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第7話 恐怖のパンドラ


──ゴッ!!


急な浮遊感と痛みで息が出来なくなる。

眼前はフローリングだ。


私はこの感覚を知っている。


「おい! 鳴ったら出ろっつっただろ!? 何で出ねえんだ? 寝てんじゃねえよ、俺優先しろって言ったの理解出来なァーい? 」


叩き起されたのと、叩きつけられた衝撃で混乱していた。

怒鳴り声が怖かった。

耳を塞ぎたい。でも、体が動かない。

それでも口を開かなくては──でないと第2ラウンドが来る。


「……あ」


──ガンッ。


硬い金属音。

開かない瞳の中で火花が起こり、止まらない。頭が揺れて気持ち悪い。


私は知っていた。

彼も淋しかったんだって。

私にぶつけることで離れないか試してたって。

ごめんね、私には耐えられなかったんだ。

あなたを受け止めきれなかった。


そう、これは記憶。


だから少しソフトだ。あの時は余裕なんかなかった。

暴力で訴え始めたときにはもう、会話が噛み合わなくなっていた。

毎日職場まで迎えに来た。寝なくなった。

いつの間にか仕事をやめた。

お互いで決めた境界線テリトリーを越えてきた。侵食してきた。


そう、彼は七年前まで付き合っていた人。

今となっては名前も思い出せない。


最低限が確保出来れば仕事を優先。

週に一回のデート、連休はお泊まりしたり旅行に行く。

花金に夕飯を一緒にするとか、毎日連絡を取り合う。

最初はそれがいいとお互い言っていたのに、変わらなかったのは私だけ。

友だちとの差別化を求められ、要望はエスカレートする。


いつも、いつもそうだ。


お互い気の置けない距離が心地好くて、延長上で付き合い始める。

友だちカップルみたいな感覚が気楽で楽しい。


いつしか壊れ、退化していく。


『結局、何だかんだ一緒にいて楽なのってお前だった。』


おなじだった。

みんなおなじことを言う。

たまたまそういうタイプの人との出会いが多かった、そういうことなんだろうか。

同じような出会い方をして、エスカレートしていく。


軟禁されて、外に出してもらえなかったり、友だちと連絡すら取らせてもらえなくなったり。

私の都合お構い無しで、先約より自分と言って強引に連れ回されたり。

執拗に体の関係を求められたり。


私が悪いのだろうか。意志薄弱だと思われているのだろうか。


趣味を伝え、否定されたことが原因。

他に何が好きか聞かれても適当に女子が好きそうなものを挙げてしまう。

ファンシーなぬいぐるみ。スイーツ。フレンチ。アクセサリー。


本当はそんなに好きでもないのに。

見てるのは好きだけど、私には似合わない。

付き合う彼に合わせて服を変える。

違う自分みたいで楽しい反面、虚しかった。

自分らしさを押し殺して、潰している気がして。

好きの意味がわからなくなって、笑顔も仮面みたいになって。

自分がわからなくなっていく──壊れていく音が聞こえた……。



──場面が切り替わった。



暗い道を自宅に帰っていく私。

後ろから聞こえる微かな足音。

誰かにつけられている。

気がついていることに気が付かれないように。歩調を変えずに。


──思い出したくない。


「……見つけた。どうしていなくなったりしたの? 」


優しく、でもしっかり抱き締められた。

逃げられないように。

そのまま彼の家に連れていかれる。

彼の顔は、ペイントみたいなハケで塗られ、人相が伺い知れない。


──私が覚えていないから。


薄暗いアパートのドアが開け放たれた途端、異臭がした。


「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!! 」


誰かに気がついてもらいたくて、ただ叫んだ。

彼が怯んだ隙に振りほどいて階段を転がり落ちるように降りた。


「いたっ」


全身を強かに打つが構ってはいられない。

背後で灯りがつくのを感じ、力が入る。


──誰かが気がついてくれた!


そのまま振り返らずに闇夜の中をただひた走った。



━━ジジっ。



画面がブレる。

気がつくと自分の部屋にいた。

正確には前に住んでいたアパートの部屋。

コーヒーを淹れたマグカップをしっかり握り締め、フードや毛布を被り震えている。

紛らわせるためにつけていたテレビがニュースに切り替わる。


『本日未明、○○区に住む××歳の男性、××××××さんが遺体で発見されました。警察は自殺と断定しました。部屋の中には練炭の燃えカスが見つかったことから、練炭自殺をしたと見ています』


私はこの時、彼だとハッキリわかっていた。


『昨夜遅く、同アパートの住人が女性の悲鳴を聞きつけ、扉を開けたときには血相を変えた女性が走り去り、××××××さんが住人を睨みつけて部屋に荒々しく入っていったとのことです』


──私だ。


『このことから、その女性と無理心中しようとしていたと見ています。朝になって──』


この時から私の中の罪悪感の壁が崩れ始めた。


私は何もしていない。

逆に何もしていないからだったかもしれない。

そんな私に物足りなさを感じていたのだろう。

いつも一歩引いてしまう。

自分に自信が無い、コンプレックスの塊。


仕事もサポートが得意で、こうしたらやりやすいんじゃないかと相手の作業を先回りする。

誰に対してもすぐに対応出来る。

今、これが必要なはずだと思いつく。

二手、三手先を読む。それがたのしい。


それを崩される。

その度に自分を作り替える。

新天地に逃げ込む。


なのに、なのに何で、私の楽しみを奪う人ばかり……。




──意識が浮上する。




真っ暗な部屋。少しづつ目がなれてくる。

頭はまだ混乱していた。

忘れていた過去が執拗に追い縋る。

頭で忘れていても、体が覚えている恐怖。

身震いした。肌寒い部屋がそれを増長する。


慣れてきた目で部屋を見渡す。

現実を認識するのに更に時間が掛かった。


「あ──」


買い物に行った。どこに彼がいるかもわからないのに、何故?

ああ、冷蔵庫空っぽだったから──。


はたと固まった。

買い物袋をどうしたろう?

帰ってきたところで記憶は途切れていた。


「鍵! 」


慌てて起き、玄関に向かう。

ドアは閉まっているが、鍵は掛かっていない。

玄関には、揃えられたブーツがあるだけ。

そっと鍵とチェーンをした。


リビングに向かう。

冷蔵庫に向かい、開ける。

キレイに並べられた食材があった。

入れた記憶がない。

ダイニングテーブルに、キレイに畳まれたビニール袋があった。……私は結ぶ。


部屋中引っくり返して回る。


「誰? 誰か……来たの? 」


隈無く探しても誰かいる様子はなかった。

ガタガタ震えが止まらない。


……混乱で、薫くんが、までは頭が回らなかった。

元カレたちの誰かが来ていたらという、妄想に囚われていた。

また暴力を奮われて、死んでしまうかもしれない。

自殺した元カレの怨讐で憑かれ殺されてしまうかもしれない。

何があっても不思議じゃないとパニックになっていた。

何気なく見ていたアニメの残酷シーンが現実になるかもしれない。


考えたら際限なく頭を駆け巡る。


──お願い……! もう私を解放して!


塞き止めていたものが決壊し、耐え切れず私は意識を手放した。


□□□□□


黒いフード付きダウンの男はフードを被り、タバコに火をつけた。

白磁の顔がタバコの仄かな灯りにぼんやりと映し出される。

白煙を吐き出し、溜息をつく。


男──薫の瞳はタバコの灯りを映し、揺らぐ。

彼の心も揺れていた。


後ろポケットに入った鳴らないスマホ。


自分がやりすぎていることは、とうに気がついていた。

やりようがなかった。

すべてはから振っている。

だからこそ、協力者がほしかった。

お金で情報は買える。

でも、人の心はお金では替えないから。


……迂闊なことをした。

いない間に買い物に行くなんて。

フラついていたから、思わず部屋に走ってしまった。

倒れている彼女に動揺して……運ぶだけのつもりが、折角買った食品をダメにしちゃいけないと冷蔵庫に入れてしまった。


「……心配なんです。やっぱり変ですよ」


あの憔悴ぶりは、流石におかしかった。


「情報に上がらない。……何があったんだろう」


キレイな顔を歪ませた。

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