12 肉の恨みで成敗、魔王様
「すごい顔で書いてたけど、出来たの?」
ガランが椅子から飛び降りて、てくてくと近づいてくる。ジルバもカップをテーブルに置いて立ち上がった。
「え、あ! 違うんです! これは気晴らしの絵なのでお見せできるものでは!」
はっと我に返って自分が生み出してしまったものに目を向け、慌ててイーゼルの上から布をかける。代わりにある程度描きこんだ三人の絵を見せるが、ガランはその絵を一瞥しただけで視線を布へと向けた。
「いや、あんな顔で描いてたらこっちのほうが気になるでしょ」
「さぞ力作と推測しますが」
ジルバが無害そうな笑みを浮かべつつ近づいて来た。セシルはあははと引きつった笑みを見せ、イーゼルごと持ち上げてじりじりと後退する。
(まずいまずい! これバレたら不敬罪よ! クビになる!)
肉の怒りに任せて何というものを描いてしまったのだと激しく後悔する。せめて自分の部屋に帰るまで我慢すればよかったのだ。絵がバレ、魔王が烈火のごとく怒る様と、処刑されるところまで想像してセシルは顔が真っ青になった。表情がコロコロ変わるセシルを見て、二人はますます面白そうに距離を詰めていく。
「セシルさん。私たちが誰か、お忘れですか?」
ジルバがそう変わらぬ優しい声で尋ね、指を鳴らした。彼らは魔人。魔法が使える種族である。
「きゃぁ!」
ふわりと足が床から浮き、セシルはバランスを崩してぐるりと一回転した。頭を床に打つと目を瞑ったが衝撃はなく、そっと目を開ければ宙に浮いていた。いつの間にか手を離れていたイーゼルとキャンバスも浮いていて、ガランが回収して床に置く。
セシルは一回転した後だらんとうつ伏せの状態で浮いており、非難の目をジルバに向けると彼は素知らぬ顔でイーゼルにかかった布を取り去った。
「ちょっとダメ!」
セシルが叫び、部屋に沈黙が流れる。だがそれも一瞬で、次の瞬間には二人の笑い声が響いたのだ。
「なっ、なにこれ! すごい! 最高の絵だ!」
「これは、破壊力がある!」
セシルが描いた絵。それは、レオが大っ嫌いなロブスターを食べている絵だ。その顔は苦々しく歪んでおり、ロブスターの生々しさはこの上ない。
「この間、レオ様の嫌いなものを聞いたのはこのためだったのか!」
ガランは笑いが収まらず、ひーひー言いながらしっぽを激しく揺らしている。ジルバも口元に拳を当てて笑っていた。セシルはなんとか降りようと手足をばたつかせるが、まったく効果はない。
「これは、レオ様にお見せしたいですね。偏食が少しはましになるかもしれません」
「やめてください、殺されます!」
ガランにレオは偏食でいろいろ嫌いなものがあるが、甲殻類が最も嫌いだと教えてもらったのだ。エビ、カニ、ざりがに系。どれも魔物なので少し大きさや色は異なるが、おおむね人間が食べるものと変わらないらしい。
「なるほど、これが画家ならではの憂さ晴らしってわけか」
「ふふふ。これは不敬罪ですね」
「えっ!?」
不敬罪と言われてセシルは頬を引きつらせた。大変なことになったと慈悲を乞う顔でジルバを見つめれば、彼はおかしそうに唇に人差し指を立てて当てた。
「見つかると大変ですから、これは私が預かっておきますね」
そう言うなり絵に左手を当て、右手で指を鳴らした。たちまち絵が左手の先に生じた黒い空間に吸い込まれて無くなる。
「……え?」
「私は空間魔法が得意なんです。私だけの空間に収納しましたから、大丈夫ですよ」
にこやかに微笑んで、ジルバはセシルをゆっくり下ろした。セシルは足が床につくと、絵が吸い込まれたジルバの手先をまじまじと見る。
「うらやましい。その魔法があれば、重い画材道具を持ち歩かなくて済むのに……」
真っ先に浮かんだのはそれであり。何がツボに入ったのか、二人はまた声をあげて笑うのだった。




