5 決断する魔王様
「どうだ~?」
タイミングよくガランが入ってきて、レオとセシルだけという状況に目を丸くした。廊下に視線をやり不思議そうに首を傾げてからセシルへと近づいて来る。
「ガランさん、描きあがりましたよ」
そしてセシルの隣に立ち、絵に視線を落として息を漏らした。
「こりゃ、素晴らしい……」
その一言でセシルは満足しくすぐったそうに笑みを零す。ガランは慈しむような柔らかい笑みを浮かべると、こちらに視線を向けていたレオに顔を向け、恭しく頭を下げた。
「陛下、作品をお持ちしたいのですが、よろしいでしょうか」
レオは眉間に皺を寄せており、不機嫌以外の表情が読み取れない。
「許す。廊下にいるものも入って来い」
レオの低く響く声が返り、廊下で様子を伺っていた衛兵や赤髪の男が戻って来る。
(私の邪魔をしないように、外に出てたのかな)
皆ちらちらとセシルに視線を向け、興味を持っているようだ。あらかた完成した絵が気になるのだろう。
「では、失礼」
ガランは絵をイーゼルから優しく取り、絵の具が手につかないように慎重に運んだ。自分が描いた絵が丁寧に扱われると、それだけで嬉しくなる。
(ドキドキするな~。気に入ってもらえるといいけど)
机の周りに皆が集まっており、興味深げにガランの手元にある絵に視線を注ぐ。ガランは机の前で膝まずくと、すっと絵を掲げて見せた。
はっと息を飲む音がする。緊張の静寂が驚きに変わり、本物の魔王と絵を見比べる者もいた。その魔王はさらに眉間の皺を濃くしている。
(あ……なんかまずった?)
お気に召さなかったのだろうかと不安になったところで、レオは右後ろに控えていた赤髪の魔人に声をかける。
「ジルバ。どう思う」
ジルバと呼ばれた男は、やや長い赤髪を後ろで束ねており、長めの前髪を真ん中で分けて左右にふわりと流していた。銀色の瞳は穏やかに細められている。よくできる文官というイメージで、後にガランから宰相だと聞いた。
「そうですね。少々線が荒く、レオ様がお優しい感じになっておりますが、人間用と考えるならこれで十分だと思います」
淡々と評され、セシルは背筋を伸ばした。線が荒い。よく指摘されることであり、一目で看破されて驚く。
レオは信頼のおける部下の返答に頷き返し、周りの者へと視線を巡らせた。
「お前たちはどうだ」
その問いに、衛兵の一人が敬礼をして答える。
「魔王様の魅力と美しさが存分に表れているよい絵だと思います」
そこに他の衛兵や文官が続く。
「魔王様の美しい髪は本物と見まごうばかりで、髪の一本一本まで描かれているようです」
「この紅い瞳も吸い込まれそうで、人間たちの心を掴むに違いありません」
皆好き好きに感想を述べ、どれもが好感触であることにセシルは胸を撫でおろす。
そして部下たちの感想を一通り耳にしたレオは、憮然とした表情をセシルに向けた。険しい視線で貫かれる。
「これが、お前の目から見た俺か」
淡々と感情の読めない声で問われ、セシルは一拍遅れて口を開く。
「は、はい。実際の魔王様のほうがお美しいですが……」
畏まって、素直に賞賛の言葉を口にするが、レオは不愉快そうに鼻で笑い吐き捨てた。
「愚かだな」
そして絵を掲げるガランに視線を戻し、頬杖をついた。瞳から興味の色が消える。
「後は任せる。好きにするがいい」
不機嫌な声で発された言葉に、セシルは一瞬理解ができなくて首を傾げた。ガランがぱっと表情を明るくして、セシルを振り返って叫ぶ。
「セシルさん! やったね! 専属として雇ってもらえるって!」
「え、本当に!?」
思わず飛び跳ねてから、魔王の前だったと慌てて直立する。
「まずは一週間、好きに描いてみろ。その中からいくつか選んでクレア王国に流通させて様子を見る。結果が出なければ辞めてもらうがいいな」
「もちろんです! 絶対にいい絵を描いてみせます!」
今すぐ外を駆け回って叫び出したい。それほどの喜びで、何より直接レオに言葉をもらったのが嬉しかった。本人は不本意そうな顔をしていたが。
そして引き続きセシルの世話はガランに一任され、ちゃんとした部屋が与えられることになった。専属画家には個室兼アトリエが与えられるらしい。素晴らしい好待遇だ。
(最高~。おいしい料理に雨のしのげる場所!)
城の個室なら、きっと宿屋よりも高級のはずだ。セシルは期待に胸を弾ませ、道具を片付けていく。そして御前を辞したガランと共に執務室を後にしようすれば、艶のある声が響いた。
「画家。今後、俺の前で描くときは口を閉じろ」
「あ、はい……?」
もしかしてガラスの玉越しに、口が動いているのは気持ちが悪かったのだろうかとセシルは首を捻る。するとジルバが憐れみのこもった眼差しを向け、深々と溜息をついた。
「画材についてはご要望のものを揃えますので、肉の心配をなさらなくてもけっこうです」
急に画材と肉の話が出てきてセシルはまたまた首を傾げる。だがすぐに先ほど口にしていた内容だと気づき、話が繋がったセシルは瞬時に顔を真っ赤にした。火が出そうなほど熱い。
「まさか、全部聞こえていて……」
声を震わせて最初にいた人たちに視線を向ければ、気まずそうに視線を逸らされ、ある者は肩を震わせていた。つまり、そういうことだ。
「い、いやぁぁぁ!」
「あ、セシルさん!」
セシルは羞恥にまみれ、叫びながら執務室を後にする。そして、その日の夕食は他の人より大きな肉の塊が、セシルの皿に乗っていたのだった。




