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4 不機嫌な魔王様

 セシルが執務室に入ったとたん、空気が変わった。戦場の如く空気が張り詰める。不機嫌なのは魔王レオだけで、書記官や衛兵は平然と仕事を続けていた。セシルの存在は周知されているようだが、数人が「女の子?」と首を捻っていた。今日もセシルは男の子の格好であり、それしか持っていない。

 部屋は法律や経済の用語が飛び交っており、彼らに指示をするレオは一国の王という感じがする。ガランは他の仕事があるようで、レオに挨拶をして出て行った。ほかの魔人は全員人型であり、ガランの異様さが目を引く。後で聞いてみようと思いつつ、出て行くガランを目で追った。

 執務室にはひっきりなしに文官と思われる人たちが出入りし、レオの判断を伺っている。


(うっわ~、こわ。こりゃ、物語の魔王が怖いのも分かるわ。びびる)


 冷や汗を感じつつも、レオと対角線上にセシルは大きなリュックを下ろしてイーゼルを組み立て、キャンバスを置く。布を枠に張るのも下塗りも、昨夜のうちに終わらせてある。手ごろな机を借りて、絵の具を並べ椅子に座れば仕事場の完成だ。白いシャツに絵の具が飛ばないよう、シミだらけのスモックを頭から被って着た。


(よ~し、気合いをいれていこう!)


 絵を描くときはたいていモデルになる人には動かず座っていてもらうのだが、当主などだと忙しくて難しいこともある。その時は生活に張り付いて絵を描くため、このような状況は慣れたものだ。


「魔王様、一日よろしくお願いします」


 円滑な仕事は挨拶から。そう思って軽く頭を下げて挨拶をすれば、レオは一瞥して指を鳴らした。その瞬間セシルの足元に魔法陣が広がり、ぽわんと薄い膜につつまれる。


「え? 泡?」


 まるでガラスの球体の中にいるようだ。だが視界が歪むことはなく、魔王の姿は綺麗に見えている。そして相変わらずこちらと目を合わせようとしない。


(上等ね……これだけ嫌われていると清々するわ)


 ふんっと鼻を鳴らしたところで、周囲の音が聞こえなくなったことに気づいた。どうやら遮音の効果があるらしい。


(さすが魔法、何でもありね。そりゃ、国策のことだもん、聞かれたら困るか)


 貴族の当主でも、仕事場に絵描きを同行させる場合、耳に詰め物をさせた上、もし知り得たことを話せば首を切られてもよいという誓約書を書かされる。そこまでするなら、モデルになる時間を作れと思うのだが、お貴族様は忙しいらしい。


「まぁ、私は描くだけだけど」


 遮音効果があるなら、気兼ねなく声が出せる。セシルはいないものとして扱われているのだ。それなら、とことん空気となって、普段のありのままの魔王を描くだけだ。

 対象を見ながら、まずは当たりをつけていく。炭を細く削ったもので、線を書き加えて輪郭を作っていった。


「やっぱ、生で見ると違うな~。記憶より何倍もかっこいい」


 いつも一人で描くときは、独り言を言いながら描いている。人相手の時は会話を大切にしており、感じたものを絵に反映させていく。手早く下書を済ませ、再びレオへと顔を向けると護衛がいなくなっており、赤髪の美麗な男とレオだけが部屋にいた。レオはその男と話しながら、書類に判子を押しているようだ。


「へぇ、魔王様も地味な仕事をするんだ。玉座の間でふんぞり返っているだけじゃないのね」


 そんな感想を口にしつつ、まずは色を合わせていく。絵具一つとっても種類があり、塗る画材や用途によって使い分ける。今回はケチらずに、発色がよく色あせにくいものを使った。画家によっては顔料をすりつぶして自ら練り上げるものもいるが、セシルはプロが作ったものを使っている。

 特に今手にしているものは、精製過程に魔法を使っており品質の劣化が極めて少ないのだ。


「この絵具一本で、軽く夕食代を超えるんだよな~。これで魔王様に気に入ってもらえなかったら悲しいけど、いいや」


 筆で輪郭を取った後、ベースとなる色を塗りこむ。じっと魔王の肌を見て、それに合う色をした。


「羨ましい。何あの綺麗な肌。近くで見て毛穴を探したくなる。貴族のご令嬢にも、魔王様よりきれいな人いないよね」


 色を重ね立体感を出す。本当に悔しいが、セシルよりも肌は白く透き通っていた。


「意地でもこの透明感を出す」


 モデルがきれいであればあるほど、画家の魂が燃える。ぜったいにキャンパスの中で息吹かせてみせる。


「そして髪もずるい。画家泣かせの艶ね。何使ったらあんなにきれいになるんだろ。私の髪はいつもボサボサなのに……。まぁ、短いから洗う時楽なんだけど」


 後でガランに聞いてみようと思いつつ、髪の色を塗る。


「というか、銀色なのよね。しかもあんなに長い……銀と金って高いのに。しかたない、一か月は肉が食べられないわ」


 これらの絵具に使われている顔料は、たいてい鉱石から作られている。それも面倒くさい工程を経てだ。つまり、宝石としての価値もある金と銀を粉にしたものを絵具として使っているため、特に金銀の絵具の値段は高い。


「これも魔王様の美を最大限高めるためよ。こうなったら、さらに輝きを足す粉もいれるんだから」


 美の追求に妥協はない。絵具を混ぜ合わせ、下塗りした髪に色を塗れば溜息のでる発色だった。ふと魔王を見ると、仕事は休憩なのか頬杖をついて手を止めていた。いつの間にか補佐らしき男も消えている。そんなことは気にもかけず、セシルはいつもの調子で絵を描いていった。


「これこれ、この色よ。陰影をつけて、艶を入れて~」


 乗って来た。どんどん色を重ねて今にも動き出しそうな髪が描きあがった。


「目は燃えるような赤色で、大衆受けするようにちょっと優しい感じにして」


 大まかな部分が出来れば後はモデルをじっと見る必要もない。たっぷり記憶したので、それをもとに細かい部分を描き入れていく。


「服も魔王様となればいいものを着てるなー。あんなにきんきらしてる。二か月肉抜きね! こうなりゃ大盤振る舞いだわ!」


 胸から上の似顔絵だが、マントの装飾や服の刺繍が豪華なのだ。そして最後の仕上げはぐっと集中し、一切しゃべらずに絵に想いを込めていく。一つの線を入れ、明るい色を置くだけで絵が浮かび上がる。そして全体を少し明るめに調整し、書き始めから二時間で完成した。本当はもう少し手を加えられるが、セシルは相手をあまり拘束しても悪いと、二三時間で終わらせるようにしているのだ。


「できた~!」


 パレットと筆を置いて、ぐっと伸びをする。描きあがった時の達成感は何度味わってもいい。そしてその瞬間、包んでいた泡がはじけ飛びドアが開く音がした。

 

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