年上の婚約者 3
頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
息をする事も忘れ、固まった私をガイ様は肯定と捉えたのか、頬に添えられた手が力無くするりと去ろうとしたのを咄嗟に両手で掴み、これ以上離れて行かない様にきつく握り締めた。
「ちっ、違います……!」
涙が止まり、頭が回転を始めると、先程までの発言と状況を俯瞰できるようになり、一気に血の気が引いた。フェリックス殿下と誰にも言えない約束をしているから二人きりで会って話したいと言われれば、懸想していると思われて当然だ……実際、私が違うと言ったからほんの少し緊張感が緩んだものの、まだ依然として懐疑的な雰囲気はある。
顔色は真っ青だろうと思うけれど、今ここで、自分のした事を明かさなければならない。それはとても恥ずかしいけれど……ガイ様を傷付け、大切な人に誤解されるよりは、ずっとずっとましだと思った。ガイ様に真実を伝え、それで引かれて嫌われるかもしれないと頭の片隅でちらりと浮かぶが、私の好きな気持ちが疑われているよりはずっと良い……。
「……顔色が悪い。少し休むか?」
ガイ様はいつも優しい……私が相談もせずに勝手にフェリックス殿下の賭けに乗り、殿下に懸想していると思わせてしまったのに、今もガイ様は私の心配をしてくれる。私が掴んでいない大きな手で頭を撫でようと動き、寸前ではっとした顔をして、手を戻す仕草を見て、止まった涙がまたじわりと溢れる。
ぎゅっと力を入れて首を横に振る。ひと呼吸して、ガイ様を真っ直ぐに見つめる。
「ガイ様に気持ちを誤解されるのだけは絶対に嫌です!」
「……何を約束したのか教えてくれるか?」
ガイ様に問われ、私は頷くと、サラにエトワル学園の鞄を持って来てくれるように頼んだ。泣かないように話さなくちゃと思うのに、やっぱり一度決壊した涙腺は直ぐに崩壊してしまい、涙が溢れてしまう。私の横にガイ様とアレクお兄様が座り、正面にエリーナとリリアンが座る。
「入学式、の……次の日、帰る……時に、殿下の、馬車に……連れられ、て……」
「えっ……アリー、まさか! まさか……殿下になにかされて……?」
エリーナが悲鳴の様な声で私に質問をしたので、慌てて首を横に振る「エリー、ち、違うの。何もされて、いないわ……」と答えると、エリーナがほっと息を吐いた。
サラからエトワル学園の鞄を受け取り、フェリックス殿下の契約書を取り出す。ガイ様の隣に居る事が出来るのは、これが最後になるんだなと思うと苦しくなった……。
「殿下と、……交わ、した……契約書、です」
止まらない涙で言葉が上手く出せないまま、震える手に気付かれませんようにと祈りながら、ガイ様にフェリックス殿下との契約書を差し出した。ガイ様が内容を確認すると、目を見開いたまま固まった……その横顔を見て、ああ、終わったのね、と確信した。ガイ様は絶対に引いている……殿下を懸想していない事は伝わったと思うが、きっとそれだけだ……。
固まったガイ様の手からアレクお兄様が契約書を奪い取り、読み進めるに従って顔色が悪くなり、最後はガイ様と同じように固まった……アレクお兄様にも気持ち悪い妹だと思われたかもしれない? ずっと仲の良い兄妹だったからアレクお兄様に口を聞いて貰えなくなったり、冷たい態度を取られたらきっと寂しいと思い、落ち込んでしまう。でも、私がガイ様やアレクお兄様に相談もせず勝手に賭けをしてしまったから仕方ないわね……。
固まったアレクお兄様の手からリリアンが契約書を抜き取ると、リリアンとエリーナの二人で読んで行く。二人は「まあ……!」と顔を見合わせていた。はしたないって思われたかしら……?
婚約者も仲の良い兄も親友二人も同時に失ったら辛すぎるけれど……こういうのを身から出た錆と言うのよね? どんな風に思われているのか怖くて顔を上げられない。
「アリーが殿下に言われた通りルルの悪役令嬢になったままだった理由がやっと分かったわ……」
「本当ね……アリーのガイフレート様の騎士団の正装姿が好き過ぎる話は数え切れない程、そうね……百回以上は私達聞いたものね? 体験授業を聞いて楽しかったのかしらと思っていたのだけど、確かに幾らアリーが勉強が好きでも、法律学や魔灸医学、会計学、繊維学、染色学、農学……あと何だったかしら? は多過ぎるものね」
「そうよね。でもガイフレート様の騎士団の正装姿の魔写真の為なら納得するわね。むしろアリーなら全科目満点でも受けるわよね」
リリアンとエリーナが傷口に塩を塗る様に、私がガイ様の騎士団の正装姿を好きな話をするので、思わず顔を上げると、笑顔を浮かべた二人と目が合った。
「ねぇアリー、私達に相談して欲しかったわ? きっとアリーは魔写真を欲しがっていた事を知られたら引かれてしまうと思って約束を黙っていたのでしょうけど……アリーがガイフレート様を好き過ぎるなんて幼い頃からずっとよ? こんな事で引いたり、親友をやめたりしないわよ?」
「そうよ、アリー、私達は親友でしょう? 気付かなくてごめんなさいね……。でも、今ちょっと意地悪なことを言ったから、これでおあいこよ?」
親友二人が悪戯を見つかった子供みたいに笑う姿を見て、また涙腺が決壊してしまう……リリアンが満足そうに頷くと、まだ固まったままのアレクお兄様に視線を向けた。
「アレクセイ様、アリーの愛の深さに驚くのは後にして、早くこの契約書を持ってお城へ向かいましょう? 幼い頃から清楚なお花に羽虫が群がらないようにしていましたのに、まさか殿下が関わっているなんて……。アレクセイ様、到着するまでに、私にも闇の魔術を教えて頂けると嬉しいですわ。私の親友にこんな真似をするなんて許せませんもの」
「…………そうだね。うん、僕の可愛いアリーをこんな目に合わせていたなんて、僕も許せないな。あんなに目を赤くしてしまって……リリアン嬢に取って置きの闇魔術を伝授するよ」
「まあ、嬉しい! では、ガイフレート様はアリーを宜しくお願い致しますわ」
ガイ様が「……ああ」と返事をしたが、怖くて横にいるガイ様を見る事が出来ない。親友二人は私のガイ様のお話に慣れていたから引かないでいたけれど、ガイ様はどう思っているかは分からないもの……。
リリアンが意味深な笑みを浮かべ、エリーナと立ち上がる。アレクお兄様は私を柔らかく抱きしめ「僕がアリーを嫌いになることは、天地がひっくり返っても魔王に命を取られる事になっても有り得ないからね」と親愛の口づけを額に落とすと「百倍返しじゃ足りないかな……?」と呟きながら出て行った。
部屋に残されたのは、私とガイ様だけになった——
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次回は糖度多めの予定です。
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