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3 事情を教えてくれる白猫

 話す態勢に入ったガランは、懐から袋を取り出して開けると顔を近づけて嗅ぎ、ふーっと息を吐きだした。


(あれがまたたびか)


 猫にとってお酒みたいなものなのだろう。気にしてもしょうがないと、セシルはありがたく食事をいただくことにした。トレーにはパンと野菜のスープに焼いた肉が皿に乗せられている。出来立てを持ってきてくれたようで、まだ湯気が出ていた。


「すごい、肉がある」


 それも一欠けらではない。自分の手と同じくらいのしっかりとした肉だ。セシルは久しぶりの肉に目を輝かせ、よだれをすすった。


「なんだ、肉は珍しいのか?」


「いえ、ちょっと高いのでどうしても大きな肉は頼めなくて」


 画家というのは画材にお金がかかる。仕事が入っても、すぐに画材代でお金が消えていくのだ。常に節約であり、まっさきに食費を削っていた。

 セシルは冷めないうちにとフォークを肉に突き刺す。まず肉だ。何が何でも肉だった。そして豪快にかぶりつき、肉を引きちぎる。


(きゃぁぁ! これ! これが肉よ! 肉汁がたまらない!)


 噛めばあふれ出す肉汁。筋がきられているようで噛みやすく、肉肉しさの中に脂の甘みがあって顔がとろける。かけられたスパイスの香りがよく、味を引き締めていた。


「最高!」


 ここが牢屋だってかまわない。食事は宿屋より上だった。おいしそうにパンを齧り、スープを飲むセシルを見て、ガランはまたたびを吸うのも忘れ、ぽかんと口を開ける。


「君……そんなに生活が苦しかったのか」


「違いますよ。この料理がおいしんです。スープもしっかり味があるし、パンも出来立て。魔人国の料理がこんなにおいしいなんて思いませんでした!」


 正直料理は紫と緑のうようよした物体が皿に乗っていたり、得体のしれない魔物を食べていたりするイメージだった。これを作ってくれた料理人に全力で謝りたい。


「あー、たしかにあの辺の料理は味が薄くてあんまりおいしくなかったなぁ」


 そしてまたたびの袋の口を閉めたガランは、真剣な目をセシルに向けた。真面目な話が始まる空気に切り替わり、セシルは食べながらも聞く態勢に入る。


「んで、今回セシルさんを連れて来たのは、本当に魔王の絵を描いてほしかったからだ。平和協定が結ばれて一年が過ぎただろう? でも、互いの壁は高いし交流も少ない。そこで、まずは魔王様を知ってもらえばいいって話が出てな。人間の画家に絵姿を描いてもらって、広めようって話になったんだ」


「へぇ」


 セシルはスープに入っていた野菜を食べながら頷く。じゃがいもはホクホクで芯まで味が染みていておいしい。


(あ、野菜の下に肉が入ってった。最高~)


 セシルは政治のことはよく分からないので、意識のほとんどは食べ物に行っている。


「それで、これまでも何人かの絵描きに描いてもらったんだが、魔王様の美しさを引き出せる画家がいなくてな。しかも女の画家は魔王様の色気にやられて迫ってしまうし、男は男で妙な嫉妬心を燻ぶらせて絵の質が下がるしで、次は少年の画家にしようってなったんだ」


 少年の画家。セシルは今年で18歳だが、男装している上に幼く見える。それで声をかけられたのかとセシルは納得した。


「それに……」


「ふ~ん。まぁ、よくわかんないですけど、ひとまず描けばいいんですよね!」


 まだ何か言いかけたガランを遮って、スープを飲み干したセシルがあっけらかんとそう言い放つ。画家はいかに人物の美しさを引き出すかが腕の見せ所だ。人物画はセシルの得意分野であり、腕が鳴る。その前向きさにガランは目を見張り、図太いなと小さく呟いた。

それに応えるようにセシルはご飯をペロリと平らげ、くぅと体を伸ばす。すでに自分の部屋のようにくつろいでいた。


「しかし、順応が早いね。他の画家はもっとビクビクしてたのに」


 セシルはトレーをガランに返して、んーっと視線を右上に飛ばす。


「確かに魔人は怖いってイメージはありましたけど、美の前に種族は関係ありません。まあ、父の言葉なんですけどね」


 宮廷画家だった父は常に美を渇望していた。


「いい父親だな」


「えぇ、まあ」


 そう返事したセシルの笑みに黒いものが混ざっていたが、ガランは見なかったことにして話を切り上げる。


「それじゃ、さっそく明日描いてもらうから、頼んだよ」


「任せてください!」


 そしてガランはゆっくり休めよと言い置いて階段を上っていった。一人になったセシルはすることもないので、明日の練習も兼ねて先ほど目に焼き付けた魔王のデッサンをする。記憶と違い眉間に皺があって不機嫌そうだった。


「やっぱ生で見るといいわ~。ガンガン描ける」


 セシルはいつも独り言を言いながら絵の練習をしていた。二時間ほど絵の練習をして眠りについたのだ。

 そして、早朝にガランに起こされておいしい朝食をいただいた。さっそく絵を描いてもらうとガランに案内されたのは立派な部屋で、重厚な机にふかふかの立派な椅子が存在感を放っている。そこに座る魔王は昨日のデッサンと同様に険しい皺を眉間に刻んでおり、不機嫌な眼光をセシルに向けるのだった。


(あ……やっぱ、はやまったかな)


 殺気すら滲み出る瞳に、死期を感じるセシルだった。


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