40 画家の半身たる絵
三日が経った。セシルは心配していたが、コルは今までと同じように接してくれて、肉の話で盛り上がる。仕事も順調で、メニューを描き上げ、城の案内図にも加わった。仕事の幅が広がり、新しいことを吸収できるのは嬉しい。
明日は休みの日で、ユリアとダンスの練習と食堂の新メニューの試食がある。セシルはうきうきしながら、寝る前の日課であるレオの絵を描いていた。最近は、衝撃を受けた絵を参考にして筆のタッチや色遣いを変えてみたりしている。色々と試しているが、なかなかあの絵のようには描けない。
そろそろ日付も変わろうかという頃、眠くなってきたセシルは欠伸をして道具を片付け始めた。明日は休みなので少しゆっくり眠れるが、やることはたくさんある。
(明日、どんな肉料理が食べられるかな……)
ダンスの練習など億劫でしかたがないが、肉のためなら頑張れる。そう思いながら、筆を片付けて立ち上がった瞬間、足元がぼんやりと光った。
「……え?」
床に引かれた絨毯がセシルを囲むように光を発しており、徐々に強くなっていく。嫌なものを感じ、セシルが飛びのこうすると同時に、ひときわ強い光が放たれ、セシルは目を瞑ったのだった。
強烈な光のせいで目が痛い。その痛みの次に感じたのは、ひんやりとした空気だった。そして匂いも甘ったるくなる。
(な、なにが起こったの?)
目をそっと開くと、景色は一変していた。自室にいたはずなのに、いつのまにか無機質な牢屋に入れられている。しかも、セシルの周辺にあったイーゼルもキャンバスごとそこにあった。
「どういう、ことなの?」
困惑しているセシルの背後で足音がした。セシルは驚いて肩を跳ねさせ、風が立つ勢いで振り返って距離を取る。その際足をイーゼルにひっかけてしまい、イーゼルが音を立てて倒れ、キャンバスも床に落ちた。
「ようこそ、ここがあなたの墓場よ」
ニタリと厭味ったらしい笑みを浮かべていたのは、以前セシルに当たってきた令嬢だった。今日も体の線がくっきりと出るサテン生地の紅いドレスを着ている。
(もしかして……攫われたの?)
セシルは後ろへと下がり、鉄格子に背中をつける。牢屋にはランタンが一つあり、その灯りが女の嗜虐的な表情を浮かび上がらせていた。セシルの背には嫌な汗が伝い、鼓動が加速する。
(ど、どうしたらいい? 待ってたら、誰かが助けてくれるかな)
セシルには城の皆を信じて待つことしかできない。普段使わない頭を精一杯動かし、セシルは恐怖を感じながらも女に向き直った。
「あなた、誰?」
彼女と視線を合わせば、そこに含まれている悪意と殺意に怯みそうになる。
「あぁ、知らないの。わたくしはレティシア・ガザン。北の国境を守る名家の娘よ」
レティシアは邪悪な笑みを浮かべ、冷たい視線をセシルに向けていた。ありありとした侮蔑が映っている。
「あんたみたいな小娘とは、格が違うわ。まぁ、短い間だけど覚えておきなさい」
「それって、どういう……」
相手に呑まれてはいけないと、セシルは精一杯声を出した。ちらりと鉄格子のドアを見るが、しっかりと鍵がかかっている。
「あら、頭が悪いのね。死んでもらうのよ。魔人族の世界のために」
言葉に込められた、明確な殺意。セシルはそれを感じ、喉が閉まった。息が苦しくなってくる。だがそれを悟られないよう、気丈に振舞おうとした。
「そんな、あなたなんかに殺される筋合いはないわ」
「そんなの関係ないわ。邪魔だから殺すの。あんたに決定権なんかないのよ。人間風情が」
ツカツカとレティシアは近づき、途中に落ちているキャンバスを拾い上げた。そこに描かれているのがレオだと分かると、忌々し気に顔を歪める。
「馬鹿ね。醜い人間が絵を描いたところで滑稽だわ。絵で平和を築こうだなんて、反吐が出る。それに魔王様の美はわたくしだけが見られればいいの。こんな絵にして他の人が見るなんて、もってのほかよ!」
怒りを露わにし、声を荒げたレティシアは踵を鳴らした。するとキャンバスから火の手が上がり、瞬く間に火に包まれる。
「レオ様はわたくしのもの。わたくしだけがその価値を知っていればいいの」
うふふと恍惚とした表情になったレティシア。セシルは床に投げ捨てられ、燃え尽きた絵に視線を落とす。セシルが丹精を込めて描いたレオの絵だったもの。
(ゆる、せない……)
レティシアは許されざることをした。画家にとって絵は自分の半身だ。自分の作品が粗末に扱われ、まして焼かれるなど身を焼かれるのと同じ。絵が気に食わないならいくらでも侮辱すればいい。だが絵を燃やすということは、画家と、そこに描かれたものを否定すると言うことだ。
「ふざけんな……」
ふつふつと怒りがこあげてきた。




