49 拗ねる魔王様
時は流れ、セシルが魔王の専属画家になってから半年が過ぎた。二人が恋人になったことはすぐに城中に広まり、驚かれながらも祝福された。コルは一人複雑そうな顔をしていたが、「肉が食いたくなったらいつで言え」と、背中を叩いて祝ってくれたのだ。
変わったことと言えば、将来を見据えて歴史やマナーの勉強が始まったことと、レオの休憩時間に絵を描くことが増えたことだ。歴史やマナーは、「先のことは分からないから」と勉強嫌いのセシルは断ろうとしたのだが、「専属画家としても必要だから」と説き伏せられた。
なんでも、学校の教科書や歴史書に挿絵を入れたいそうで、歴史を学ぶ必要が出てきたらしい。そしてマナーに関しては、今後国内外で活動することが増えるからと説明された。そのためしぶしぶセシルは歴史を勉強し、ご褒美の肉を励みにマナーの習得に励むのである。
そんな寒さが厳しくなってきたある日。セシルはサロンで仕事が終わったレオを描いていた。レオはお茶をすすり、チョコチップクッキーを食べている。恋人になってからは積極的に話すようになり、いつも取り留めないことを話題にしていた。
「それで、食堂の新メニューにビーフシチューがあって、お肉がとろとろですごいんです。最近寒いから、あったかいものが嬉しいんですよね」
きれいな指でクッキーをつまんで食べているレオに時々視線を送りながら、セシルは描き進める。半年もその顔を見ていれば、じっくり見なくても描けるようになっていた。セシルは口を動かしながら、手も動かしていく。たいていレオが聞き役で、適当に相槌を打っていればセシルはいくらでも話すのだ。
「セシル」
そう名を呼ぶ声はどこか不機嫌で、セシルは「あれ」と思って顔を上げた。案の定おもしろくなさそうな顔をしていて、何か機嫌を損ねるようなことを言っただろうかと思い返すが分からない。
「そんな絵ばかり見ていないで、俺を見ろ」
どうやらキャンバスばかり見ているのが気に入らなかったようで、拗ねている。
「え、かわいい。スケッチしたい」
「おい」
つい本音が出てしまった。セシルは慌てて口に手を当て、えへへと笑ってごまかす。レオはユリアやジルバが目を見張るほど感情を表にだすようになり、二人は「恋はおそろしい」と零していた。セシルは仕方がないと、レオをよく見ながら絵を描いていく。
(レオ様って、案外寂しがり屋なんだから……)
そして案外子どもっぽいところもある。魔王という仮面を取ったレオは、わがままだけど繊細で、寂しくても言い出せない意地っ張りなところがあると気づいた。きっとレオが育ってきた環境にもよるのだろうが、素直に甘えられないのだ。
(でも、食べ物に対するわがままはもうちょっと直してほしいかなぁ)
付き合ってからレオに会食が入っていない限り、セシルと食べるようになった。そこでも度々レオは焼き加減にケチをつけ、焼き直させるのだ。口に合わなかった肉はセシルの胃袋へと消えるので、セシルの怒りが爆発することはないが気分がいいものではない。
(少しずつ、好き嫌いが無くなるといいな)
そして絵の完成が近づいた時、ノックの音がしてセシルは顔をドアへ向けた。
「何かあったんでしょうか」
仕事は終わったと言っていたので、急用でもできたのかもしれない。
「ちっ、どうでもいい内容だったら突き返す」
舌打ちをするレオに半笑いを浮かべたセシルが返事をすると、侍女が一人入って来た。少し戸惑ったような表情で二人に近づき、用件を告げる。
「レオ様……謁見をしたいという方がいらっしゃっておりまして」
「今日はそんな予定ないだろう。正式に申し込めと追い返せ」
そう軽々と魔王と謁見ができるわけではない。有力者となれば話は別だが、通常は要件などを明記して申し込まなければならないのだ。
それは侍女も重々承知なのだが、おずおずと言いにくそうに続きを口にする。
「それが、レオ様のお知り合いとおっしゃっていて……本日ユリアさんは非番で街に出ていらっしゃるので確認が取れず……」
「……俺の知り合い? 名前は何だ」
「トラスト様と」
その名前を聞いたとたん、レオは目を見開いて立ち上がった。信じられないという顔で、侍女を凝視している。空気となりつつあったセシルは驚きつつも、貴重な表情をスケッチブックの隅に走り描きをした。
「すぐに謁見の間に通せ。セシル、後でお前にも紹介する。俺が子どもの時に会った画家だ」
レオは早口で侍女に指示し、セシルに興奮気味の顔を向けた。これまた珍しい表情で、セシルは頷きを返しつつ描きとめる。今日は豊作だ。
「へぇ、それは会ってみたいです」
この国に画家はほとんどおらず、セシルだってアドバイスがほしい。それに、他の画家に会って話を聞くのはいい刺激になるのだ。
「あぁ……きっと気が合う」
レオは嬉しそうに笑みを零すと、謁見の間へと向かった。それをセシルは見送り、絵の仕上げに取り掛かるのだった。




