『2』
真っ暗闇の中、立ち上がっているのは私一人。怖くない、と言えば嘘だろう。
でも、心は繋がっているから。大事なみんながいるから。この世界を守りたいから。
「逃げはしない。」
一人で戦うなんて、きっとわがまま。本当はこんなに寂しくて切ないのに。
私が生きていれば、生きて帰れば、迷惑になる。みんなが辛い目にあう。
だから私はー。
「命をかけて、あなたを倒す!」
「イノチだと?」
あざやかなあざ笑い。まだ見ぬ未練を見抜く視線。
「吾輩はもうおしまい。使い果たした身は消え、魂も消滅する。つまり、吾輩を倒すため貴様の命をかける必要なない。それでも無茶をするならー。」
しまった。いつのまに、こんなに近くまで。これ以上距離を詰めたら、危ない!
「貴様、死にたいのか?」
「うっ!」
相手の手に接するだけで、蘇った痛みが胸を突く。
「そうか、そうなのか。間違いなく根を下ろしたんだな。」
「あなたには関係ないっ!」
後ろに下がるとすぐ追い詰める闇の塊。そんな、まだこんな力が残ってるなんて。力を隠していたのか?
それとも、もし最後の力を尽くして、私をからかってるのか?私が選んだ道を笑うため?
「楽しみにしてるぞ。いつか吾輩の種が、貴様を蝕み、飲み込むことを。」
「そうはさせない。」
本当はわかっていた。相手はもう終り、すぐ絶命する。これ以上戦う必要さえない。だから私は戦う。このまま、生き残ることが怖いから。
「あなたを倒したら、私もー!」
指先の動きが剣を紡いだ。取り出した刃を向かう先には敵が、そして私がー。
「えー。」
瞼の後ろをさす日差しが、新たな朝を告げた。パジャマ姿の私は、なにも持ってない手を握ってみた。
胸を貫くのは、まるで現実のような感覚。夢とは信じられない痛み。これは、ただの夢?それとも、隠されてる私のー。
「あかり?もう起きたの?」
「え、あ、うん…。」
ノックの後入ってくるのは私の双子ーと言われたー黒羽ゆかり。覚えてはないけど、認めるしかないじゃん。だってそっくりだもん。見分けがつかないほど似ているし。
「なにかあったの?」
「ううん、なんでもない。」
「…それ、本当?」
「平気、平気!」
嘘じゃない。だって、悪い夢を見ただけだもん。でも、私の言葉を聞いたゆかりは、大変ご機嫌斜め。不愉快と言うか、不安というかー。
「あの、ゆかー。」
「なんでもないわ。まずはご飯にしよう。学校、いかなくちゃ。」
あ、そう言えば今日だね。『学校』と向き合う日。
武器もないし、装備もない。なんの準備も出来てないのに戦場に向かうなんて、大丈夫かな?
「心配しないで。昨日AIから教わった通りにやればいいわ。」
そう言えば、この世界には誰にも専用AIを持っていた。ウオッチの形で、見つけ出した新たな知識を頭の中に入れてくれる不思議な物。まるで魔法みたい。
「緊張したの?」
「緊張しないと言ったら嘘になる。」
ぎこちない笑顔で振り向く私を、ゆかりは後ろから優しく抱いてくれた。
「大丈夫。いつもの学校だもん。何も変わってない。」
「うん…。」
制服ーとかなんとかーを着て鏡の前に立った。ガラスの向こう、見知らない私と出会った。
こんな姿じゃ戦えないのに。スカートよりズボンのほうが動きやすいし。そう言えば、学校のみんなはこんな姿ってこと?なら、みんなはこんな姿でも楽に戦える立派な実力者かな?
「せぇんぱぁい!」
ドアの外へ踏み出すとき、空が突然私に抱きついた。多分、美月と共に家の前で待っていたよう。そしてあそこ、木にもたれ掛ってる後ろ姿は…。
(たしかに『リョウガ』と言う名前の…。)
あの少年、目を覚ました時からずっとみんなと一緒だったし。なにげなくゆかりと話し合えたりしたもん。ならばもし、私達を待ってくれたのかな?話、かけてみてもいいよね?
「あのー。」
「先輩、はやく!」
「ひ、引っ張らないで、空ってば!」
なんで突然走るの?『登校』って、まだだよね?じゃないと、もし逃げるため?
そう言えば空、あの少年のことずっと睨んでいたし、声もかけてないし。でも、戦ってないから『敵』とは言えない。もう、どういう関係なの?
「あのね、空ちゃん。」
「空でいいです。」
「その、空はもしあの少年のことがー。」
「あんなもの気にしないでください、先輩!」
「あ、あんなものって…。」
「いいですか、先輩。学校って怖い場所ですよ!?」
空は話頭を転じ、学校の恐ろしさを説明した。でも、あの少年、私達を追い掛けてるけど?
「自由の名の下、生徒たちを閉じ込め、成績により並べ、そのまま分離を踏み切り、職業を与える、まるであってはいけない場所!」
「わ、わかった。学校って倒すべき敵なんだね?」
「その通りです!」
「おい、おい。」
後ろから聞こえてくる魅力的な低い声。気づくだけで胸がキュンとして、思わず立ち止まってしまった。
「はあ?なについてくるんですか、変態。先輩とのラッキースケベなど、いくら狙っても起こったりしませんが?」
「…くだらん。」
「なに偉そうにしてるんですか?もしバカですか?勝手なことをして許されると思ってるんですか?」
今、空の殺気は本物だわ。このままじゃ、ただの口喧嘩では終らないかもー。
「うるせえ。」
「はあぁあ!?」
「もともと俺のものだ。誰かに許される必要はない。」
「この俗物がっ!」
見慣れた口喧嘩でも、どうしたらいいかわからない。ゆかりと美月は興味がなさそうな顔。やはり私がなんとかしなくちゃ…。
「そ、そう言えば、学校ってどこにあるの?」
戦わないように空を引っ張って、腕を組んだけど。なんだかあの少年の顔色、すごく悪くなってるし。今の、なにか間違ったのかな…?
「あれが学校だわ。」
「あれ…?」
いくら見上げても切りのない、壮大な姿。あれが学校。私が通っていた、思いでの場所…。
「いいわね、夏休みのことは行方不明ではなく短期留学だわ。」
「う、うん…。」
全ては昨日、暗記したまま。夏休みのことは地球の敵と巻き添え、ばれたらみんな困ることになる。だから私はただアメリカに留学していたことに。
「ねえ、なにかあったら、すぐC組に来て。」
本当に大丈夫。ゆかりが心配しないように、夜もすがら家族のことや学校のこともちゃんと覚えたから。
ただ一つ、心配なのは、そう、『女同士の喧嘩』ってこと。どんなものかはよくわからないけど、殺されないように頑張らなくちゃ。
「心配だわ。あかりだけA組だから。」
「ご心配なく!私は最後の最後まで先輩と共にー!」
「春日野さん!」
「ひっ!」
空は、先生に連れていかれながらも私に手を伸ばした。でも、ごめん。なんとなく、空は勉強するほうがいいとおもう…。
(ここから先は、一人で立ち向かう。)
教室に入り、席に座った。そばの女の子達がわたしをちらちらしてる。私にはわかる。1秒の100分の1まで感じるから。
「あかりさん、なんか空気変ってない?」
「だよね、昔の方がもっと可愛かったかも!」
「ちょっと、失礼でしょ?」
笑い声から敵意を感じる。ただ、殺気はなさそうで、なにより、今の私が昔の私とは違ってるのは事実から。いくら聞いても、真似できないから。それがちょっと、寂しいだけ。
「ねえ、あかりさん。教科書貸して。」
クラスメートに教科書を?同じ組なのに?普通は他の組の友達に頼んだりしない?それともやはり、記憶のない私のほうがおかしいの…?
「ありがとう。」
迷ってる間に教科書を取られた。後を追い、奪ってきてもいいけど、先ずは様子を見ると決めたから。だって、おかしいのは世界ではなく、私かも知れないもん。
授業が始った後、先生ーと言う人ーは私を呼んだ。いや、本当は『黒羽あかり』をよび、私が答えたけど。
「黒羽さん?」
「はい。」
「教科書は?」
「ありません。」
ああ、やっとわかった。にこにこしてる三人は、私をいじめるため教科書を奪ったわけ。
「教科書がないってことですか?」
「はい、知識が書いている本を教科書と呼ぶなら、私には要りません。」
「それはどういう意味ですか?」
「言葉通りです。」
喉から声を出し話すためなら、読む必要はない。前の席の人が読んでいた部分から最後の部分まで、覚えたまま話したらいい。
「以上です。」
最後の文句を話した時、なぜかまわりの人々の感情の数値が激しく変化した。揺れてるあの三人の瞳も私に隠すことは出来なかった。
なにを驚いてるのかな、一度読んだら写真を撮るように、思い出せるはずなのに。
「そ、そう。次、長山さん。」
「え、えっ!?わたくしですか?」
驚きのあまり授業を聞き逃した隣の席の女の子は何度も間違えた後にやっと次の文章を探した。吃る姿を見て、他の何人の人々があざ笑った。
「覚えてなさいっ!」
いや、覚えておくけど、なに燃え上がってるのかしら。
「今度こそ負けませんわ!」
体育の時間も同じ。三人のボールは私だけ狙った。
観察結果、私、いや、黒羽あかりと言う少女は、同級生と仲が悪そう。陰口を言われ、友達もない。悲しい人生だね、黒羽あかり。
「もうっ!」
長山の悲鳴が聞こえてきた。物思いにふけていた間、無意識で動いたそうだが。
「なんで当たらないのですか!」
あたる、あのボールに?
ドッジボールのルールは簡単。ボールを避ければ勝つ。だから避けてるだけなのに、なんで怒るのかな。
出来ることをする、それが平均的な人の姿ではー。
(いや、もしかしてー。)
不安な思いがした。
(私は『平均』ではないの…?)
首をかしげる間に長山はボールに当たった。ゲーム終了。こっちの勝ちだった。
「あかりさん、すごい!」
「夏休みにドッジの合宿でもした?」
「いったいどうなったの?」
ごめん。夏休みのところが、今までの記憶は何もない。答えられないから、ただ笑うだけ。
「ねえ、あかりちゃん!一緒に売店いかない?」
体育の時間の後、席の周りの密集度が29%ぐらい増加してる。そこには女の子がたくさんだけど、男の子もいる。
「ねえ、黒羽さん。一緒にご飯、どう?」
ちょっと迷ったけど、断る理由は見つかれなかった。
(報告しなくてもいいかな。)
ゆかりも忙しいはず。だからご飯ぐらい、私がなんとかしないと。
「はい、よろこんで。」
「話しかけてよかった!」
「そう、黒羽さん、いつも隣のクラスの友達と食べるから。」
「私、絶対断れると思った!」
いや、それてもしかして、ゆかりのこと…?
(私、ダメなことしちゃったのかな?)
どうしよう、今でも戻る方がー。
「そこの君!」
突然聞こえてきた大声に私も彼女らも立ち止まった。
「オカルトについて、真剣に話し合おうじゃないか!」
私に近づいてくる少女に悪意はない。むしろ、ちょっと興奮してるような。
「また始ったのか、あのオカルト盲信者。」
「黒羽さん、無視して!」
「え?」
「話したら絶対連れていかれるから、あの陰険な部活!」
「で、でもー。」
思ってることを声にする暇もなく、私は彼女らに連れていかれた。
「あの、先の少女は?」
「オカルト部の部長。って言うか、一人しかいないけど。」
「最近は催眠とか夢中になってるみたい。」
「超気持ち悪い!」
「催眠…?」
「え、知らないの?」
「人を思い通りに操る方法なの。」
「超怖いでしょう?」
『怖い』と言ったら、あの遠くから見えるゆかりたちのことかな。壁の後ろに集まって、ずっとこっちをちらちらしてー。
「許しません、絶対許せません。私だけの先輩に、虫けらどもが…!」
「おい、こいつやばい。」
「大丈夫。ほっといて。」
「はい。きっと空さんなりの、あかりさんへの愛情の表現ですわ!」
「いや、明らかにやばそうじゃん。」
たしかにゆかりのそばのお嬢さんが美月。私を『先輩』よぶ子は空。そしてー。
(リョウガ、だっけ。)
後ろ姿を見るだけで、鼓動が速くなる。規則のないときめきがどんどん大きくなっていく。
(やはり、話しかけてみたい。)
でも、一歩踏み出そうとする時、男の子たちが立ちはだかった。
これが、いわゆる『女同士の喧嘩』?
いや、でも、相手は男だし。まずは観察しようか。
「なあ、黒羽!」
「はい…?」
「どうか、僕と付き合ってくれ!」
ツキアウ?どういう意味?
良くわからないけど、迷ってると疑われるかも。お断りしたいけど、クラスメートだし。こんな時は多分、オッケーかな。
「わかりました。」
ーと言った瞬間、壁の後ろから殺気を感じた。
「ほ、本当ですか?」
「はい。その、付き合うっていつがよろしいでしょうか。」
「え…?」
なんで驚くの?私、なにか間違えたかな?
「そんな、僕は本気だったのに!」
「私も本気ですが…?」
「くっ!」
「おい、待てよ!」
「タケル!」
ああ、行っちゃった。いったいなんだったんだろう…?
「黒羽さん、今のちょっと酷かった。」
「全く同感。」
「私、なにか間違えたんですか?」
「気にしない、気にしない。」
「なんでもないから。」
私が、酷い?今のわるかったの?
たしかにゆかりたちもこそこそしているけど。
聞いてみよう、なにか手がかりがあるかもしれないし。
「はい、失恋おめでとう!」
「リョウガさん、大丈夫ですか?」
「ああ、なんともない。」
「なら、その剣を収めてくれない?」
…聞いても役には立たない。むしろため息を吐いてしまう。
「黒羽さん、どうしたの?」
「いや、言い争いにつかれまして。」
「口喧嘩?誰が?」
「あそこの建物からです。」
「誰もいないじゃん?」
「え?でも、たしかにー。」
いや、ちょっと待って。こんなに明らかなことが見えないなんて。
もし普通の人に、壁の向こうは見えないのかな?
なら、あれは身を隠してること?
じゃ、知らないふりをしなければならないの?
「そんなことより、あかりさんでいい?」
「は、はい。」
「サンキュー!じゃ、私もともえでいい!」
「はい。」
「もう、はいばかりしないで、なにか返事して!」
「アハハ…。」
ああ、つかれる。はやく帰りたい。笑顔ってこんなに体力を消耗するの?
「ねえ、今日のあかりさんすっごくかっこよかった!」
「今日の、私?」
「そう、昔よりいい感じ!」
「私も!今のあかりさんのほうがいい!」
「ア、アハハハ…。」
痛い、苦しい。
そんなの言わないで。
私が記憶を失ったせいで、どれほどみんなが苦労したか。想像もできないほどゆかりたちを苦しめて、そんなくせになにも覚えなくてー。
「あかりさん?」
「ごめん。ちょっとお手洗いへ。」
最悪感が溢れ出して、涙になりそう。
(登校って難しいわね…。)
学校では、知っていることを聞いても黙ること。
ドッジボールに当たらなくてはいけないし、追いかけてくる人を見てみぬふりするべき。
(一番つらいのはー。)
どれほど頑張っても、今までのこと全て、元の『黒羽あかり』とは違って見えること。
(もういや。一人でいたい。)
だれも気にせず、一人でー。
「なあ、君!」
「え?」
息切れする少女はたしかに先出会ったオカルト部の部長。悪意はなさそうが、好奇心と言うか、私を見る目から狂気がー。
「君から闇の気配を感じる!」
「闇…?」
いったいなんだよ、この子。
なんで私から闇の気配を読めるの?
もし、敵の手下とか?
「あなた、オカルトにー。」
緊張してる私の手を、少女がギュッと握り締めた。
「催眠に興味ない?」