例えばこんな、異世界召喚!
春休み。
すでに行くはずの高校も決まって私は気楽に外を歩いていた。
「今日はあの本の発売日~」
私は楽しみにしていた「ミケミケ・デストロイア―~その理は最強チート~」という名の少年向けライトノベルを買いに向かっていた。
ついこの前までは、地球侵略をたくらむ宇宙人と、主人公の悪の組織が、どちらが悪役として目立てるかを競いあい壮絶な戦いを繰り広げて、そこに正義の組織が主人公達まとめて相手してくれるわと伝説の武器を持って現れた所で終わっている。
次回予告では、新たな性癖に目覚めてしまった主人公と、ツンデレ宇宙人ヒロインとの壮絶(笑)な戦いが繰り広げられ、正義側の幼馴染ヒロインが不憫な思いをしてヤンデレ化するかどうかの攻防も描かれるらしいのだ。
「やっぱりキーワード―は、暗黒の魔道書“黒歴史を語る絶望の書”だよね。まさかあそこで主人公が幼馴染にあんな事を……」
今までの伏線が回収されるかもしれない、そんな夢を抱きながら私はスキップしながら歩いく。
そんな私の名前は佐倉美咲という。
髪は長い黒髪に黒目という、平凡な出で立ちである。
もう少し美人だったらどうなんだろうと思う事は希にあるが、こんな私が好きだと言ってくれている人もいるのでそれはそれで良いと思う。
といってもあの時のあの子は……、
「でもあれも幻だったのかな」
ぽつりと私は呟いた。
だってそれを言ってくれたのは鏡の中に現れた可愛らしい長い銀髪に、アクアマリンのような薄く青い瞳をした少女。
レースやリボンに彩られたその服は豪華なもので、物語に出てくるお姫様のようだった。
私にとっての秘密の友達であった彼女は、ある日突然私に別れを告げた。
「今よりも世界がほんの少しだけ遠くなるから、しばらく会えない。でもここは、そちらの世界ととても近いから、また会えた時は、ずっと会えるようになるよ」
「そうなんだ……今度会った時は、もっと一緒に遊ぼうね」
「うん、約束だよ」
「約束だね」
そう言って別れた誰にも秘密に私の親友。
今にして思えば、目に見えない脳内のお友達と話していたのでは、という気がしてならない。
でも考えたら負けな気がするので、私は考えない事にした。
それから月日が流れ、今は中学卒業したばかりの春休み。
たまにあの子を思い出してまた会えるといいなと思いはするけれど、私はおおむね平穏で退屈な日々を送っている。
そんな私は今は一人。
別に友達がいないわけではないのだが、そこまで深い付き合いではない。
だからぼっちではないのだ!
そんな事を考えてキリッ、としながら変わり映えのしない建物に、変わり映えのしない電柱に、変わり映えのしないアスファルトの道路を一人で歩いていく。
なので、うっかり家が建て替えたりされると、ここはどんな家が建っていたっけという程度に分からなくなるのはありふれた日常であり、注目すべき点は何も無い。
退屈といえば退屈。
しかし、この平穏がきっと良い事なんだろうなー、と思う程度には、私は大人になっていた……と思う。
けれど、そう頭で理解しつつも、小説やら漫画を読んで夢想するのは、何か面白い事が無いかなと望んでしまうのは、この退屈さへの抵抗なのかもしれない。
「何か良いこと無いかな。いっそのこと異世界にでも行ったりできないかな―」
呟いてみるも、良い事は空から降ってこないし、何か世界の命運をかけた宝物が降って来るわけでもない。
そう簡単に巻き込まれ系主人公にはなれない。
当然だよねと私は思った所で、そこで、何かが私の頭の上に落ちてくる。
「痛いっ……何これ」
当たったものをよく見ると、銀色のセロファンに包まれた飴玉のようだった。
とりあえずそれを拾ってみてから、私の頭に投げた奴は誰よと見回すが、人影はない。
そこで見知らぬ男の声が聞こえた。
「そうなんだ、異世界に行きたいんだね。それは都合が良いかな」
何が都合がいいのか分からなかったが、それと同時に私は足もとが急に空気になってしまったかのように地面にのめり込む。
「ええええええ!」
悲鳴を上げる私は、上半身がアスファルトにもぐりこみ、けれどそれ以上は下に落ちることなく、そのまま上空に射出された。
「そのまま地面に沈み込むんじゃないのか!」
といった突っ込みを入れている内に、どんどんと地面が遠くなり、日本列島の一部の衛星写真を見るがごとく場所まで飛ばされて……私はそこで気を失ったのだった。
そこは茶色いレンガ造りの薄暗い地下室のような場所だった。
一応換気用の窓口があり、そこから日の光が降り注いでいるが、宙に舞う埃のせいで、雨上がりの空のように光の筋が鮮明に見て取れる。
それでも地下室である事には変わりないので、少しじめっとしていて不快さがある。
そんな部屋の明かりは蝋燭ではなく、魔法で作られた明かりが燭台のようなものに置かれた黄色い玉から発せられている。
その光は明るく穏やかな黄色をしているが、触れてもほぼ温かさがない。
作った本人によると、熱を発するという事はその分エネルギーを消費し熱を生じさせるので光を発する方に回っていないのだと説明されたが、今一つリオンには分らなかった。
その場所には一つの魔方陣と、そして空になった一つ一つが両手で抱える程度の大きさの木箱が五つほど転がっていた。
その魔法陣が、水色の燐光を放っているのを確認して、空箱から零れ落ちた飴玉を嬉しそうに食べている、猫に五枚の羽が生えた自称悪魔ネココにリオンは聞いた。
「おい、本当にこれで大丈夫なんだろうな」
「多分」
「随分と投げやりな言い方だな……」
「やる事はやったから後は知ったこっちゃ無いというのが僕の意見……もちろん、アフターサービスはさせていただきますからご安心を」
実力行使というかのように、ゴキゴキ指を鳴らし始めたリオンに、自称猫の悪魔ネココは慌てて付け加えた。
そんなネココを見ながらリオンは、
「これだけの飴を用意するのに、俺がどれだけアルバイトしたか分っているのか?」
「やー、大変だね。それとも僕の嗜好品以外で契約をするかい?」
「……お前悪魔だよな」
「うん、そうだよ?」
「悪魔って、寿命を要求したよな? まあ寿命って言われているけれど普通は魔力だが」
「うん、するね。僕の場合は沢山魔力がいるよ?」
けれどこのネココがお菓子以外で動くのは女の子の事だけだとリオンは知っていたので溜息をついてから、
「……それで、呼べたのか? その異世界人は」
「呼べたはずだよ。僕は嘘つかないんだ。でも変だな……呼べた感触はあったんだけれど、何でここにいないんだろうな……」
「まさか変な場所に召喚して死んでないだろうな」
「大丈夫だよ。僕の力を信じて!」
そう片目をつぶる自称悪魔ネココに、リオンは二度目の嘆息して、
「まあいい、もう少し待ってみてそれから外を探して……」
「ぎゃあああああああああああああ」
突然外で、リオンは少女の悲鳴を聞いたのだった。