王立エトワル学園 2
入学式が終わると、ルルは弾かれたように立ち上がり、色々な人達にぶつかり、ぺろっとこつんを繰り返して講堂を急いで出て行ったの。あちらは教室と逆方向なのだけど……お話を聞いていないのかしら?
私達三人は顔を見合わせ、「はあ……」とため息を零すと、クラス編成を確認する為に教室へ向かったの。
王立エトワル学園は、各学年毎に魔力量と学力によって上から順に五クラスに振り分けられる。と言っても殆ど魔力量で振り分けを行っていて、稀に学力が魔力量のクラスに対して著しく足りない場合のみ下のクラスに所属するくらいなの。
魔力量によって扱える魔法や魔術が異なり、過去、エトワル学園でも随分と無理をして魔力枯渇で瀕死になった生徒がいるので、魔力量はとても重視されている。
一番上のAクラスは魔力量の多い王族や高位貴族で編成されているが、このクラスに平民が所属する場合は特待生として迎えられる。私もリリアンもエリーナも同じAクラスで、親友と同じクラスなのは嬉しい! でも……元気いっぱいなヒロインルルも同じクラスの特待生だったわ。
特待生は、魔力量が多く、今後のミエーレ王国に役に立つ人材として期待されている為、入学金や授業料、学園寮など、エトワル学園にかかる費用が全て免除されているらしい。ヒロインはすごいわ……。
「ねえ、素敵な教室ね!」
「本当ね!」
「どこに座りましょうか?」
白く清潔な校舎、大きな窓のレースカーテンから気持ちのいい木漏れ日が差し込んでいる。ここでガイ様やアレクお兄様も学んだと思うと、自然と頬が緩んでしまう。新設されたばかりの校舎に見えるのは、毎年卒業生が洗浄魔法で清めて真新しい程に綺麗にする伝統があるかららしい。
席は自由に決めていいようなので、リリアンが真ん中の窓際の席に着き、私はリリアンの隣に座り、エリーナが私の後ろに座った。
エトワル学園がいくら平等と言っても、この学年はウィンザー侯爵家の私とヘイゼル侯爵家のリリアンが一番爵位が高く、私達が座らないと皆立ったままになってしまうの。
楽しくお話をしていると、Aクラスの担任のミハエル先生が現れ、今後のことを説明してくれたわ。
「明日から連絡事項を伝えるホームルームは毎朝教室で行います。午前中は必修科目を受け、午後は自分の受けたい選択科目を受けるようにして下さい。必修科目と選択科目については、これから配るプリントを各自確認して下さい」
「遅れてごめんなさいっ!」
ガラッと教室の扉が開き、元気いっぱいのヒロインルルが現れた。
「……空いている席に座って下さい」
「間違えて、教室と逆の方向に行っちゃって……! てへっ、私ってドジっ子だから!」
こつんと自分の頭を拳で叩いて、てへっと言いながら、ぺろっと舌を出したの。
「…………早く座って下さい。選択する科目を選び直す事も出来ますが、その際は時間割を再提出する必要があります。午後は選択科目が終わった方や授業が無い方から帰宅して結構です。今日のホームルームは以上です」
ミハエル先生はルルの存在をさらっと流し、ルルが着席する前にあっと言う間にホームルームを終えたの——
◇ ◇ ◇
「……ガイ様!」
エトワル学園からオルランド侯爵家に到着すると、私はガイ様を目指して走り出した。ガイ様は直ぐに見つかったわ。ティグルとお散歩をしているガイ様を見つけるのと、ガイ様が私を見つけるのは同じだったと思う。
ガイ様に抱き着くと、「今日もアリーシア嬢は元気だな」と穏やかな声が落ちて来たわ。抱き着いたまま首をこくりと縦に振ると、ガイ様の甘くて落ち着く匂いがするのが嬉しくて、もっと力を込めて抱き着いたの。ティグルが「がーお」と足元にすり寄るもふもふの感触もしたわ。
ガイ様がほんの少し屈み、優しいエメラルドグリーンの瞳で私を見つめ「入学式は終わったのか?」と大きな温かな手で私の頭を撫で、私はガイ様の手にすり寄った。
応接室のゆったりしたソファに座るガイ様の横に腰を下ろす。ガイ様に、ほんの少しだけもたれるとじわりと体温を感じて、気持ちが落ち着くの。ガイ様が優しく背中を撫でてくれる。
「聖なる乙女はどうだった?」
「……まるでヒロインのようでした」
「そうか……」
ルルとぶつかった時に、アリーシアこと悪役令嬢は、実はここは前世で人気だった乙女ゲーム《聖なる乙女 エトワール魔法学園》の世界だと思い出したの……!
ある日、ヒロインの平民ルルは、魔力に目覚めると髪と瞳の色がマゼンタピンク色に変わり、同時に前世の記憶も蘇り、ここが乙女ゲームの世界だと気付くの。
ヒロインのルルは、心優しいドジっ子で、分け隔てなく誰にでも話しかけるの。異性、特に高位貴族の殿方には、ルルの態度が新鮮に見え、ルルに魅了されて行くの。
エトワール魔法学園の在籍中に、攻略対象者であるミエーレ王子、宰相の息子、騎士団長の息子、魔道士長の息子、魔道書士長の息子、学園の治癒師を攻略するとハッピーエンドになるの。この乙女ゲームの世界では、ルルはどの攻略対象者を選んでもバッドエンドは存在しない。さすがヒロインよね。
この中でもミエーレ王子を攻略すると、ルルは聖なる力に目覚め、聖なる乙女、聖女になり王子と二人でミエーレ王国を護って行く——
私が悪役令嬢になるのは、大好きなお兄様を攻略対象にした魔道書士長の息子ルートの場合のみだが、悪役令嬢になった時には……処刑、国外追放、修道院送りの三択のバッドエンドの未来しかない。
アリーシアこと悪役令嬢は前世の知識を使って、バッドエンドを回避しなくちゃ——
…………って、そんな事があるわけ無いわ!
これは、ミエーレ王国の平民にとても人気のある『乙女小説』の話よ。もう何十年前から根強い人気があり、王国でも発刊規制をしているのだけど……類似の小説が後を絶たないのよね。
今、流行っている小説が、この《聖なる乙女 エトワール魔法学園》なのよね……。
「ヒロイン病か……」
「間違いないと思います……」
「……厄介だな」
ヒロイン病は、その名の通りヒロインになりきってしまう病なの。
この乙女小説の凄さ、いえ、厄介なところは、乙女小説の中でも当初の予定と少し違う事が起きても、「○○ルート、バグってる?」のひと言で、当初の予定と現在の差を処理してしまうの。この「バグってる?」の迷言によって、一度ヒロイン病に罹るとなかなか抜け出せなくなってしまうのよね…………
「……ガイ様?」
いつの間にか、ガイ様の親指が私の眉間をゆっくり往復していて、「ほら、シワが寄ってるぞ」とくつくつ面白そうな声がして、眉間を伸ばして下さっていたの……! 恥ずかしくて、パッと両手でガイ様の手を掴み、「もう大丈夫です!」と慌てて言うと、「そうか」と穏やかな声が聞こえ、大きな温かな手で頭を撫でてくれた。
明日からのエトワル学園の事を忘れて、今は、大好きな温かな手を感じていた——
本日も読んで頂き、ありがとうございます(*´∇`*)
前話に沢山の方が見て下さって、1日のPVが1000を超えていました♫
とっても嬉しいです!ありがとうございます!















