『5』
「ねえ、ゆかり。」
返事はない。まるですべてを決めつけたように、覚悟に満ちた瞳を燃やして…。
「お願い。私も一緒に行かせて!」
「だめだってば。」
「なにがあっても?」
「なにがあっても。」
「私じゃ、だめなの?」
「そういう意味じゃー!」
ゆかりに怒られた…。嘘でしょ、絶対。信じられないもん。驚いたのは私なのに、どうしてそんな辛そうな顔するの…?
「今のあかりんは家で休むべきだわ。」
「どうしても、だめなの?」
「ごめんね。」
おかしい、胸が痛い。突然『酷い』って感じてしまうのは、なぜなの?
「なら、一つだけ教えて。先の私、なぜオカルト部にいたの?突然放課後だなんて、おかしいじゃない…?」
「…長くなるから、先に寝てて。」
閉じたドアは開かないまま。部屋の中の全てが私より先に眠ってしまったような、一人残された感情。これって、『酷い』なの?じゃなければ、『寂しい』気持ち?
「ああ、もう!」
枕に頭を埋めて目を閉じた。 本当、おかしいな一日だった。昼休みにオカルト部の部長を追いかけたことは覚えているけど。その後の記憶が曖昧で…。
「ゆかり、なにも言ってくれないし…。」
でもゆかり、私のこと探してたみたいだし、きっとびっくりしたはず。記憶のない私よりずっと驚いたかも。
「ふうっ…。」
気配を隠すのは簡単だけど、このまま忍んでもゆかりが困るだけ。毎日ちゃんと学校も行ってるし、閉じ込められてるわけじゃないけど、心が空っぽになってる感じ。
一人悩んでもしょうがない。ゆかりの言う通り私なぜかすごく疲れてるし。寝ちゃおっか。そうすればきっとまた、過去から待ってるあなたがいる。私を笑顔で迎えてくれる。私の、かけがえのない人…。
でもごめん、あなたの名前を思い出せない。だから教えて。あなたは誰だっけ。
「本当に名前がないの?」
「そう作られたから。」
「作られる?」
「戦いの果て沈む命。それが俺たち、少年兵だ。」
「へえ、末期の中二病ですね。先輩、こんな人でよろしいですか?」
「てめぇー。」
また始まった。二人っていつも喧嘩するし。はやく止めないと私が困る。だって、大切な人たちの喧嘩は見たくないもん。
「やめなさい、二人とも!『 』、落ち着いて!空も、それは言わない約束でしょう?」
「約束までしたのか…?」
ああ、ショック受けた顔してる。でも、あなたはいつも変なところで真面目だから。もちろん、そのすべてを含んで愛してるけど。あなたの過去も、未来も。私の知らないたくさんのあなたを、私は愛している。
「とにかく今度は空が悪い!」
「申し訳ございません、先輩!」
「よしよし、いい子だね。」
「へへっ。」
頭をなでるだけですぐ笑顔になる後輩もすごく大事にしてるよ。私のたっだ一人の後輩だもの。だから、あなたもはやく仲直りして。
「もう、空ったら。『 』には謝らないの?」
「ああ、まだいたのですか。しつこいですね。」
「おいおい。」
「まあ、ごめんなさい、多分。」
「多分だと?」
「それ、気のせい。」
「言方が微妙に違うと思うが。」
「聞き間違い。」
愛してるみんなのために、はやく元の姿を取り戻したい。いつかきっと起こること。でも、おこってはいかないこと。なぜなら、今までの私はー。
「あれ…?」
なんで泣いてるのだろう、私。いい夢だったのに、幸せな想い出だったのに。
ごめんなさい、私。あなたのこと、思い出せない…。
「ふう…。」
時間の流れは抑えきれなくて、また新たな朝を迎える。鏡に映る私の姿ははたして過去と繋がってるかしら。
「あかりさん、大丈夫ですか?」
「え?」
「今のあかりさんはいつもより元気がないようです。」
「だっ、大丈夫だよ。平気!平気!」
アハハ、と笑って見せたが、その下手な作り笑いは四人の笑顔を奪ってしまった。一時間目になって、みんなバラバラになるまで、みんなずっと黙ってて。結局私もなにも言えなかった。
「黒羽さん?」
いったい誰なのかな、あの夢の人。確かに優しい笑顔の持ち主、ってことは覚えているけど。どうしても名前がわからなくて。
「ねえ、あかりさん!」
「え。」
思い込みに夢中になって、気配に全然気づかなかった。いつのまにかみんな、私を取り囲んで、変な顔していて。
「お着替え。」
「オキ…?」
オキガエ、置き換え、お気が絵、大っき変え…。
「次、体育。」
ああ、思い出した。体育の授業って、着替えなきゃいけなかった。それを『お着替え』って言うんだね。『お着替え』の時、友達に呼ばれたのは初めてだからすっかり忘れてた。では、昨日AIから教わった通り。
「ほら、はやく。」
「わかりました。少し待ってくれませんか?」
え、忙しいんだね。この前はゆかりと一緒に着替えたけど、今は忙しいから、はやく着替えないと…。
「キャーッ、あかりさん!」
「もう、なにしてんのよ!」
「ご覧の通り着替えていますが。」
「だめでしょ、ここじゃ!」
「そう…なんですか?」
「当たり前のこと!ほら、更衣室、更衣室!」
背を押されて更衣室に向かう時間。なんだかとても騒がしいけど、嫌いじゃない。むしろ、懐かしい感じ。
「B組とドッジなんて。」
「ああ、私パス。どうせ負けちゃうだろう?」
「でも、黒羽さんにはラッキーだね。」
「私ですか?」
「そう、そう。彼氏との授業だし。」
「彼氏って…。」
彼氏は確かに女の子のデートのパートナで、恋人で…。
(って、もしかしてー。)
夢の中で会ったあの人のこと!?
「わっ、私の彼氏、ご存じですか?」
「もちろんだよ?だってあかりさん、いっつも彼氏に夢中で、メロメロしてたんじゃん。」
「ちょっと、ともえ!」
「本当だもん。だってあかりさん、いつも隣のクラスの友達とくっついて、まるで『他の子には興味ありません!』って感じで、どうしても近づけなかくて!」
「それは、その…。」
昔の私はゆかりたちと一緒だったそうね。嘘みたい。こんなに優しいのに。だからみんなに興味なかったって誤解だよね。うん、きっと偶然だよね。
(今の私、過去の私の出来事、壊しているのではないよ…ね?)
いや、確かに『友達ができた』って言った時、祝ってくれたけど。あの日のゆかり、微妙な空気纏っていたし。特に空は悔しい顔して、涙も見せて…。
(友達ってこんなに難しいものなんだね。)
ああ、なんだか、頭が痛い…。
「あの頃のあかりさんはいつも『リョウガ、リョウガ』って彼氏から離れなくて。」
「リョウ、ガ…?」
そうか。『彼』だったんだ。私の恋人は、あの人。ってことは、私の夢の中の人も、たぶんー。
「とにかく、もっとみんなに近づけさせて。」
私の彼氏を私は覚えてない。むしろ、クラスのみんなは知っている。私の知らない私なんて、かなり辛いだね。
でも、私より彼の方が苦しかったはず。目の前の彼氏から私は目をそらしていた。きっと辛い思いをさせてしまった。
「ほら、あかりさん、答えは?」
「は、はい…?」
「よしよし、たいへんよくやりました。」
どうしよう、撫でられてもうれしくない…。
「今日集まってもらったのは、校内ドッジボール大会のためだ。大会はクラス対抗のトーナメント戦になる。」
そういえば、リョウガは隣のクラスだったね。ああ、大変。どんな顔して会えばいいのかわからない。
「大会は点呼後始まる。」
「あかりさん。ほら、あかりさん…!」
困るけど、今のままじゃいられない。でも笑顔で向き合う自信がない。
「黒羽あかり!」
「え…?」
「『え』じゃないだろ!点呼はどうした!」
「天子…?」
「もう忘れたのか?この前ー。」
「先生。」
この聞き慣れた声は、確かに…。
「点呼、B組から始めてもいいですか。」
「わかった。まったく、かばってばかりじゃお互い前に進めないんだが。」
今、かばってくれた…よね。それって、つまり、本当に…。
(いやいや、まずはリョウガの天子を見て学ばないとー。)
天子って『人を数えること』か。うん、いける。クラスのみんなの顔も名前も癖もちゃんと覚えているから。
「ねえ、あかりさん。先、どうして点呼しなかったの?」
「うっかりしていました…。」
「そうなの?でもむかしのあかりさん、自ら『体育の当番になりたい』って手をあげたんじゃない?」
「わたしが、ですか?」
「そうそう、確かに覚えている。あの日は最初の授業で、2年生のみんな集まって、そこで彼氏と一緒に『ぜひやらせてください』って。」
「えー。」
私の知らない私の出来事はいつも私を困らせる。それでも笑えなくちゃ。
「そ、そうでしたね!」
「こら、そこ!なにしてる!」
「す、すみません!今テンコするので…!」
ドタバタの体育時間が始まった。緊張していたのに、何も起きなかったのが意外。この前の『やりすぎ』から学んだように、今度は自らアウトになった。
「もう、なんでこんな時だけ下手なんですの?わたくしは勝ちたいのです!」
なぜか長山さんに怒られた。頑張っても結果は変わらないし、私が悪かったかも…。
(でもこれでトウバンも見事にやりぬいたし、『一見落着』だよね。)
でも、試練は始まったばかりだった。