『0』
黒い水晶が私の胸を貫く。邪悪な力が体を蝕む。心の中の愛を消し去り、憎しみだけを目覚めされる。
「くっ!」
攻撃なんか自力で破れる。だが、凍り付き始めた心はー。
「ああー。」
その瞬間、思いついた。こうなった以上、私はここにいられない。そばにいたいけど、みんなをこの手で傷つけたくないもん。
(きっと、寂しくなるわ。だってもう会いたいもん。)
ああ、決めた。犠牲になるのは私。みんなのため、世界のため。きっと、それが正解になるから。
(ごめんなさい、みんな。)
だから今は振り向かない。涙なんて、見せたくないもん。でもね、さよならだけは言わないよ?
(行かなくちゃ。)
だって、強く望めばきっといつかまた会えるもん。私はみんなと繋がってる。そう信じているから。
(だって私は、私の名前はー。)
ーそして、目を覚ました時。
「えー。」
私を向かえたのは、見覚えのない天井。体が重い。てもなんとか、動くことはできる。服はなにも着てないけど、縛られてもないし、かなり自由、かな。
「おまー。」
「ひっ!」
突然近づいてくる少年が、燃え上がるように濃い瞳が、なぜか怖くて。さけてしまったのはきっと、本能のせい。いや、そんなことより意識の遥か下からの命令、と言うか。
「あかり?」
「ちっ、近づかないで!」
思わず、目を閉じてしまった。後ろに逃げる私の肩を、誰かの手がぎゅっと掴んだ。見慣れたけど、名前を呼べないぬくもり。
「あかり。」
優しい声が安らぎを呼ぶ。なれた指先が私の背中をそっと叩いてくれると、なぜか安心になる。
「もう大丈夫、心配することは何もない。」
「うっー。」
今の私、なにも覚えてないし、だから誰も信じられないし。他人の声に、その優しさに頼ってはいけないのに。信じられないぐらい、信じたくなる。
少し落ち着いた後、顔をあげ、部屋の中を見回した。確かにみんな、見覚えがある。
(特に今私を抱いてるこの子、誰よりも懐かしい感じ。)
どこかで見たのか、覚えてないけど。でも、思い出せない。そんなことは許せないからー。
(あらー。)
気のせいかな。今、なにか浮かぶ寸前、沈ませたような。
(いや、そんなことよりー。)
あの子、私と同じ顔してる。いつも仮面ばかり被っていて、鏡にむかった事はあまりない。でも、自分の顔すら知らない人はないし。
あの子は誰?もし、あの子が本物で、私はただのコピーとか?
そもそもここってどこ?私、なんでこんな所にいるの?
あの人たち、どうして私だけ見つめてるの?
(疑問が多すぎて言葉になれない…。)
布団で身を隠してもみんなの視線から逃げられないし。本当、どこかに消えたい。でも、こんな状況、布団に潜っても逃げられない、きっと。
これから私、どうなるかな。あの人たち、私の服まで脱がせたし、別に信じられないけど。わけはわからないけど、今一番信用できるのは、私にくっついてるこの子みたい。
「えっと、その。」
期待に満ちている視線がすぐ私に向かう。答えられない私が嫌いになるほど、胸が痛い。
でも、聞きたいことがあるから、この手をはなさないと。
「あなたは、だれ?」
あなたはだれなの?私の友達?ただの知り合い?それとも、もし、私の家族?
めまいがするほど、頭が混乱している。
「ねえ、もしー。」
少女は急いで私の腕を掴もうとする。衝撃を受けた瞳が、果てしなく揺れてる。
でも、わざわざ避けたわけないけど、いや、なんと言うか、他人にこれほど自分を許せるのは、おかしいし。
「覚えて、ない…?」
果てしなく悲しい声がする。私の言葉、かなりショックだったみたい。
よくわからないけど、頷いたら、泣かせてしまうのかな。いやな、それ。この子には、泣いて欲しくない。泣きべそをみる自信がない。
でも、私の沈黙から答えを読み出したみたい。今でも崩れそうに私の肩に頭をもたせかけるし。腕を掴んだ手に力入ってるし。
「許せない…。」
腕を掴んでいた手が下に流れ落ちて、すぐあと、拳になる。空気でも握り締めなきゃ、気が済まないような顔ー。
「絶対に!」
噛み締めて青ざめる少女の唇に、胸が破れそうになる。
ごめんなさい。よくわからないけど、私が悪かった。
「本当に何も覚えてないの?」
前の人を押して進んだ小さな少女。私を睨む瞳は、小さいけど圧倒的な存在感を持ってた。
「嘘だろ、ちゃんと考えてみろ!」
激しくせめつける女の子。でも、私は知っている。きっと、あの子は怒ってない。
いつもそうだった。泣きそうな時は怒って、心配になる時は目を逸らすあなたを『可愛い』と思った。
「もう、答えなさい!」
「止めなさい、ナル。」
落ち着いた声が『ナル』って呼ばれた子を引き留めた。なんて大人っぽい女性。
でも、ごめん。今は誰が誰か、全然わからない。
ようやく気づいたのは、女の子の中でいる、たった一人の少年。彼は、ここにいる人々の中、一番不愉快な顔をしている。
「ちくしょうー。」
少年は、私と目が合って、歯を食いしばって、悪口を呟いた後、部屋を出ていた。
もう、部屋に残ってるのは、少女たちだけ。
「あかり…。」
私と同じ顔をしてる少女の涙を見るのは、変な感じ。まるで、自分の涙を鏡にうつす気分。
だからこそ、慰めてあげたい。頭を撫でてあげたい。それでも、いいかしら。この罪深い手で、あの子の髪を触れてもー。
ー僕以外の人に、愛情を見せるな。
突然、頭痛がくる。なにか、絶対的な事実が、命令が、頭をよぎったよう。で、それ、なんだっけ。私、今なんで手をあげているの。
(今、なにかー。)
おかしいぐらい落ち着いて、手を下ろしてしまった。そのまま時間が経って、いずれみんな会議に行ってしまった。
ずっと泣いている少女と、そばの女の子。そして、向こうに座ってる女の子だけ残った。
「ゆ、ゆかり先輩…。」
泣き疲れた少女のそばで、慌てる女の子。どうすればいいかわからないのかな。
でも、ありがとう、あの子を支えてくれて。あなたがいてくれるなら安心だよ。
(ゆかり、だね。)
すごくなれた感じ。まるで、私の名前だと言われても、そのまま騙されるぐらい。
「先輩、ご心配なく!」
向こう側に座っていた女の子が、私の手を取ろうとした。生きなりのボディタッチに驚いて、反射的に手を振り払った。でもー。
「ー!?」
傷ついたないふりして、また私の手をギュッと握り締めた。
「先輩も、記憶も、絶対元通りにしますから!」
そんなこと言わないで。胸がいたい。今の私が、否定される気がする。
彼女らが覚えてる私と私の目に写る私。どっちが本物だろう。いや、本物ってはたしてあるのかな。
「一体、何があったの…?」
声が震える。その泣きべそに辛くなる。
泣かないで、私はあなたを泣かせたくない。そのために、必死に頑張ったのに。
「あかり…。」
頭の中は空っぽ。まるで、『記憶』と呼ぶものがないみたい。もう、何もかもわからない。
でも、おかしい。胸が崩れそう。あなたの涙が、私の胸を苦しめる。
だから、泣かないで、ゆかり。私なんかのために、その涙を流せないで。