『3』
「ねえ、心の闇って、目に見えるの?」
「見えるって言うか、忌まわしい気配を感じるから。」
「じゃ、催眠って?」
ともえさんは『催眠って、人を思い通りに操る技』と言ってくれた。
なんだか、ちょっと不安。
「そんなの嘘に決まってるじゃん?」
「え?」
「怖がらなくていいよ!催眠って無意識を調べる方法、探究の過程。昔からの科学的なやり方!…多分ね。」
「今何か言った?」
「いやいや、気にしないで!」
『多分』とか聞いた気がするけど、聞き間違い、かな。
まあ、今はそんなことより、聞きたいこと、たくさんあるから。
「じゃ、失った記憶も取り戻せるかな?」
「もちろんさ!よくわかんないけど、昔のことを思い出したいのなら、催眠が一番だよ!」
「本当…?」
「間違いない。私には聞こえる。催眠にかけてみたいと言うあんたの心の声!」
よかった、取り戻せるんだ。やはり私、一度やってみたいー。
「あかりっ!」
「あれ、ゆかり…?」
「ひっ!」
どうしてそんなに驚くのかな。ゆかりはただ、私の家族であるだけ。よく思い出せないけど、私の大切な人なのに。
「心配させすぎ!」
「すみません。」
「『ごめん』でいいわ。それより、ここでなにしてるの?」
「大事な用事があるから。」
「大事な用事?」
「うん、私の記憶の鍵!」
やっとみんなのこと、思い出せるかもしれない。
胸がドキドキする。ゆかり、喜んでくれるかな?
「うん、あの生徒が、記憶を取り戻してくれるってー。」
「あの子が?」
「うん!」
「どうやって?」
「く、黒羽さん。それは言わない方が…。」
「オカルトの力で!」
あれ、どうしたの?
今のゆかり、すっごくご機嫌ななめ。
「帰ろう、あかり。」
え、このまま帰るの?
「でも…。」
「あかり。」
今のゆかり、すごく怖い顔している…。
「オカルトなんか信じるもんじゃないわ。」
で、そのまま連れていかれたし、人形みたいに引っ張られたし。なんだかあの人、ゆかりたちに嫌われてるみたい。
(ゆかりの敵は私の敵。これからは他の生徒に一人きりで近づかないと約束したから。)
でも、他人の記憶を取り戻してくれるって言ってくれたし。やはり悪い人ではなさそう。
(どうしようー。)
やはり気になる。私、みんなのこと思い出せるチャンスを逃したのではないかな?
みんなの役に立ちたいのに、なにも出来ず、ずっとこのままなら…。
(でも、ゆかりに『記憶を取り戻すまで、お出かけ禁止!』と言われたし。一人で出かけたら、危ないかも。)
おかしい、なんだか眠い感じ。まだ日暮れ前だし、早寝は、したくないのにー。
(そう、このままではー。)
目が覚めた時見えるのは暗闇だけ。夜の真ん中で私は倒れたまま。
(無理、私もう限界。)
どうしよう。はやく死なないと、本当に心が凍り付いてしまう。
お願い。誰か来て。そしてはやく、私を殺して欲しいな。まだ、意識が残っている、今のうちー。
「信じられない…。」
遠くから聞こえてくる慣れた声。私この人を知ってる。
「まさか、本当にー。」
良くわからないけど、私の友達…?
もし、クラスメートかな。
やばい。学校と近いどころなら、ゆかりんにすぐ見つかる。これ以上は危ない。はやく死なせて。
「あかり、だよな?」
「あなた、は…。」
たしかにペドロ君、だっけ。何年前、多分小学生の頃、留学生の交流のため約1年、同じクラスで勉強してー。
「なぜ君がアメリカに?」
「そんなこと、よりー。」
よかった、これで死ねる。
「お願い。時間が、ない、から…。」
声が出ない。どうしよう。
「ああ、僕のあかり。なぜこんなに汚い姿にー。」
「ペドロ、君?」
「僕が浄化してあげる。すべて消し去って、あの頃の、純白の天使に戻してあげる。」
「な、にをー。」
やばっ。体、動けない。
「そのかわりにー。」
反撃、出来ないっー。
「僕のものになってほしい。」
ペドロの後ろから、黒い手が近づいてくる。
来ないで、襲わないで。そのままじゃ私、私じゃなくなるー。
「ひゃっー!」
今の、夢?
ううん、夢じゃないの。この前からずっと、夢の続き。パズルみたいに繋がってる。
「ゆかり、みんな…。」
怖い、ゆかりのそばにいたい。ううん、本当は誰でもいいから。そばにいて。私を一人にしないで。
「ねえ、ゆかり?」
誰もいないの?これもまた、悪夢?
(夢じゃない、これは現実。なら、どうしてみんなは…。)
悩んでいるとき、爆音が聞こえた。窓の向こう、キラッとひかったり、爆発したり。
ううん、光ではない。星でもない。誰か、戦ってる。
(急がなきゃー。)
急ぐと決めた時、とっくに森の中。そう、私にはわかる。これって、私の望みからのテレポーテーション。こんな技は、私には朝飯前。
「みんな…!」
森の奥の戦い。祈っているように見ているゆかりたち。
「あかり!?」
動きがはやいほど、暴れている魔物の目を奪いやすい。ゆかりもきっと、知っているはず。なのにどうして、私に走ってくるの…?
「待って、私すぐそっちにー。」
ダメだよ、ゆかり。気づいてくれて嬉しいけど、それじゃきっと怪我してしまう。
私のためゆかりが傷つけるなんて。そんなのいや。絶対、絶対いや…!
「来ちゃダメ…!」
伸ばした手が奇跡のように届き、ようやくゆかりを突き放した。
ああ、やはり転がるのはちょっと痛いかも。
「バカ!どうしてここに来たのよ!」
誤りたいけど時間がない。今のゆかりの後ろに、幹部のデストロイが立っていてー。
「やあ、もしかしてあいつ…?」
じっと見ていた彼は一瞬で私の前に。でも、すぐゆかりに立ちはだかれて、そっと後ろに下がる。
「へえ。すげーな、お前ら。」
「それ、どういう意味かしら。」
「いや、普通、あれほど壊れたら捨てるだろう?あいつはもう変身も出来ないし、記憶もないし、とにかく裏切り者だし、よくも使えなくなったやつの面倒見てるな。」
そう、だね。私はただの裏切り者だね。
みんなを傷つけるばかりだし。困らせたり、酷い目に合わせたり。
本当、やかましいやつ。
「ー黙れ。」
え。
「あかりを、俯かせないで!」
ゆかりを包む青い炎が、服を一つずつ変えて行く。きっと、あれが『変身』だね。
スピードから力まで、全てが変る。始めてみるけど、なんとかわかる。今のゆかり、いつもより気合いが入ってる。身体能力を限界まで引き出せてる。
「タアッ!」
きっとすぐ終る。終らなくてはいけない。リミットを越えたらゆかりの方が危ない。負荷をかけられた体は、いずれ壊れて、なのに私はなにも出来なくてー。
「ふう…。」
神に祈ることしか出来ない私が、憎いほど情けない。
「だっ、大丈夫?」
「ほら、あかり!」
「は、はいっ。」
「お出掛け禁止って言ったでしょう?」
「ごめんなさい。」
「『ごめん』でいいのよ、もう。」
抱きしめてくれるあなたになんの役にも立てないことが苦しくて。息だできないほど、胸が痛い。
(『無力』って、こんなに悲しいことだね。)
ゆかりたちはやはり手伝わせてくれなかった。願いとか頼みとか、なんの役にも立てない。
そう、私は役に立ちたい。ずっとそばにいてくれたみんなの力になりたい。
(催眠、か。)
記憶を取り戻せるなら、役に立てるかも。
(やはり私、やってみる。)
ゆかりにはわるいけど、騙すのは簡単。見ないうちに逃げればいい。ずっと見ているなら、四人の瞬きが重なる瞬間テレポートしたらいい。
「お願いします。」
と言うわけで、私は今、ここにいる。
「催眠で、私の記憶を取り戻してくださいっ!」
「え?ええええ?」
「どうしてそんなに驚くのですか…?」
「い、いやいや、これも全部計算通りだから!」
「すごいですね。」
「当たり前…って言うか、門は閉めてください。」
門を閉じた後、カーテンを閉めて、明かりを消した。部屋はすぐ暗くなった。
「緊張していますか?」
「いや、まじやるとは思わなくてさ。」
「それって、どういう意味ですか?」
「へ、平気、平気!エロゲーで見たことあるから!」
エロゲって、エホンみたいなものかな。聞いたことない。知らないことを知っている人って、本当キラキラしてるよね。
「まず、ここに座って。」
「はい。」
「答えなくていいから。力を抜いて、ゆっくり深呼吸してみて。吸って、吐いて。」
ゆっくり深呼吸すると、なんだか落ち着く気分。
「落ち着いたら、これを見てくれる?」
「それって、AIですね。」
「いいから目で追いかけて!」
腕時計のAIを取り出し、赤い糸に繋がって、まるで振り子みたい。
「じっと見ていたら、どんどん体から力が抜けるよ。」
そう、かな。ちょっと落ち着いてる気はするけど、簡単に力が抜けたりしないかも。
「ほら、ちゃんとやろ!」
「え…?」
ちょっと眠い声がする。確かに力が抜けたかも。
「催眠って信じる力を源にする。だからあなたも本気で向き合いなさい!」
「…はい。」
慣れた空気だから、なんとなく敬語が出てしまう。いつ、どこでやったのか思い出せないけど。
ーよしよし。いい子だね、リカーは。
ああ、そう。いつかの私は、縛られたままあの御呪いを聞いていた。頭をなでる手から流れて来る、温もりより熱い力。新たな知識。
ーもう一度繰り返してみろ。僕は君の『何者』か。
反射的に呟いた絶対的な言葉を、未だも覚えている。
「…さま。」
あの日の気持が蘇ってくる。頭を直接いじられるけど、気持よくて。
「あの、黒羽さん…?」
ただ命令にしたがって、褒められるのが嬉しくて。
「聞いてるの?もしもし?」
何もかも消されて、ゼロに戻ってー。
「こ、怖いから返事してよ!」
ずっとこのままいたらいいな。今の私、すごく幸せ。
「もうっ!トランスが気持いいと、帰ってこない場合が時々あるって聞いてはいたけど!」
確かに何も考えないなら、責任も取れなくていい。言うこと聞いて、行い、『いい子』って言われることが、お人形さんの幸せだから。
「あかりは、あかりはどこ!?」
「あ、あっちで…。」
「あかり、ねえ、あかりっ!」
なんだか外の世界が煩い。でも、見えても見てはいかない。聞いても聞いてはいかない。それが『ペット』のルールだから。
「あんた、なにをしたのよ!」
「い、いや、ただ催眠術をかけただけでー。」
「このまま戻ってこないと、ただではおかないからーっ!」
触れても、触られても、この世界は崩せない。だって、ここは私自身そのものだから。簡単には譲れない。でも、直接弄れると変るから。以外と反りやすいかも。
「どけ。」
誰かに触られた気がする。でも目が眩しくて、よくわからない。ただ幸せで、真っ白な世界が懐かしくて、離れたくない。
「人形、か。」
唇を触られると、よだれ垂らしてしまう…。
「ちょっと、リョウガ!あんたに何ができるとー!?」
口の中、柔らかくて暖かいものが入ってくる。多分私はこれを心に刻印し、これで調節される。ご主人様を見知り、その言葉に従うため、プログラムされてるから。
「ぅふっ、んんぅっ…。」
突然、口に甘い味が広がって、私は私の世界から引っ張られる。崩れ行く世界や開いてるドアを見てると、ご機嫌はななめ。
「目を覚ましたか。」
「っん…。」
いやだな、今すごく幸せだったのに。
「だめだな、これ。」
「な、なんですか?来ないでください!」
でも、おかげで先よりちょっと空気が読める。目の前にゆらゆらする世界も半分見えてくる。
「わ、私のせいではないから!」
あれ、三人が二人になった。そしてまた一人になり、三人に戻った。へえ、なんだかおもしろい。
「逃がせない。」
「ひいいいぃっ!」
あれ、今、金属が閃いたようなー。
「殺してやる。」