表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

『7』

「ほら、できた!」

「ありがとう、ゆかり。」


鏡の中には見慣れない私がいた。こんなの、ちょっと似合わないかも。思わず俯いてしまう。


「はい、ストップ!何考えてるの?」

「え、いや、その、三つ編み、初めてだから…。」

「もう、『はじめて』じゃないのよ。何度も苦労したのに!」


苦労って、疲れてることよね?こんな時は『ごめんなさい』とか『すみません』とかっ…!


「でも、それが私の喜びだった。大切な想い出。かけがえのない時間、唯一な幸せ。」

「えっ…。」

「苦しい時も、悲しい時も、あかりがそばにいてくれた。だから私頑張ろうと思った。雨の日も風の日も、全部乗り越えられた。ありのままの私にいられた。」

「…ごめんなさい、ゆかり。大事な想い出を、私は全部ー。」

「それは言わない約束。」


ゆかりは「あかりは謝る必要ないっ!」とかいってるけど、やっぱごめんなさいはごめんなさいだもん。でも、私から敬語を言われた時のゆかり、特に辛そうな顔して…。


「私たち双子でしょ?」


後ろから抱きつく温もり、暖かい。


「こんなちっぽけな事で『ごめんなさい』とか『すみません』なんて、聞きたくないわ。」

「ごめん…。」

「あかりん。」


ああ、また言っちゃった。


「大丈夫、一つずつやり直せばいい。最初は『ゆっくり』でも、最後は『なかよし』!」

「そう、だね…。」

「まあ、いきなりデートだなんて、心配ご無用みたいけど。それって、あかりんが心を取り戻してる証だから。すっごく嬉しいわ。めでたしめでたし。」


って、目が笑ってない…!全然嬉しそうに見えないっ!


「でも、やっぱちょっぴり寂しいだわ。あかりんは私との絆より、恋人のほうが大事だね。」

「え…。」

「リョウガに与える愛情が残っているのに、私には知らんぷりばっか。」

「ええ…?」

「昼休みもずっとクラスの子達と遊んで。この姉、寂死いだわ。」

「ちょ、ちょっと、待ってくださいっ!」


せ、説明しなきゃ。誤解、止めなきゃ…!『誘われて答えただけ』って、無神経すぎない!?ただの言い訳みたいだし!なにより友達と親友の違いに気づかなかった私が悪いし!


でもでも、私まじ知らなかったのに!お弁当は親友と食べなくてはいけないとか!誰と食べるべきで、誰と食べたらいけないとか!それが『女の子』にどれほどの影響力があるのか!


「す、全て誤解です!」

「その『誤解』ってなにかしら。もしかして、クラスのみんなとは呼び捨てになって、今私に敬語使ってること?」

「げっ。」

「それとも、彼氏とのデートは好きだけど、姉とのコミュニケーションは退屈ってこと?」

「むむむ…!」


いけないっ、話題、避けなきゃ!


「わ、私リョウガのこと好きじゃないし!」

「へえ。好きでもないくせにデート?」

「だって、『リョウガに誘われた時はいつもオッケーの返事をする。』って、絶対の絶対でしょ?」

「はあ…?」


だって、そう決まってるでしょ?当たり前なことや普遍の真理を問いかける人はない。だから今のはゆかりが変。


「あのね、あかりん。」

「なに?」

「絶対って、まさか『決まってる運命』とか、頭の中で響く『当たり前な命令』とか…?」

「うんうん、それだよ!」

「…ぶっ殺してやる。」


い、いきなり殺されたぁー!?


「えっと、その、まずは落ち着いてー。」

「ねえ、あかり…。」


つ、捕まえちゃった…!だめ、このままじゃ危ない、逃げられない…!でもゆかりと戦いたくないし!


「今日あいつと二人きりよね。」

「そ、そうだけど…。」

「…挨拶のまえ、一先ず殴ってやったら?」

「ってリョウガを殺す気!?」

「大丈夫。あいつなかなか死なないから。」

「やってみたことある!?」

「特にキスに注意!」

「き、ききき、キッス!?」


いやいや、そんな関係ではないし!キスなんて欲しくないし!なにより今までリョウガにキスされたことー。


(あれ?)


今、なぜか違和感がー。なんか違う。たぶん、『本当の私』って、ほんの少しの感覚に喜んで、いやらしいこと望んで、心まで犯されることを幸せとしてー。


「とにかくあいつが近づいたら殴ってあげなさい。わかった?」

「はいっ…。」


そう、これが私。ありえない命令や独り占めの欲望が、真っ白な頭に吸収されるのが、すっごく嬉しい…。


「ーしっかり!」

「ふひゃ!?」


あれ、ゆかりが目の前?いつの間に…?それより顔色悪くない…?


「よかった…。本当、びっくりさせないでよ。突然トラー。」

「虎?」

「…なんでもない。それより、気分はどう?頭が痛いとか、めまいがするとかー。」

「全然平気!」

「ーっ。」


突然、ゆかりの視線が冷えた。そういえば、この前も同じことあった。あかりの気持ちを消した言葉は、もしかして『平気』、なの?


「あの、ゆかりん。」

「…そろそろ行かなくちゃ遅れる。待たせてしまうのは悪いでしょ。」

「う、うん。そうだね。急がなきゃ。」


もっと話したいけど、ゆかりのご機嫌、かなり斜めだし。私のせいかも知れないから、一人にさせてあげましょう。


「じゃー。」


それでもやっぱ、笑顔でいてほしいな。だから笑っちゃおう。私の笑顔、届きますように。


「行ってきます!」

「…今度はちゃんと帰ってきなさい。」

「え、今、何か?」


ゆかりは返事してくれなかった。そのまま振り向いて、肩を震えるだけ。


(本気で怒ったのかな。)


仕方ない。寂しいけど我慢して、待ち合わせ場所に進まなきゃ。


(って、あれ…?)


たしかにあれ、リョウガだよね?なんで家の前でー。


(まさか私のために…?)


そうか、来てくれたんだ。なんだかすごく嬉しいよ。


「待たせてごめんなさいっ…!」

「…お前はいつもそうだ。」

「え?」

「なにがあっても悪いのは自分だとすぐ誤る。」

「ご、ごめん。」

「ふう…。」


でも私が悪いもん。みんなのこと忘れたりして…。それって清められない罪だから。


「ここに来たのは俺の好き勝手だ。気にするな。」

「…はい。」


そう、これは気にしてはいけないこと。だから消さないと困る。


「あかり…!」

「んぅう…。あれ…?」


また、いつの間にか肩を捕まれてる。なんと言うか、慣れてしまうほど当たり前なことになっていて…。


「あの、どうかしました?」

「そりゃお前が…。いや、気のせいだ。」


私?何もしてないけど?そんなことよりリョウガ速すぎ。正気に戻ったら目の前にいてー。


って、正気…?私はいつも正気、だね…?


でも、目が覚めたら時間たってるし、みんな心配してるし…。


(うっー。)


頭痛いっ。なんでだろう、最近。風邪でもひいたのかな。


「大丈夫か、お前。顔色が悪いが。」

「へ、平気だからっ!」


わっ、近いっ!これ以上近づいたら危ない!だって、『リョウガが近づいたら殴らなくちゃ。』でも、殺したくはないから。私が気をつけなきゃ。できるだけ離れよう。


(でもこれは遠すぎるんじゃ…。)


後ずさりしたら追いかけてくると思ったのに、リョウガはただ歩くだけ。一緒に行くけど、手を繋ぐほどではない。これじゃデートより散歩、いいえ、ゆっくりな追いかけっこみたい…。


(まあ確かにこれは『当たり前な』デートで、義務みたいなものだし。)


好きとか愛情とか関係ないし。べつにリョウガのこと好きでもないし。


でもでも、過去の私ってこの人に恋をしたよね?運命の人なら、何度忘れてもお互いに奇跡的に引かれて、運命を感じて、また恋に落ちるはずじゃん…?


なのに私はリョウガのこと、みんなと同じ仲間だと思ってるし、引かれてもない。むしろ全然気づかなかった。目の前の運命を逸らすなんて、おかしいじゃん。なにより、昔の私が『好き!』と感じたとしても、今の私はなにも感じないから。『今も好き!』とは言えないよね?


「なにをちらちら見ている。」

「ふえっ!」


びっくりした…!突然振り向いたら反則!


「驚いたか?」

「いやいや、大丈夫。」

「すまない。久しぶりなので緊張したかも。」


じっと私を見つめる視線。まあ、私だってちらっとしていたから文句言わないけど、そんなに見つめると恥ずかしいよ…!


「いつまで経っても、お前は相変わらず…。」


突然、感情を隠していた瞳から、暖かい笑みを見た。


「待った甲斐があった。」


ううん、先のは嘘。そう、確かに気になる。引かれる。目と目が合うたび、ドキドキを隠しきれない。


「行こう。映画館はすぐそこだ。」


あの笑顔に、会いたいから。


「ここ、ですか?」


デートには映画。AIからそう教わった。でもやっぱ緊張しちゃう。


(だ、大丈夫。映画ランキングも見てきたし、今やってる映画のストーリーは全部覚えたし!)


だから私はリョウガが決める映画を観て、楽しかったふりをすればいいよね。うん、簡単なこと!


「それで、観たい映画はあるか。」

「なんでもいいよ!」


そう、これが正解!のはずなのに、なんでリョウガはそのままじっとしてるのかな。


「見えるのか、あのライト。」

「う、うん。確か、シーリングライト、だね…?」

「実はあのライトの中、光の源がある。」

「え、本当?」

「ああ。ちゃんと見ろ。ほら、きらきらしているだろう。」


見える…。隠していた光の源…。


「…うん、目の前できらきら光って、まるで光の海みたい。」

「光の波に身を任せてみろ。体が揺れるたび、気持ちよくなるはずだ。」


最初はわからなかった。でも、ゆらゆらしてる光を見ていると、時間が経つたび、頭がぼうっとして、まるで、理性が消えていく。


(だめ…。このままじゃ、また…。)


なんとなく、怖くなる。でもその分、楽しみにしてる。自分を失うくらいの喜びをー。


「きらきら、きらきら、眩しすぎるから、目を閉じてしまおう。なら、今まで体の揺らめきが、頭の中にも広がる。ほら、ただ幸せ、もうなにも考えられない。」


目がくるくる回るほど、頭の中が、思いが、記憶が、心が、揺れ始める。ちぐはぐのスクランブルが、単純な喜びを求める。


「三つ数えると、気持ち良さが波立つ。その気持ち良さに飲み込まれたら、ただ幸せで、頭は真っ白、なにも考えられない、考えたくもない。ただ、俺に従え。ほら、3ー。」

「ぁあぅ…。」

「2。」

「はぅあっ…。」

「1、ほら、ゼロ。」

「んぐっ…!」


なにこれ、嘘、気持ちいい…!一生を捧げても、もっと、得たい、この感覚、好きー!


「次、指を鳴らすとお前は元の自分に戻る。」

「いやっ、もっとぉっー。」

「今日一日、俺に頭をなでられたらこの感覚が蘇ってくる。そしたらお前は世界のだれよりも素直な子になる。いいか。」

「うん、好き、大好き、ありが、とうっー。」


パッチンとする音が私を現実に戻した。よくわからないけど、すごく気持ち悪い。素晴らしい感覚を奪われたみたいなー。


「好きな映画はあるか。」

「な、なんでも良いってば。」

「ふう…。」


ため息とともにアレがくる。あの手が、恵まれた指が、頭をなでて、私を快楽に導いてくれる。


「はふっ…!」

「好きな映画は?」

「思い出せないっ、見たことないからっ!」


ああ、気持ちいいすぎて頭がぐちゃぐちゃっ。腹の中がおかしいっ…!なんだか暑くて、濡れちゃって!


「ホラーはどうだ?」

「怖いのっ、いやなのっ!」

「…まさか未だにお化けが怖いのか?」

「だめっ、だめなのっ!」

「じゃ、あれにしようか。」


リョウガの馬鹿っ!もう映画なんてどうでもいいからっ!はやく、はやくぅ!


「指を鳴らすと飛んでしまった理性が戻ってくる。」


いやなの!もっと頭の中を、魂までいじってっ!


「一瞬で今までを超える感覚が寄せる。今の記憶はその気持ち良さと書き換えて、全て消えてしまう。」


いい。でも怖い。本能的に恐怖を感じる。快感に自分を手渡す怖さを。でもー。


「ほら。」

「へああぁっ!」


気持ちいい過ぎて、逆らえないっ!


「は、ふぁ、ひぃっ。」


今一瞬、何かに貫かれた気がするけど。なぜか思い出せない。


「落ち着いたか?」

「え?あ、うん…。」

「じゃ、買いに行こう。」

「な、なにを?」

「ヒーロー映画のチケットだ。」

「そ、そうだね。」


わけもなく脚が震える。具合悪いのかな。


「あのね…。」

「なんだ?」

「ちょっと、疲れたみたいで。」

「じゃ、座ろうか。」

「いやいや、大丈夫から。ちょっと一人でー。」

「だめだ。」


え、なんで?私は休んで、リョウガはチケット買ったらいいじゃん。どうしてひとりじゃだめなの?


「今のお前を見たら、きっと誰でもー。」

「え?」

「ー俺は俺のものを分け合う趣味はないから。」


また悪い顔色。私なにもしてないのに!


「休んでいい。時間はあるから。」

「ごめん、私のため…。」

「かまわない。ただし。」

「ただし…?」

「他の連中を見るな。今日のお前の視線は俺のものだ。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ