7 イメージと違う魔王様
「人間にとって魔王様は最強というイメージなんですけど、やっぱり、お二人は強いんですか?」
いつだって絵本の中の魔王は最強の存在だ。筋骨隆々のイメージだったが、そう言えばレオは細身だ。二人はその質問に顔を見合わせ、ジルバは困ったように微笑んで視線をセシルに戻した。
「一般的な魔人よりは強いですが、貴女が思っているほど最強というわけではありませんよ?」
「え? でも、魔人で一番強い人が魔王になるんじゃないんですか? それとも血縁ですか?」
と何気なく訊き返せば、大きなため息と憐れみの視線がレオから飛んできた。
「これだから人間は。魔王が筋肉馬鹿だったのは、はるか昔のことだ。まだ人間は魔人を力が全てだと思っているのか。これは早急な意識改革が必要だな」
「え、だって。絵本の魔王は筋肉ダルマですし……」
レオはこれ以上つきあえんと視線を外してお茶をすすった。皿に盛られたチョコレートクッキーはきれいに無くなっている。言いたい事だけ言ったレオに怒りが込み上げたセシルは、絵の魔王の表情をちょっと不細工に変えたくなった。だが自分の美意識とプロ意識に反するのでさすがにしないが……。
むっと唇を引き結んでレオに険しい視線を向けるセシルに、ジルバが優しく説明をしてくれる。
「筋肉男が魔王だったのは、もう50年は前の事ですよ。昔は確かに力が全てで戦争も絶えなかったんです。しかし、戦いに嫌気がさした魔人たちが立ち上がり、魔王の制度を変えたのです。それまでは魔王に一騎打ちで勝ったものが次の魔王だったのですが、今は貴族や大臣の承認を持って選ばれています」
「え、クレア王国と全然違いますね……」
クレア王国は代々一つの王家が治めており、血統によって次の王が決まっている。歴史を振り返れば何度か王位継承をめぐって内乱があったが、この100年は平和が続いていた。
「えぇ、我がアルシエルは公正をうたっていますから。魔王選出には規約も理由もございます」
「じゃあ、魔王様はどういった理由で選ばれたのですか?」
執務能力や魔法面だろうかと予想するセシルに、ジルバは笑顔のままさらりと答える。
「顔です」
短くそれ以上でも以下でもない返答に、セシルは固まった。レオが紅茶をすする音だけが聞こえる。
「……え。顔?」
「はい。レオ様が即位されたのは6年前で、クレア王国との平和条約締結のちょうど5年前でした。その頃、アルシエルではずるずると休戦状態が続いているクレアとの関係を変える機運が高まり、次の魔王選出は平和条約を結べるような魔王が望まれたのです」
セシルは興味深い歴史の裏側を、相槌を打ちながら聞く。だが、平和条約とこの顔だけがいいわがまま魔王がどう繋がるのかが分からない。
「当時人間の我々に対する警戒心は高かったため、これは顔で攻めるしかないと思いまして。大衆受けのよい美形を、アルシエル中を探して見つけてきたのです。そして投票を行い、選ばれたのが我らのレオ様です」
「え、そんな。街の花娘を決めるような感じで魔王様に決まったんですか!?」
なんとも思い切りのいい魔王の基準に、なぜか頭が痛くなってきた。だが実際のところ顔のおかげか平和条約が結べたのだから、いいのだろうか。
「はい。ですから、魔王様には平和の象徴となっていただかなくてはいけないのです。なので、今回の絵は上手く優しそうな顔にしておいてくださいね」
にこにこと笑っているジルバの隣で、仏頂面のレオ。ちょうどジルバの表情をはめ込めば、いい感じの優しい魔王になりそうだ。
「……努力しますね。でも、今になってどうして平和条約を結ばれたんですか?」
それは電撃的にアルシエルの使者が訪れた時から、絶えず話題になっていたことだった。人魔大戦で大きくぶつかった相手であり、100年の時を経て直接戦争を知るものはいなくなり、関心が薄くなっていたが不審に思う声はちらほらあがっていたのだ。
その問いに二人は顔を見合わせ、無表情なレオに代わってジルバが微笑んで言葉を返す。
「それはまた今度、ゆっくりお話しますね」
今は秘密と人差し指を立てて唇に当てたジルバが色っぽく、セシルは瞬間記憶を発動させた。この絵が終わったら、絶対にスケッチをして残すつもりだ。
そしてセシルがある程度描けたところで二人は政務へ戻っていった。あとは一人でも書ける。
(顔で選ばれた魔王様ねぇ)
ならばセシルはその美がさらに広まるように努めるだけだ。気合を入れ、ぐっと集中して色を乗せていく。見る者が優しく、温かな気持ちになれるような絵を描こうと強く思った。