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『8』

「あむっ、ちゅっ、ちゅぱぁ、れろぉっ、ごくっ。」


ああ、柔らかくて痺れる感覚、たまらないっ!


「しゅご~い!」


アイスクリームってこんなに素敵な食べ物なんだね!


「こへ、おいひい!」

「…ずいぶん気に入ったようだな。」

「うん、ぴちゅ、んれろっ。」

「悪いが…。できれば静かに食べてくれないか…?」

「あ゛んえ゛ー?」

「…説明しにくいが、そろそろ限界だ。」

「へんあ゛い?」

「…ああ、だからそれ以上はベッドでやらせてもらおうか。」

「へっお゛え゛?」

「いや、マジでやばいんだ。俺じゃなくてお前が。」


え、私のためなんだ。確かにいつも私のせいでみんな危険な目にあったし。今の私、またなにか間違ったのかな。


「ごめん…。」

「記憶が戻ったらお返しでたっぷり食べてもらうから。」

「えっ、本当?」


ふわあぁ~!ソフトクリーム、もっと食べさせてくれるの?すっごい!お楽しみ!期待しちゃうっ!


「…お前さ。その顔、破壊力マジやばいからー。」

「うん?」


うむ、おかしいな。どうして何も言わないのかな…?それより、アイスの破壊力って?まさかリョウガはアイス嫌いのかな?なら、はやく食べなきゃ。


「あ~ん♪って、あれ…?」


ああっ、いつの間にか溶けたアイスで手がねばねば…。あっちこっち白いのがいっぱい…。


「わっ、指からバニラの味がする。」


クンクンして見たけど、なぜかリョウガは返事してくれないし。横向いたら真っ赤くなって、視線逸らしてるし…?


「私、ちょっとお手洗い行っくる。」

「…気をつけろ。」

「うん!こう見えても、用心に用心を重ねてるから!」

「そういう意味じゃー。」


あっ、リョウガ苦しそう…。ううっ、やっぱ私、もっと頑張らなきゃ、ちゃんとしなきゃ…!


「じゃ、行ってくる!」

「待って。」


え、なんで?どうして手を伸ばしてるの?


「あれ。」

「これって…?」


普通のトートバッグだけど。まさか、鞄が欲しくて…?


「…なに悲しそうな顔してるんだ、お前。」

「あげる、これあげるからっ!」

「違うんだろ。持ってあげるだけだ。」


そっか。確かこのままじゃいろいろ困るし、


「なあ、お前ー。」

「心配しないで!私、平気だから!」

「…。」


小さなため息が聞こえた気がする。聞き間違いかな。トートバッグは奪われちゃったけど。問題なし。手を洗って、はやく映画を見に行こう!


「ふわあぁ~!」


ってなにこれ面白い!ヒロインが素敵過ぎ!


「ねえねえ、あれ見て!」

「しーっ。」


ああっ、すっかり忘れてた。映画館では静かにしなきゃ。でも素晴らしい、私もなりたいっ!


「お前さ。」

「え、なに?」


映画が終わって、すぐ外のカフェを目指していた私を、リョウガがじっとみつめた。あんなに熱い視線、ちょっと恥ずかしいかも。


「どれだけ好きなんだ。」

「げっ、い、いきなりなんのこと!?」

「映画の、ヒロインのことだ。」


えっ、その話?


「す、素敵でしょ?愛する者のため戦う乙女はいつもきらきらしてるし!」


って、どこかで聞いたことあるけどー。


「あかり。」

「え…?」

「愛するものを守る。それが煌めきならー。」


一歩ずつ、近づいてくる。彼との距離が狭まる。近づく息がくすぐったい。


「お前は世界中を照らしてるはずだ。」


近っ!近い!近すぎ!!


「あ、あはは。冗談だよね?」

「お前のことなら、俺はいつでも本気だが。」

「う、嘘だろう。そんなことないって私知ってる。なんの役にも立たないじゃん。むしろ私の存在は、みんなを苦しめてー。」


生きてる意味のない迷惑の塊。それが私。きっといくら涙を流してもこの心は晴れないはず。駄目なのに、いやなのに、また世界が滲んでしまう。


「お前は間違っている。お前は誰より輝いてる。そばにいるだけで力を得られる。だから俺たちはずっとお前を探していたんだ。お前が必要だから。」


そんなはずがない。あなたはただ、甘い言葉で私を揺れたいだけでしょ。でも、私にはその偽りも大切でー。


「お前が無価値だとしたら、お前の探すため必死だった仲間の努力さえ無意味になる。お前のため全てを投げ出した仲間たちまで無価値だと言いたいのか、お前は。」


違う。感謝してる。みんな大切で、大好きでー。


「記憶がなくてもお前は黒羽あかりだ。お前がお前であることで、みんな救われた。だから自分を責めるな。堂々としろ。」

「ーっ。」

「そして、なにがあってもー。」


あなたは私の弱みを誰よりも知ってる。私の心に入り込み、弱気を撫でてくれる。それって、反則じゃない…。


「俺はお前の盾になる。」


もう一歩。先より近い。でも、踏み出した足跡も、私には愛おしい。


ーあいつが近づいたら…。


「!?」


なに、今の。頭のなか、コメントのように文字が見えて、回りだしてー。


「あかり?」


頭が痛い…!


「まさかお前ー。」


ああ、そう。リョウガは私に近づいてはいけない。そしてもし、近づいてくるならー。


ー殴ってあげなさい。


「くっ…!」


はい、仰せのまま…。


「あかり。」


力を尽くした一撃だったのに。


「いきなり近づいて、驚かせたか。」


どうしてまた近づいてくるのかしら。どうして逃げてほしいのかな。どうして悲しいのかな。


「すまない。許さなくてもいい。だが、人が多いからー。」


左の気配を狙う。でも振り向いた時、なんの反応もキャッチできなかった。私、普通より強いのに。願いや祈りが、人をどこまで強くするのかな。


「ちょっと落ち着いてもらおう。」


掌が頭をなでた瞬間、意識が飛んだ。


「ふう…。」


今は私のものではない。この時間は記憶してはいけないし、記憶できない。もちろん、逆らうこともできない。


「さて、ゆっくりと話し合おうか。」

「はい…。」

「先のは、誰の命令だったか?」

「ゆかりん…。ゆかりの…。」

「…はあ?」

「あいつが、『リョウガが近づいたら殴ってあげなさい』って…。」

「なー。」

「あかりぃん!」


一所懸命走ってくる足音。きっと誰かを自分のより心配する音。


「…やあ。」

「『やあ』じゃないわよ!いったいなにがあったのよ!」

「大したことはー。」

「大したことよ!あんなメール送ったくせに!」


怒っている声に涙が滲んだ。きっと全部私のせい。


「今までのこと、一から十まで話しなさい!」

「お前、あかりに暗示かけたことあるのか。」

「はあ?そんなことするわけー!」

「『俺が近づいたら殴ってしまえ。』とか。」

「あ、あるけど…。ってそれもカウントするの!?」

「たぶん、命令はすべて。」

「うそ、私そんなつもりじゃー!」


ああ、また泣き出した。どれもこれも、私が悪い。


「って、それはあんたが悪いのよ!」

「またその話か…。」

「またじゃないわよ!今のキスがどれほどあかりに影響を与えてるのか自覚してる?」

「ああ、ちゃんとわかってるんだ。あいつに手さえ出せないからな!」

「手も足も出ないのは私も同じ!」

「恋人にキスさえできない俺の気持ちはわかってくれないのか?」

「じゃどうするのよ!」


少しの沈黙が漂う。ため息と涙だらけの空白。


「今できることをやろう。あいつから教わったように。」

「なにができるっていうのよ…。」


近づいてくる人の影。でも、全身の力が抜けて指一本さえ動けない。


「あかり。」

「んっ…。」

「すまない。気づかなかった。あの日まで俺は、お前の無理矢理を、作り笑いを本物だと勘違いしていた。なぜお前の本音を聞いてくれなかっただろう。そのすべてが配慮だったことを、俺はお前を失って気づいた。」

「ふっ、んん…。」


頭から頬へ伝う温もり。すっごくなれていた、なぜか安心する。


「俺はお前の好きなことなんてわからない。だから教えてくれ。人のペースに合わせず、お前の道を歩めばいい。今度は俺がついてくるから。」


襲い掛かる気持ちより、満たされる心が嬉しい。そう、あなたはいつも優しかった。だから一目ぼれしてしまった。


この温もり、今度こそ絶対忘れないから。あなたも笑顔でいて。約束だよ。

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