11 復讐対象魔王様
好きに過ごせばいいと言われたセシルは手持無沙汰で、一日中絵を描くにも気分転換もしたい。そこでセシルはガランを通じて王宮の侍女頭に頼み、簡単な手伝いをさせてもらうことになったのだ。
「たまにはこうやって体を動かさないとね」
魔人の侍女たちに混ざって窓掃除をし、きれいになった窓を見ると心もすっきりする。侍女たちは人間であるセシルが入って来たことに最初は戸惑っていたが、すぐに打ち解けてわいわいと話が弾んだ。侍女頭にうるさいと怒られるほどに。
「セシルさん、可愛いんだから髪を伸ばせばいいのに」
「短い方が楽なんですよ」
声を落としてお喋りを続けながら手を動かす。どこでも馴染めるセシルの順応性の高さがいかんなく発揮され、通りがかったレオとジルバが目を剥くほどだった。魔王と宰相が歩いてくるのに気づいた侍女たちは一斉に手を止め、廊下の端に並んで頭を下げる。
セシルも慌ててそれに倣えば、レオたちはすたすたと通っていき目の前で足が止まった。品の良い靴が視界から動かない。下げた頭に視線を感じているが、気のせいだと思いたい。
「セシルさん、何をしているんですか」
呆れた声はジルバで、そろっと顔を上げると不思議そうな顔を向けていた。隣の魔王は不愉快極まりない顔で見下ろしている。
「いえ、少し体を動かしたかったのでお手伝いを」
「貴女は画家なんですから、侍女の仕事をしなくても……」
「画家と言いましても一日中絵を描いていると気が滅入りますし、気分転換がしたかったんです」
ジルバは気分転換と呟いて、セシル、侍女たち、魔王へと視線を滑らせた。レオは眉間にしわを寄せて険しい顔をしている。口元がわずかにヒクついていた。
「なら、侍女の制服を支給させましょう」
「え、あ、ありがとうございます」
これは侍女に紛れていてもいいということか。ひとまずセシルは頭を下げてお礼を言った。レオの舌打ちが聞こえたが気にしない。
「ジルバ、行くぞ」
セシルには目もくれずレオは歩き出し、ジルバは「また後で」と言い置いてついて行く。今日は夕食の席で絵を描かせてもらうことになっていた。
だがその夕食の席で問題が起こったのである。魔王は夕食を一人で食べることが多いが、今日はジルバとガランが相伴していた。魔王の絵が出来たことの慰労を兼ねているそうだ。実際筆を取ったセシルは、おいしそうな料理の数々をデッサンしているのだが……。
和やかに食事会が進み、政務ではないからか音を遮断されることは無かった。聞くことなしに会話に耳を傾けていると、この三人はレオが即位する前から深い付き合いがあるらしい。会話の中に固有名詞が多く、意味が分からないところもあるが、とても親密そうだった。楽しそうな雰囲気であり、それを描くセシルの表情も柔らかくなったところで、それは起こった。
「……柔らかすぎる」
最高級肉を一口食べたレオの一言である。カチャリとフォークとナイフを置き、壁際に控える侍女に視線を向けた。それだけで侍女はすっと近づき、「申し訳ありません」と頭を下げて皿を下げていく。作り直すのだ。
よくあることだと二人は自身の肉を口に運びつつも、困り顔だ。ガランがちらりと心配そうにセシルに視線をやって、顔を引きつらせた。
(あんの魔王! ありえない! あんなすばらしいミディアムレアを! いらないなら私が食べるわよ!)
今すぐ侍女から皿を奪い取って食べたい。もしセシルがあの侍女だったら、皿を下げると同時に魔王の顔面に叩きつけていたかもしれない。セシルは肉信者過激派だ。
ぎりぎりと歯を食いしばり、筆を持つ手に力が入る。般若のような顔をしており、それが目に入ったガランは、全身の毛を逆立てて落ち着くように目くばせをした。
(大丈夫よ、これぐらいで怒ったりしないわ。私は大人だから!)
セシルは深呼吸をし、ガランに向けて大丈夫だと一つ頷く。ガランはセシルにこのような機会をくれ、肉をおごってくれた大恩人なので、その顔に泥を塗るようなことはできない。そのためセシルは描きかけのキャンバスをイーゼルから外し、真っ白なキャンバスを新たに置いた。
(でもね。絵描きには絵描きの復讐ってのがあるの。肉の恨み!)
再開された食事会を横目に一心不乱に書き殴る。ほどなく作り直しの肉が来て、今度は満足そうに食べていた。それもなんだか腹が立ち、鬼神の如く描きすすめる。ガランとジルバがセシルを気にしてチラチラと視線を送っているが、レオは何もいないかのように淡々と食べ進めていた。食べたいものだけ食べ、勝手に席を立つ。
魔王がいなくなったダイニングでは、ジルバとガランが「相変わらずだ」、「前よりまし」とぽつぽつ話しながらペースを崩さず食事をしていた。もう慣れたものなのだろう。セシルもお構いなしに好きなように描いていく。並外れた集中力でみるみるうちに色が加わり、絵が浮かび上がってくる。
そして渾身の作ができたところで視線を上げれば、二対の瞳がこちらに向けられていた。食事が終わった二人が紅茶を飲みながら、絵の完成を待っていたらしい。




