかと思った。
ノストラダムスしかり、マヤしかり、いつだって終末論は尽きないじゃないか、と。
「しるしって、売ってくれるのか?数十万とかで。」
占い師のつぼしかり。
「いやいや!…いや?…そいえば、そういう奴もいるかも知れないっすね。けど、タダっす!」
左手の手のひらを上に人差し指と親指で丸を作って後輩が言った。
いやいや、それじゃ逆に金かかるようにしか見えないが、と口を出そうになったが、後輩が話を続ける方が早かった。
「なんか、その滅ぼします!って言った奴が、このしるしを持つものだけは助けてやるって、誰かにしるしをあげたらしいっす。で、そのしるしをもらった奴は、しるしを一回だけ誰かにコピーしてやる事が出来るらしいっす。コピーされたしるしを持ってる奴も崩壊免除で、さらに1回、誰かにコピー出来るらしいっす。」
…なるほど。
「…なるほど。」
「あ!分かるつもりがない奴だ!『なるほど、分からん。』だ〜。いいですか〜?」
言いながら、手持ちのバインダーから定例会議の資料の1枚を抜き出し、空きスペースに何やら書き出す後輩。紙の隅にある四角に囲まれた重要の文字を何ともなしに眺めながらタバコをふかし、後輩を待つ。
「こいつが世界滅ぼすって宣言しました。」
…魔王でも描きたかったのか、3つのぎざぎざ山みたいな…たぶん王冠…を被り、つり目の牙を持つ何かから吹き出しが伸び、「世界滅ぼす!」と言っている。ディティールに関しては何なのか問いたくなるが、全体として、あぁ、魔王なんだろうと予想出来るものを描けるのだから、絵は下手ではないのだろう。
それともパーツパーツのバランスによるものなんだろうか、それなら空間認識能力になるのか?
なんて考えてると、
「お前にだけはしるしをやろう。」
後輩は矢印を下向きに、その先に描かれている麦わら帽子のような帽子とフォークを持った人物まで伸ばしながら言う。
「これ、農民っす。」
いやいや。機械化が進んだ現代で、でっかいフォークみたいな、あれって農業で使うんだろうか。
なんて言うんだろう、あれ。
「そのしるしあるから、お前だけは助けてやろう!しかも、スペシャルラッキーぷらすわ〜ん!しるし、一回だけコピー可!」
スペシャルラッキーぷらすわ〜ん。頭の中で勝手に繰り返される。内容を理解しようとしていない。俺の意思じゃない。俺の頭が勝手に理解を拒否しているのだ、きっと。
農民の下に、女の子だろう人物だとか、サラリーマンだろう人物だとかが描かれており、農民から女の子、女の子からサラリーマンへと矢印が伸びていく。矢印が書かれる度に人物の右上に付け足される、そのしるしとやらのつもりらしい花丸と、その下に箇条書きされた、しるし=崩壊免除!、しるしコピー可!(一回のみ!)のふたつで、何とか理解する。
この理解は、やはりこいつの絵心ないし、空間認識能力のなせる技なのだろうか。いや、俺にそれだけの理解力があるんじゃなかろうか。こいつの作るプレゼン資料はどうだっただろうか。プレゼン資料も分かりやすいものだっとして、てことはやはり資料作りのノウハウを教えてやった俺がすごいんじゃなかろうか。
「先輩ならどうします?」
となると、いつも課長にダメ出しを受ける俺の資料は何なんだろう。昔、課長がまだ俺の教育係だった時代に教わった内容は踏破しているはずなのに、課長の指摘通りに、少しいじるだけで、俄然として資料が良くなる。資料から後光を感じる時さえある。思えば、この人だけは、本当に尊敬出来ると、新卒でいきがっていた俺が素直に受け入れられた最初の人だ。
「ー先輩!」
「っと、すまん。…何だっけ?」
「だから、先輩ならどうします?って!先輩、また自分の世界入ってたでしょ。」
長いひとり暮らしのなせる技か、それともひとりっ子の弊害とも言えるのか、考え出すとー
「いやいやいやいや、また自分世界〜!」
後輩のツッコミは、入口近くに設置されたけたたましく鳴る空気清浄機に飲まれ、後には風の音だけが残る。
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