9 絵になる魔王様
一週間が過ぎ、魔王レオ、宰相ジルバ、白猫ガランの前に10枚の絵が並べられた。玉座に座る魔王から、お食事中の魔王、お茶休憩や談笑まで色々なシーンを描いた。むろん、どれも表情は五割増しでにこやかである。
この中から数枚を選び、複製して魔人のイメージアップを図るのだ。すでに語り部部隊、絵本部隊、お土産部隊が計画を進めている。
執務室の一角でイーゼルに並べられた10枚の絵を鑑賞しながら意見をかわす三人を、セシルは笑顔を張り付けて5歩離れたところから眺めていた。この一週間、レオにくっつきまわって描き上げた成果なのだが、その間何度レオの傍若無人っぷりに筆を折りそうになったか分からない。比喩表現じゃない。怒りのあまり物理で筆を折りそうになった。それでもまだ、ガランから聞いた切り札は使っていない。
「レオ様、これはいかがですか」
「あぁ」
ジルバが示したものを一瞥し、頷くレオ。ジルバは手早くメモをし、後ろに控える文官に指示を飛ばす。ガランは髭をせわしなく動かし、目をキョロキョロ動かしながら鑑賞していた。
「レオ様、こちらと、こちらと、あれを絵本にしようと思います」
「任せた」
レオはガランが指した絵を少し見ただけで、視線を戻す。まるでセシルの絵など見る価値が無いとでも言うようで、徐々に怒りが積もってきた。先ほどからセシルを紅い瞳に映すことはなく、いないものとして扱われている。
(落ち着くのよセシル。相手はわがまま魔王なんだから、私が大人にならないと。そうよ、セシル。こういう時は、女装魔王でも想像して気を紛らわすのよ)
美しい銀髪に紅い瞳を彩るまつげは風が起きるほど長い。唇は艶やかで、ちろりと覗いた舌が妖艶に誘っているよう。メリハリがきいた体で倒しに来た勇者を落とすに違いない。
「セシル、セシル!」
と、勇者との対決シーンまで思い描いていると、ガランに名前を呼ばれて我に返る。
「あ、はい。なんでしょう」
ガランはセシルに歩み寄ると、セシルの右手を両手で包み込んで嬉しそうに目を細めて笑った。
「ありがとう。これで先に進めそうだよ。どれも想いがつまった素晴らしい絵だ」
ガランの賛辞はすっと胸に入ってきて、一瞬で魔王への嫌な気持ちを吹き飛ばしてしまった。するとジルバもニコリと微笑んで、目礼をする。
「助かりました。あとはうちの魔道具部隊が引き継ぎますので、しばらくはお城で自由にお過ごしください」
「……自由に?」
仕事がひと段落したということなのだが、自由と言われても少し困る。セシルが首を捻っていると、レオの鋭い舌打ちが入った。
「絵を描くなり、どこかへ行くなり好きにしろ」
やっと口を開いたと思えば、出てきたのは不機嫌な声だ。セシルに視線を向けもしない。
セシルの血管が、プツリと音を立てて切れた気がした。カッとなって勢いで言い返す。
「そうですね! わがままな魔王様から少し離れたいですし、城下町でも散策します!」
セシルは下町育ちでもともと気が強い。反抗的な態度を取ったセシルに対し、レオは目を剥いて睨みつけた。背が高いので自ずと見下ろされる形になり、威圧感が倍増する。
「人間が一人で歩けば迷惑だ。ガラン、ついて行け」
「ちょっと、子どもじゃないんですけど」
これでも一人旅をしていたのだ。幼い見た目で舐められては困ると、レオを睨み返すと鼻で笑われた。セシルのこめかみに青筋が浮き、ジルバが慌ててフォローを入れる。
「いくら平和協定があっても、まだ人間は珍しいからね。それに、案内役が欲しいでしょ
う?」
「……それは、そうですね」
さすがは完全無欠の宰相だ。やんわりとセシルの気を落ち着かせて、頷きやすい空気にする。それに対してレオはへそを曲げたのか、そっぽを向いていた。初対面の恐れ多く崇高な印象とはどんどんかけ離れていく。
セシルの中でレオの評価がどんどん下がる中、ガランがその肩をぽんと叩く。
「一仕事終わったんだから、肉を食べよう! いい店紹介するからさ!」
「肉! 最高です!」
その一言にセシルは食いつき、意気揚々と出かける支度を始めた。魔王の舌打ちが聞こえたが、聞こえなかったことにした。