二話
目の前にいた北海と博士が徐々に薄くなっていく。というか視界全ての景色が薄れてくる。その代わりに別の景色がだんだんと濃くなり写し出された。
(ここは、森?)
遊佐は暫くあたりを見渡したが、樹木がそこら中にあるだけでこれといって変わったものはない。遊佐は目をつぶって一呼吸する。鼻から入ってくる匂いは青くさいと感じるが嫌な気分は感じない。
(さてと、まずは通信状況のチェックを。)
遊佐は北海から渡された端末をスーツの内ポケットから出す。
(確かナノマシンで接続して電源を入れて通信状況の確認を選択と。)
端末を握った部分が青く光ると端末から十九インチほどの大きさのホログラム映像が空間に表示された。画面には確認中...と出ているがすぐに良好と表示された。
(よしよし。次は物資の要請と転送のチェック。)
端末を握った部分が再度青く光る。画面が要請と表示され、すぐ転送と表示が切り替わる。すると遊佐の目の前に黒い箱のような物が現れる。
(おけ!最後にナノマシンの動作確認。)
画面が収納という表示へと変わる。すると黒い箱は薄くなって消えた。
遊佐は端末をスーツの内ポケットに戻し、自分の手のひらを見つめる。すると徐々に指先から透明になっていき全身が消えた。
(透明化は問題なし。身体能力は。)
透明になっていた状態を解き、目の前の樹木の太い枝を見る。その場で少し姿勢を下げた瞬間、一気に跳躍して自分の背丈の何倍もある高さの枝に飛び乗る。
(うん。問題なし。)
枝から飛び降りた遊佐はスーツの腰あたりにつけているホルダーの中から、拳二個分くらいの長さの黒い金属の棒を取り出して片手で上から下に振り下ろす。すると黒い棒の先から内側に収納されていた部分がシャッと音を出して伸びる。護身用の警棒だ。続いて警棒のホルダーの隣にある拳銃のホルダーから銃を取り出して弾数の確認をする。
(ナノマシンってほんと便利だな〜。筋力の補助ができて、透明化もできて、機械の操作も脳のイメージひとつでできるなんて。)
遊佐たちエージェントと呼ばれている施設のメンバーは、ナノマシンという超極小の機械装置を体内に投与されている。この機械は筋肉の代わりの働きをしての身体能力の大幅強化、体表面で光の屈折を調整して光学迷彩のように体を透明にする、服や皮膚の表面で硬化し鎧のように体を守る、脳波を感知して機械を操作するなど様々なことができる。
確認が終わった銃と警棒をホルダーに戻す。
「ヨシ!準備完了!さてと、まずは人を見つけなきゃ。」
先程登った木よりも大きい木の枝に飛び乗っていき、ギリギリ折れなさそうな木の枝の部分から周囲の景色を見渡す。するとあたり一面に敷き詰められたように生えている木々の間に一本の線を描くように木が生えてない所があるのを見つける。
「あった。道だ。」
遊佐が呟いた瞬間、足元の枝が折れてしまった。遊佐は後頭部から地面に落ちてしまう。
「うっ!あいったー!」
首の後ろに軽い痛みを感じる。
「ナノマシンがなかったら重症だったかも。」
遊佐は起き上がる。と同時に北海の言葉を思い出す。
「ナノマシンは身体能力の補助をしたり衝撃から自動で身を守ってくれるけど、それに頼りすぎないようにね。もし、ナノマシンでも防御できない衝撃とかがきた時に回避する癖をつけておかないと避けれないからね。」
(これ北海さんに見られてたら注意されてたな。ちゃんと受け身とらないとなー。)
遊佐は苦笑いする。
スーツに着いた土を叩いて払い、先ほど確認した道の方へ向かう。
暫く歩き、道がある場所へたどり着くと左右を見る。どちらも地平線まで道が伸びている。ここからは街とか村とかは見えない。
「どっちに向かったらいいかな。」
顎のあたりを人差し指でなぞりながらその場で考え込む。しばらく悩んでいたが、あることに気づいた。土でできた道をよく見てみるとそこら中に足跡がある。
(この足跡は馬かな?あと車輪?)
馬蹄の跡と馬車の車輪の跡がある。
(左右どちらにも向かった跡があるな。何日か分の足跡の集まり。これじゃあわからない。)
遊佐はその場でじっと足跡を眺めて考えた。 そして閃く。
「そうだ。こうすれば。」
道にある足跡を自分の靴の裏側でならして消しはじめる。道を横断するようにならして約三メートル幅の足跡が消えた部分ができた。
「これでこれから通る馬の足跡だけ見れる。足跡が向かっている数が多い方向へ向かえば人が多く集まっているはず。天才か私。」
自分でもいい閃きをしたことに満足した遊佐は満足げな表情で道の近くの樹木の中に入っていく。
「さてと、後はしばらく様子見で。」
そう呟きながら、遊佐は樹木の枝が太い部分に飛び乗る。そして端末を取り出して物資要請の操作をする。黒い箱が枝の上に現れる。
その黒い箱に手を当てると箱の前後左右が開き薄いバンドのようなものが樹木の枝に伸びて固定され、続いて薄い膜のようなものが黒い箱と遊佐を囲うように張られた。その膜は遊佐が透明になったように透明化し、外から見ると普通に枝しかみてない状態になった。そしてその内部でハンモックのようなものが編み上げられる。
この黒い箱は簡易宿泊施設を作る機能を備え、施設からの補給物資が収納されている。何か欲しい物があれば端末から要請をだしてこの黒い箱に収納され転送されてくるという仕組みだ。不思議なことにこの箱よりも大きい物もなぜか収納できる。箱に入れる際は物は一瞬で指でつまめるくらいまで小さくなり、重さも無くなる。出すと実物大の大きさになる。
遊佐はそれが作り出したハンモックに乗ってくつろぎ始める。手の届く距離にある黒い箱に手を当てると箱から棒状の食べ物と水が入ったボトルが出てきた。それを口にする。
(あ、ピーナッツ味だ。)
食べながら北海の話を思い出す。
「ナノマシンのおかげで摂取した食べ物は全て体内で水と二酸化炭素に分解されて皮膚や呼吸を通して体外に排出されるから、私たちには他の人たちのように排泄を必要としない。おまけに老廃物や皮脂なども都度都度分解排除してくれるからお風呂も基本必要ないから、まあ娯楽として入っているメンバーもいるけどね。」
ナノマシンは摂取した栄養で必要な分を体中に素早く届け、余分な栄養はどのような物でも水と二酸化炭素に分解する。小腸までいく時点で食べ物は完全になくなるため、彼女らエージェントは排泄を必要としない。分解された水と二酸化炭素は皮膚から気化して排出されるからだ。任務先での排泄の問題は全くないということになる。遊佐の部屋にトイレ、洗濯機が必要ないのもこのためだ。
他にも出血するような怪我を受けた場合でもナノマシンが傷口に集まり止血、摂取した栄養をその箇所へ優先的に集中させて傷の治りを早くする。また毒や細菌などの体に害をもたらす物質は排除。精神に異常が出た場合はある程度脳へ働きをかけて安定させたりなどがある。
(ほんとにナノマシンって便利なんだな〜。異世界から回収されたって言ってたけど誰が回収してきたんだろ?)
食事を終えるとまた黒い箱に手を当てる。すると次はスマホが出てきた。このスマホは遊佐の私物である。私物の持ち込みは任務中でもある程度の物は許可されているのである。遊佐はスマホのロックを解除してゲームで遊び始める。
(端末経由してスマホの通信できるの助かる〜、連続ログイン絶えたらどうしようかと思った。あ、新しいイベント始まってる。え!?限定ガチャ!?消費アイテム半分キャンペーン!?育成クエスト消費スタミナ4分の1!?これはやらなきゃ!)
あっという間に数時間経ち、あたりはすでに真っ暗だ。
「しまった。一日が終わってしまった。」
ほんとは明るいうちに足跡の数を確認して日が暮れるまで道を進むつもりだったのだが、ゲームに夢中なってしまい確認すらできなかった。
「ま、いっか。明日に今日進めなかった分も行けばいいし。」
失敗したなと思いつつ開き直った。
「とりあえず今日の報告を送信しなきゃ。」
遊佐が端末を出して操作すると入力フォームの欄が表示された。それに入力を始める。
「えーと。。今日はと。ほとんど何もしてないな。まぁいいや。やったこと箇条書きにしよ。所感も加えてっと。よし完了!終わり!返信!」
遊佐は送信が終わると再びアプリゲームで遊び始めた。
〜転送室〜
転送室で進藤博士がイライラしている。それを困りながら見ている北海。
「遅い!奴は何をやっとるんだ!定時報告の時間はとっくに過ぎとるぞ!」
「ま、まぁ博士。遊佐も初めてなので、初日は仕方ないかと。」
北海が博士をなだめていた時、グッチは報告が来たことを言う。
「遊佐ヨリ定時報告。報告ヲ確認シマスカ?」
「やっときたか!早く見せるのだ。」
「承知シマシタ。」
博士の目の前に映像が表示される。
報告
森の中に転送されました。
道を見つけました。
道をならしました。
食事をしました。
ピーナッツ味でした。
美味しかったです。
博士は暫くその表示を無言で見つめた。
「は?」
そして一言だけ放った。