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6 完全無欠の宰相様

 翌日の昼下がり、セシルは執務の休憩にお茶をしている魔王と宰相という絵を描いていた。二人とも飲む動作が優雅であり、セシルの筆も進む。何より、銀髪赤目のレオと赤髪銀目のジルバが並ぶと、素晴らしい調和を生むのだ。昨日の反省をこめて、口を真一文字に結んで黙々と絵を描いている。

 しばらく雑談をしていた二人だが、ふいにジルバがセシルに視線を向けた。


「レオ様、この機会に少々彼女と話したいのですが、よろしいですか」


 ジルバはふわりと柔らかい笑みをセシルに向けた。常に眉間に皺を寄せているレオとは対照的なジルバは、魔王を支える完全無欠の宰相である。完全無欠というのはガランを始めとする城仕えの人たちによる評価であり、彼が実質国を動かしていると言っても過言ではないそうだ。


「好きにしろ」


 レオはセシルに視線を向けることもなく、紅茶をすすった。セシルは一度筆を止めて、ジルバの言葉を待つ。


「昨日はバタバタしていましたから、少し絵を描いてもらうことについてお伝えしておこうと思いまして」


 長い指でカップを置いて、ジルバは話し始めた。レオは我関せずで、盛られたクッキーの中からチョコレートクッキーだけを食べている。


「ガランから聞いたかもしれませんが、私たちは人間の画家に魔王様の絵を描いてもらい、それを広めることで友好関係を築いていこうと考えています。いまだに魔人へ恐れを抱く人間が多いため、イメージ戦略を行おうと思いまして」


「はい、少し聞きました。素晴らしいお考えだと思います」


 僻地の農村では字が読めない人もいるため、絵は効果的だ。そこに魔王の人柄や行いなどの語りもつければ、具体的に魔王について伝えることができる。


「それに人間の画家に任せてもらえるのが、とても誇らしく嬉しいです。魔人の専属画家もいらっしゃるんですよね」


「あぁ、いえ。ここに画家はいませんし、そもそも魔人は人間のような絵を描くことはできません」


「え?」


 ジルバは眉尻を下げてそう答えたが、セシルは首を傾げる。城の至る所に素晴らしい絵画があり、現にこのサロンにだっていくつか絵が飾ってあるのだ。不思議そうにしているセシルを見て、ジルバは指を鳴らして手元に紙を出現させた。


「わぁ、魔法……ガランさんもそうでしたけど、呪文ってないんですね」


 ガランもレオも手を合わせたり指を鳴らしたりするだけで魔法を発動させていた。人間の中にも魔法が使えるものがいるが、セシルは魔法の適性が皆無だった。

 セシルが目を輝かせて食いついていると、ジルバは苦笑を浮かべ、レオは鼻で笑う。レオの態度にセシルはイラつくが、笑顔を張り付けて対処した。


「簡単な魔法であれば呪文はいりませんし、攻撃魔法もほとんど無詠唱ですね」


 それが魔法のイメージなんですねとジルバは微笑んでいた。


「そうなんですね。ファイヤーボール! とか叫ぶんだと思ってました」


 子どもの頃、近所の子どもたちと遊んだ魔法使いごっこではそれっぽい呪文を唱え、技名を叫んでいた。魔王役をやっていた頃が懐かしい。

 あははと軽く笑うセシルに対してレオは嘲笑を浮かべ、流し目を向けてきた。


「馬鹿か? 攻撃する相手に技を教えてどうする」


 考えてみればごもっとも。腹の立つ言い方に、セシルの頬が引きつる。背景をぬっている筆を強く置きすぎて、毛先が潰れてしまった。


(まずまずい。平常心、平常心)


 道具に悪いことをしてしまったと、静かに深呼吸をした。


「そ、そうですよね」


 ここは大人の対応をとセシルはぎこちない笑みを浮かべる。魔王の隣でジルバが軽く肩を震わせているので、怒っているのはバレバレなのだろう。ジルバは笑いを抑えて、話の続きをと口を開く。


「それで、一応魔法にも絵に近いものはあるんですよ。でも、集中力と想像力が必要でして」


 ジルバは紙を親指と人差し指でつまみ、レオに向けて立てた。じっとレオを見て指を鳴らしてから、色のついた面をセシルに向ける。


「……魔王様?」


 そこには辛うじて人だと分かる、何かが描かれていた。色の濃淡が無く単調で、顔の細部は分からない。ずいぶんと抽象的な絵だ。


「瞬時に写したいものの細部まで頭の中に描かないといけないので、無理なんですよ。逆に、すでにある絵を模倣する魔法は別にあるので、完全な複製はできるんですけどね」


「え、地道に道具で描くことは……」


「気づけばそんな技能を持つ人がほとんどいなくなっていて……それに、人間が描いたものを買った方が早くて質が高いですし」


 つまり、魔王城の絵は人間の手によるものということらしい。思わぬところで人間の芸術が取り入れられていた。


「ですので、今回人間の画家に原画を作ってもらって、私たちの魔法で量産することにしたんです」


「そうだったんですね……」


 まさか魔法のせいで魔人の絵画における技術が滅んでいたとは。セシルは物悲しい想いになりながら、筆を運ばせる。今は絵に集中だ。二人の色を描き入れようと、じっと観察した。両者の色合いは似ているが、微妙に違う。レオの銀色は星の輝きのような眩い色だが、ジルバの銀は渋く秘めた輝きがある。燃えて透き通るような赤がレオで、落ち着いた秋の深まりのような赤がジルバだ。


(うん、いい感じ)


 満足がいく色が作れ、セシルはお茶を楽しみながらぽつぽつと話している二人に視線を向けて口を開いた。


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