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52 二人の始まりの絵

 結局二人は夕食の席でトラストにつきあっていることを話し、トラストを大混乱に突き落とした。二人から報告を受け、なんとか「おめでとう……」と言葉を返したものの、魂が抜けていた。娘に久しぶりに会ったら恋人ができていて、しかもそれが幼少期を知る魔王なのだから無理もない。その後、「セシルをレオ君に取られた」とお酒をがぶ飲みしながらガランに慰められていた。


 それから一週間、セシルはトラストから絵の技術について教わった。なんだかクレア王国にいた頃のようで、不思議な感覚になる。悔しいが父親の技術力は高く、感性も豊かだ。レオにモデルを頼み、二人で描きながら技術を磨いていくのだった。


 そのレオもトラストと二人で自室に籠ることが増えた。政務は一区切りがつき、クレア王国との関係も築けてきたため、レオの仕事が減って来たらしい。そもそもアルシエルにおいて魔王は象徴的な意味合いも強く、実務は宰相であるジルバ以下が行っているのだ。


 そんなある日、セシルはレオに呼ばれてサロンに向かった。最近は絵をかかずにおしゃべりをしてお茶を飲むことも増え、セシルはその度にレオの新たな話が聞けるのが楽しかった。特にトラストやユリアが加われば、幼少期の話が聞ける。レオは嫌そうに眉間に皺を寄せているが、セシルには楽しい時間だった。


 サロンに近づけばユリアがドアの前に立っていて、きれいな礼で迎えてくれる。だが顔を上げたユリアはセシルの服装を見てため息をついた。


「もう、かわいいワンピースがあるでしょ? なんで着ないのよ」


「え、だって、着慣れないから落ち着かないんです……」


 ユリアはセシルがレオの恋人になったと知ってから、さらにかわいい服を買ってきた。クローゼットに入りきらなくなって、新たにタンスが増えたほどだ。


「セシルちゃんらしいというか……でも、たまには可愛い服装をしたほうが、レオ様も喜ぶと思うんだけどね」


 ふふふと含んだ笑みを浮かべたユリアは、ドアを開けてセシルの背中を押した。ユリアは入らないようで、廊下で手を振ってドアを閉めた。


(いつもは一緒にお茶を飲むのに)


 珍しいと思いつつサロンへと顔を向けると、ソファーにレオが座っていた。すでにお茶を飲んでおり、テーブルにはチョコチップクッキーとセシルが好きなナッツ入りのクッキーが盛られた皿が置いてある。チョコチップクッキーは半分くらい無くなっていた。


「セシル」


 そう名前を呼んで、レオは自分の隣を叩く。そこに座れと言うことなんだろう。他に人はおらず、給仕の侍女も見当たらなかった。


(なんか二人っきりって緊張する……)


 セシルは心拍数が早くなるのを感じながら、レオの隣に座った。いつ見ても非の打ちどころのない美貌で。スケッチしたくなるが、今日は、画家魂は封印だ。レオが紅茶を注ぎ、カップをセシルの前に置く。ますます珍しいと、セシルは目を丸くしてしまった。


「……たまにはな」


 表情からセシルの考えていることが分かったレオは、それぐらい俺もすると心外そうだ。セシルはくすくすと笑い、柑橘系の香りがする紅茶を一口飲むとナッツ入りのクッキーに手を伸ばした。ユリアからお茶を飲む作法も教わったが、レオの前ではいつも通り飲んでいる。


 そしてしばらく他愛のない話をし、レオのチョコチップクッキーが無くなったところで、レオが紅い瞳をセシルに向けた。その瞳がいつになく真剣なもので、それでいてどこか不安そうで、セシルは続く言葉を待つ。


「セシル……アルシエルには、告白をする時に手作りのものを贈る風習がある」


 唐突にそんな話をされ、セシルは目を瞬かせつつも、そう言えばそうだったと以前コルに告白された時の事を思い出した。


「そうらしいですね」


「なんだ知っていたのか……」


 レオは一呼吸間を置くと、指を鳴らして空間を裂いた。


「遅くなったが、俺からの贈り物だ」


 あの時、レオは衝動的に告白をしてしまった。レオはあまり風習にこだわるほうではないが、それでも少し心残りだったのだ。セシルが何をくれるのだろうと思っていると、何かが空間から出てきて、セシルの前で浮いた。それが目に入った瞬間、セシルは衝撃に息を飲む。


「……きれい」


 それはセシルがよく見慣れたもの。四角い、キャンバス。両手で簡単にもてるぐらいでそれほど大きくない。


「これ、私ですか?」


 信じられないと、セシルは目を見開いてまじまじと絵を見る。キャンバスの中のセシルは、振り返った姿で、少し長くなった髪がふわりと広がり、少し上気した頬は生き生きとしていて、満面の笑みを浮かべていた。肩から上の肖像画。まるで鏡を見ているようで、気恥ずかしくなる。


「すごい……これ、誰が描いたんですか?」


 色遣いは繊細で、髪一本一本までこだわって塗られている。肌は透けるようで、実際より美しすぎて自分が情けなくなるほどだ。悔しいがセシルより上手い。


「俺だが?」


 さらりと告げられた言葉に、セシルは絵から顔を上げてレオへと向けた。こてんと首を傾ける。


「誰が?」


「俺だ」


 見つめ合うこと二秒。


「え! レオ様、絵が描けたんですか!?」


 大声を上げて立ち上がったセシルに、レオは偉そうに鼻を鳴らす。


「誰が描けないと言った。それに手作りのものを贈ると言っただろうが」


「え、何それ。魔王なのに絵も描けて、私よりうまいってどういうこと!? あー! てことは、あの妖精はレオ様ね!」


 セシルが大声を上げて口にした妖精は、セシルが寝落ちをした時にいつの間にか絵を完成した誰かのことだ。セシルはそうとう悔しいのか、地団太を踏んでからレオに詰め寄った。


「じゃあ、自分で肖像画を描けばいいじゃないですか。わざわざ自分より下手な画家を雇う必要ないでしょー!」


 まさかモデルが自分より絵がうまいとは、画家のプライドがズタズタだ。レオの肩を掴んでユサユサ揺する。レオは軽く眉間に皺を寄せつつも、好きにさせていた。


「……俺はそこまで暇ではない。それに、人間が描くからいいんだ」


「そういう問題じゃないのよ~!」


 絶叫するセシル。悔しいやら恥ずかしいやらで、もう涙目だ。これからどんな顔をしてレオを描けばいいのか分からない。


「馬鹿だな」


「ひゃぁ!」


 レオは妖艶に微笑むとセシルの腰を引き寄せ、抱きしめた。セシルはバランスを崩し、ソファーの上に乗り上げる形になる。


「セシル。受け取ってくれるか? 断られたら、これは焼く決まりだからな」


 まさか断らないだろう? と絶対的な自信を見せた笑みに、セシルはなんだか腹が立つ。全て掌の上という感じだ。


「……脅しですか。受け取りますよ。今晩にでも模写、したいけど自分を描くのは恥ずかしい!」


 セシルはレオの肩口に顔をうずめ、嫌々と首を横に振る。本当は嬉しいのに、なんだかそれを正直には表に出せなかった。その頭をレオが優しく撫でる。


「俺はトラストに絵を教えてもらったんだ……久しぶりに筆を持ったが、悪くない」


「え、まさかの兄弟子」


 セシルは体を起こし、レオの顔を驚愕の表情で見つめる。どんどんセシルの立つ瀬がなくなっていく。徐々にいじけた顔になっていくセシルの頬へとレオは手を滑らせ、親指で撫でた。


「セシル。一生俺の側で絵を描いてくれ、お前の絵で世界を平和にしよう。そして、たまには俺も一緒に描いてやる」


 甘美な声が耳をくすぐり、セシルはかぁっと頬を赤くした。少しずつレオの色気に慣れてきたと言っても、至近距離はずるい。セシルは挑戦的な目をレオに向けると、負けるものかとビシッとレオを指した。


「言われなくても描きますよ! 私は魔王様の絵を描いて、世界を平和にするんですから!」


 それこそがセシルの原点であり、生涯を捧げること。


「あぁ。俺の部屋を、お前の絵で埋め尽くしてみろ」


「もちろんです!」


 レオの部屋はかなり広い。その壁中を、二人の思い出が詰まった絵で彩りたい。それが二人の生きた証になるから……。


 レオはセシルを引き寄せ、頬を包み込む。紅い瞳にセシルが映り込み、セシルの胸は高鳴った。


「セシル……愛している」


 雫が水面に波紋を起こすように、その一言はセシルの中に響く。そして瞳を閉じれば唇に甘やかな熱を感じて、セシルは幸せに満たされる。その幸せは情景となり、セシルの脳裏で弾けた。


(これだ!)


 雷に打たれたように、構図が降って来た。口づけの余韻が消し飛び、セシルはレオから体を離してソファーから降りる。


「レオ様。私、絵を描いてきます。描きたいものが降りてきました!」


「……おい」


 甘い恋人の時間などお構いなしに、セシルは画家の顔になって興奮に目を輝かせた。レオは不機嫌を露わにするが、セシルは気にせずぺこりと頭を下げると速足で出て行った。


「……あの、絵描き馬鹿が」


 閉まったドアを見てレオはそう吐き捨てたが、その声は優しく嬉しそうだ。セシルらしいと、そんなセシルを好きになったのだと、レオは口元を緩める。



 そして翌日、徹夜したセシルが興奮気味に披露したのは、レオが贈った絵と対になるような絵だった。手を差し伸べ、誰かを呼ぶように少し口を開いたレオ。その表情は柔らかく、愛しいと紅い瞳が語っていた。そしてその瞳には、うっすらとセシルが映っている。


「二つで、一つの絵なんです」


 そうセシルが言うように、二つの絵を向かい合わせればそこに一つの世界が生まれた。セシルを呼ぶレオと、振り返るセシル。二人の世界は優しく、温かい。この絵は向かい合うようにレオの部屋の壁に飾られ、式典で披露された時には大絶賛された。後に、魔王とその伴侶となった人間の画家、二人の始まりの絵とされるのである。



 この絵を始まりにして、時は流れていく。二人はこの絵と共に、喜怒哀楽を共にし、絵を眺める家族が増えていく。約束通り、レオの部屋はセシルの絵で埋め尽くされ、視界を彩った。


 優しく明るい、幸せな絵たち。それらは色褪せるることなく、偉大な画家としてセシル・アルシエル。そしてレオ・アルシエルの名を後世に残していくのである。

本編はこれで一区切りです。あとはのんびり後日談を書きます~。

ここまでお読みくださりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 本編完結おめでとうございます! ラブラブハッピーエンド(絵描き脳が邪魔したとはいえ)、ごちそうさまでした。 最終話にきっちりタイトル回収、素敵です。 二枚で一つの絵、まさに平和を目指す素晴…
[良い点] 完結……完結なんですね!(泣) 二人のラブラブぶりを堪能……かと思いきやセシルの絵描き馬鹿!! でもそこがいいのです(*´∀`) 贈り物が絵とは。心がこもっていて素敵だなぁと思いつつ、魔王…
[一言] 負けたのが絵で良かったジャマイカ 「魔王様!私、肉を食べてきます!」 だったら泣く(爆
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