すでに日常となってしまった、ある日の出来事
魔法に満たされた異世界“マリンスノウアース”には、数々の不思議が眠っている。
特に学園の広大な庭には、様々な良いものも悪い物も雑多に、適当に封印されていたり、この学園の秘宝を狙う悪者もいたりする。
けれどその辺は私にとってどうでもいい。だって、
「ぐわはははは、我を呼び醒ました愚か者めが! だが我は今は気分が良い、呼び
覚ましてくれた礼としてお前の願いを一つ叶えてやろうぞ!」
「だったらまた寝て頂戴!」
「ぐほおおおお」
耳がとがった眼鏡をかけたおじさんのような何かを箒ではたくと、彼はしゅうと気の抜けた音を立てて、萎んだ風船のように細くなって石の中に吸い込まれて行く。
それを確認してから私は……たまたま学園の庭を箒で掃除していた時に、ついうっかり倒してしまった何やら文字の彫られた灰色の古びた石を、先ほど吸い込まれた地面の上に乗せる。
これでしばらくは大人しくしているだろう。しかし、
「学生の学び舎の周辺に、こんな怪物やら何やら封じ込めてどうするのかな…」
そう呟きながらはき掃除を始める私。
掃いても掃いても淡い色の見ている分には鮮やかな花びらが地上に降り注ぎ、やはりこの掃除の原因である花を咲かせるすぐ傍に生えている木をどうにかすべきかと私は考え始めた所で、
「美咲ちゃん、今何か悪い事を考えたでしょう? 駄目ですよ~」
「ユリちゃん、だって掃除が面倒だし……」
そこに現れたのは私と同い年の少女で、ユリ・サイドレースという。
やわらかなパステルカラーのピンク色の髪を顔の両方に三つ編みにして垂らし、彼女の瞳と同じ青い色のリボンで止めた少女だ。
大人しくおっとりしているが時々腹黒い所もある、この世界に来てからの初めての同性の友達だった。
この世界をよく知らない私に彼女は色々と教えてくれて、足を向けて寝れない相手である。そんな彼女は私の答えに、
「ほらやっぱり。少しずつやっていけばいつか終わりますよ~。あら、もしかして一回封印を解きました?」
ユリがしげしげと覗く込むそれは、先ほど掃除をしていた時に、うっかり箒の端が当たった石板のようなものだった。
確かこれを倒した直後に、変な格好をしたおじさんが出てきたのだが、悪役っぽい美形だったので面倒な事にならない内に私は止めを刺したのだ。
正確には箒ではたいて、活動出来なさそうな感じまで弱らせて先ほどの封印の石を元に戻しただけだが。
その私が封印した石板を見てユリは、
「確かここに封印されていたのは、熟女マニアの吸血鬼“年をとった女性は美しい男爵”じゃなかったかな。確か、熟女だと思って声をかけたら実は若い女性で、熟女じゃないじゃないかと怒って振ったら、その振られた女性が怒って仕返しとして封印されたとかなんとか」
また酷い理由で封印されたなと私がここに来た当初ならば思ったのだろうが、今はよくある話だったのでその辺の理由は適当に流し、
「……その直球な名前はどうなのかなと何時も思うのよね」
「でも沢山封じていたら二つ名なんて考えるのが面倒になりがちだって、ミサ学園長が言っていたわよ?」
「学園長……」
私は呻くように呟きながらあの学園長を思い出す。
異世界らしい、ウェーブのかかった赤い髪に金色の瞳をした出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる美女で、私がこの世界に来る事になるきっかけを作ったリオンの叔母さんで魔法の腕も凄いらしい。
らしいというのは、私自身が実際にその光景を目にしていないからだ。
あの学園長は、何時も何時も何時も何時も怠けていて、それを秘書のお兄さんであるリーゼマインさんが、物理的な意味でもたしなめているのである。
きっといざという時はパワーアップしたり、物凄い事を色々するのだと思うのだが、もう少しこの封印の名前を何とか出来ないのかとは思う。なので、
「……古き美しさを愛する者は古き良さを知る者である。故に何時に名を与えよう、“考究せし者”と」
とりあえずそれっぽい名前をでっち上げた私。それに側にいたユリが、
「わー、その“年をとった女性は美しい男爵”は凄く嬉しそうよ」
「その名前で呼ばれるのは格好悪そうだから少しはこう、アレな感じの名前にしてあげているだけよ」
「しかも彼も仲間にして欲しそうに見ているわ。美咲ちゃん、モテモテだね」
人外のそういった生物にモテモテでどうするのかと思うが、私には彼らの姿が見えないので特に気にならないのでよしとする。
その封印されているものが何なのかが分かるのはある種の特殊能力のようなものらしく、そちらの能力は私にはない。
封印された場所にその封印された人物が半透明になって見えるのだと以前ユリに説明してもらったが、私はといえば、お化けが浮いているのが見えるだけじゃないかと思っただけだった。
それはそれでここ周辺が渋滞していて暑苦しそうである。
何しろ封印はここにいくつもある。
そこまで考えた私は私を召喚したリオンのことを思い出した。
リオンもその能力を持っているらしいのだが、彼は私に自分のことはあまり話そうとしないので面と向かって話したことはない。
もう少し話が聞きたいけれど、はぐらかされるんだよねと私は嘆息しそうになった。
そこで、何かが私の方に飛んできた。
白い猫のようなもので、背中に五つの翼が生えている。
白い鳥のような翼だが、それは悪魔の対となる天使の翼であるらしいと最近知った。
その天使という概念だがどうも私達の世界の天使とはちょっと違うらしいが。
そんなこの白い空飛ぶ猫の名前は、ネココという。
実は輝くばかりのイケメンなのだが、女の子に弱く、断りきれずに付き合っていたら二股をかけていたことが彼女にバレて、隠れるためにこの学園に封じてもらっていたらしい。
そしてその封印を解いて使役したのがリオンなのだが、そこでネココが私の周りを飛び回り、
「美咲ちゃん、あめ玉頂戴!」
「……リオンから昨日、10個貰ってたでしょう?」
「もう食べちゃった。ひもじいよぅ~」
ちなみにこのネココの好物はお菓子だ。
そして契約の対価は、このネココの場合、魔力ではなくお菓子を要求してくるのである。
多くのこの学園に封印された悪魔、精霊、天使等は、契約者の魔力を求め、更に進化する欲求が強いのだという。
けれどこのネココの場合、そんな上昇志向はないらしい……と言いたい所だが、そのネココ自体が上級の、それこそ封印なんて出来ないレベルの天使らしい。
なので魔力はいらないので、ネココの場合、大好きなお菓子に囲まれるのを夢見て手を貸してくれているのである。
ただ本来天使の場合、見返りを要求しないことのほうが多いのだそうだが、それに関してもまた別の機会に話そうと思う。
だって、遠くからリオンが来るのが見えたし。
「美咲、今何か魔力の変化があった気がしたけれど大丈夫か?」
「うん、叩いて封印しなおしたわ」
「相変わらず美咲の力は無茶苦茶だ。でも怪我がなくて良かった」
リオンが私に微笑んで、私の胸がとくんと高鳴る。
まだ私は何も言えないし言う勇気はないけれど、私は彼、リオンが好きだ……と思う。
そこで近づいてきたリオンが私に微笑んで、
「この後暇なら、喫茶店に行かないか? 限定のパフェがあるんだ」
「行く!」
私は即座に反応する。
リオンのお勧めのお店は美味しいお店ばかりだ。
そこでネココとユリが、
「僕も―!」
「私も―!」
「……少しくらいは空気を読む気はないのか」
リオンが理由は分からないが恨めしそうにネココとユリに言うと、ネココが、
「僕は自重しない事にしたのです! キリッ!」
「ネココ、今日の飴玉は9個な」
「酷い! リオンの鬼! 悪魔! 全部ばらしてやる!」
「……その時はお菓子はもう無くなるが、いいのか?」
「いいもん美咲に養ってもらうから。後ユリちゃんでもいいよ~」
そう言いながら、ふよふよ飛んでくるが、私達はお断りした。
そこでユリが楽しそうにリオンを見て、
「こんな面白い出来事を間近で見ないなんて、もったいないわ」
リオンが嫌そうな顔をするが、私にはその意味が分からずユリに問いかける。
「? 何が?」
「何かしらね?」
ユリははぐらかし、私はそれ以上聞かなかった。
それがきっとこの異界の学園でやっていく方法だと思うから。
佐倉美咲、16歳。
色々と不思議な思いをこの学園でしているけれど、今日はここに来る事になった出来事と、リオンとの馴れ初めについて話そうと思う。
あれはそう、15歳の春休みの出来事だった。