31 華に囲まれる魔王様
翌日は茶会が開かれた。式典の参加者は、王都の役人から地方の有力者まで幅広いため、情報交換が盛んにされるのだ。各領地の名産などを紹介し合い、商談が成功すれば経済の活性化に繋がる。魔王も茶会に参加し、有力な権力者たちと親交を深めて政治を行いやすくする狙いがあった。
そんな小難しい話はわからないセシルだが、和やかながらも目が真剣な人たちの剣幕に圧倒されていた。セシルは広間をイーゼルを持って移動しながら、今日の様子を絵に描いていたのだ。
時々興味を持った人が絵を覗き、話しかけてきた。それに答えながらセシルは着飾った人たちを描いていく。そしてもちろん主役である魔王も。
(まぁ、そうなるとは思ってたけど)
最初、レオはジルバと共に若い男の魔人たちと話していたが、徐々に女性たちが集まり始めた。遠巻きに見ている女性たちの圧力を感じ、一人二人と男性たちはレオに挨拶をしてその場を離れていく。そうなればレオが女性たちに取り巻かれるのは一瞬であり、ソファーに座るレオの周りで女性たちが話すという図が出来上がったのである。
(すごい。両手に華どころじゃないわ)
セシルは生ぬるい視線を向け、レオが見える位置にイーゼルを置く。囲まれている本人は不機嫌一歩手前という顔だが、親交を深める目的があるため眉間に皺が寄らないよう我慢していた。
(なんか面白くはないけど、悪くない構図ね。これぞ魔王って感じ)
キャンバスを置き、絵の具を用意しながらレオを見ていると、なんだかもやっとした。
(きっとあのツンケン魔王が女の子に囲まれているからね。まったく、男ってのはどいつもこいつも)
今まで何度か貴族の男性に、ある夢の絵を描くように頼まれたことがある。独身男性のささやかな望み、複数の女性に囲まれる絵だ。その依頼を受けた時は、半目になりながら仕上げて納めたものだった。しかも涙を浮かべた感謝されたところに、独身貴族の闇を見た気がしたセシルである。
そんなことを思い出しながら筆を滑らせていると、女性たちが場所を開け始めた。おやと思って見つめていると、金髪の女性がレオの隣に座る。
(あ、あの人……)
オレンジ色のサテン生地のドレスを身に纏った女性は、昨日廊下ですれ違った人だった。女性に囲まれるレオの絵をある程度仕上げて、新しいキャンバスを置く。そこにその女性の顔を写し始めた。
(なんか腹立つから、あとでギタギタにしてやるわ)
もちろん絵を破いたりはしない。少々特殊なポーズの練習に顔をお借りするだけだ。それとなく似ているくらいに留めることも忘れない。
(なによ、無駄に顔がいいからって)
その女性は時々セシルに視線を向け、勝ち誇ったような笑みを見せていた。それがまた癪に障る。何を意図しているのかは分からないが、喧嘩を売られていることだけは分かる。
(美男美女の当てつけなの?)
苛立ちが積もり線が荒くなる。こんな時は肉にかぶりついてストレスを発散するしかない。
(今日の夜は肉! ぜったい肉を食べる!)
と、心の中で荒ぶるセシル。夕食のメニューの決定権はセシルにないが、そう思うことで平静を保とうとしていた。それでも目に入れば苛立ちは膨らむばかりで。
(魔王様の絵はたくさん描けたし、あとは庭園の方にいるかわいいご令嬢の絵を描こう)
茶会はサロンとそこから少し離れた庭園で行われており、庭園には子どもたちが集まっていると聞いた。そして癒しを得るために場所を変えたセシルは、天使たちを見たのである。
「わ~、人間だ」
「人間の絵描きさんだ」
「すごーい。絵を描いて!」
庭園に姿を見せたセシルを見るや、わらわらと寄って来る子供たち。見た目で言えば下は8歳ぐらいから上は15歳ぐらいだが、生きた年数はセシルと変わらないかはるかに上だ。
「いいですよ。みんなが遊んでいる絵をかいたら、好きなものを描いてあげますね」
子どもたちはこの庭園でお茶を飲んだりおしゃべりをしたり、遊んだりしていたようだ。そうして可愛い子供たちの絵を描き終え、皆のリクエストに応えて絵を描く。子どもたちの反応は素直で、セシルはすっかり気分がよくなってニコニコと笑いながら楽しんでいた。
一時間ほど絵を描いたところで、そろそろサロンに戻ろうと名残惜しく思いながらも、庭園を後にする。すっかりリフレッシュできたので、きれいな心で魔王が描ける気がした。そこまではよかったのだ。イーゼルを担いで歩くセシルが、廊下の先で立っている例の女を見つけるまでは。
(……うわ。通りたくないけど、通らないとサロンに行けない)
明らかにこちらを睨んでおり、待ち構えている。せっかく気分が上がっていたのに、すっかり落ちてしまった。正直関わりたくないが、ここで背中を見せるのもなんだか癪だった。
距離が近づき、相手の顔がはっきりと見えるぐらいになる。その女は勝気な笑みを浮かべており、深緑の瞳に侮蔑の色を乗せていた。
「何か御用ですか」
その視線に我慢できず、セシルは足を止めてそう尋ねた。
「少し忠告をね」
そう前置きして、彼女はセシルを見下し嘲笑う。
「調子に乗らないことね、小娘。あなたのような薄汚い子どもに、魔王様の側にいられると不愉快なの。それだけでなく、その姿を絵に留めるなんて。恐れ多いわ。魔王様の美しさは、貴女如きの絵に収まりきるものではないのよ。まして、低俗な者たちの目に触れてよいものでもないの」
明確な悪意。毒々しく一方的な言葉に、セシルの強くない我慢の糸が切れた。
「意味が分からないんですけど。八つ当たりはやめてくれませんか?」
セシルはもともと気が強い。相手が美人で、魔人だからといって引いたりはしなかった。女は言い返されると思っていなかったようで、頬を引きつらせて語気を強めた。
「目ざわりなのよ。魔王様に取りたてられたからって、いい気になるんじゃないわよ。魔王様の寵愛を受けるのは私よ!」
「……は?」
腹の底から響くような低い声が出た。セシルは負けじと睨み返しており、頭の中でその顔が描かれたキャンバスを真っ黒に塗りつぶす。もう我慢ができない。
「私は必ず魔王様のお心を射止めて、人間を追い出すわ!」
「は?」
開いた口が塞がらない。セシルは呆れと怒りが混ざって返す言葉もなかった。黙ったセシルに溜飲が下がったのか、女は鼻で笑い満足そうに口端を上げる。
「だからせいぜい大人しくしていることね!」
そう言い捨てると、彼女は踵を返してサロンへと向かっていった。おそらくまた魔王の側で媚を売るのだろう。それが目に見えるようで、セシルは腸が煮えくり返る。
(あぁぁぁ! やってられるか! なんなのあの女は! 魔王様も女ぐらい管理しなさいよ!)
絵が描けるような精神状態ではない。セシルは今日は終わりと自分で決め、足音荒く自分の部屋へと戻る。そして道具を置いてすぐに食堂へと向かった。まだ夕食の時間には早く、料理人たちが仕込みをしている頃だろう。
厨房のドアを力強く開けたセシルは、酒を注文するかのように叫ぶ。
「コル! 肉! 肉持ってきて!」
セシルの目は血走っており、ミンチをこねていたコルは手を止めて目を瞬かせた。
「お、おう」
その気迫に押され、一人分のハンバーグを作ってセシルに出す。他の料理人も機嫌の悪いセシルを宥めようと、肉に合う一品を出していた。ジューシーなハンバーグをほおばりながら、セシルはコルに怒りをぶちまけるのだった。
突然厨房に押しかけられ、ハンバーグを出すことになったコルは呆れながらも、セシルの話に相槌を打つ。
「まぁ、魔王様はあの美貌だし、熱烈な信者もいるからなぁ」
「それでも、ちょっとひどくない? もう少し統制しなさいよ!」
「気にすることないって。嫉妬だよ嫉妬。急に人間の女の子が専属画家として迎えられて、面白くないやつがいるんだろうよ」
そう言ってコルは宥めたが、セシルの気は収まらなかったのである。




