序-2:地上へ
数日が経った。と、思う。
正確な時間はわからないけれど、その間に得ることのできた情報がいくつかある。
まず、私のいた場所。
岩山ではなく、土の中のわずかな隙間が私のいた場所だった。
そしてもう一つ。
私の体は、私が思っていたよりもだいぶ小さくなっていたようだ。
今も私の体は膨らんでいる。いや、成長している。それも指数関数的に。
何を食べたらそんなに大きくなるのかって? 具体的に何、ということはできないが、空気中にうようよと漂っている――そしておそらく、最初に感じた甘い匂いの発生源から放出されている、小さな粒のような不思議な物質。それを食べて私は生きていた。
そして幾星霜の時が過ぎ、私はついに甘い匂いの元にたどり着いた。
そこに私が触れた瞬間――強い力で押し戻された。いや、違う。流されている。
ここで私は、視覚情報もなかったとはいえ、自分自身の体を完全に把握していなかった事を後悔した。とりあえず流れに身を任せて、落ち着いたら自分の体の境界を確認しよう。
……それにしてもこの流れ、思ったよりも長い。
正直なところ視覚情報がなくてよかった、と安堵している自分がいる。見えていたら自分の流れている速さを自覚できてしまうから。
自分が周りと同じ速度で流されている分には、どれだけ速くても大して気にならない。それは、まるで新幹線に乗っている時のようで、心地よい揺れに身を任せることができる。
欲しくもない情報を得てしまうのは、精神衛生上あまりよろしくはない。理想は、自由に情報の取捨選択ができること。
だって……曲がるときに外側の壁に衝突するのは、すごく痛い。痛覚情報も、視覚情報と同じようになかったら、もっと安らげたのになあ。
しばらく流れているうちに、私の周りを満たすものは、あの不思議な物質から水になっていた。どうやら何かしらの水脈と合流したらしい。
そう感じた、次の瞬間。
突然、周りの圧力から解放された。強い浮遊感。これは……投げ出されている!
と、いうことは、湧き出た。地上に出られたんだ!
そう喜びをかみしめたのもつかの間。私は、とんでもないことに気が付いてしまった。
それは、至極当然の事。
投げ出されたら、落ちる。そして、地表又は水面に激突する。当たり前のことだ。
そして、落ちることに対して構える暇もないまま……私の体は岩に激突した。とてもいたい
光。それは大きなエネルギーの波。
今の私は視覚情報を得ることができない、と思っていた。けれども、強い光――おそらく太陽光が私にあたっている、ということだけはわかった。
つまり、今の私の体に光を感じられる器官がある。無いと思っていた視覚は、ほんのわずかながらあるようだ。
それは、一筋の希望に見えて――とても残酷な事だった。
でも、この体がようやく初めて強い光に当たったんだ。これから成長すれば、視覚を得る事もできるかもしれない。そう自分を元気づけて、重要なことを確認することにする。
それは……今の自分の体がどうなっているのか、だ。
まず、力を抜いて体を落ち着かせ、一番楽な姿勢になってから……
風を感じて……そして、ぶつかった岩肌のごつごつした感触。
情報を整理しよう……成程。これは……
薄くて、平べったい。つまり、アレだ、アレ。
コケとかそういった類の生き物。それが、今の私の体だ。
最初に目覚めた時は胞子で、鞭毛や菌糸を伸ばして、と言えば、全てが説明できる気がする。
……認めたくはないけれど。
とすると、だ。二つ、大きな問題がある。
一つ。私と同じように、真理も人ならざるものになってはいないだろうか?
そして、もう一つ。今の私の姿を見て、私が石神井聡であるとわかる者は――果たして、どれだけいるのだろうか?
悩んでいても仕方がない、のだけれど。そう思って体を動かそうとして……気づいた。
体が、動かない。コケなんだから普通動かないだろ、なんて言われてしまえばその通りなのだが、少なくともさっきまでは動けていた。
じゃあ、さっきとは何が違うんだ? そう考えて、考えて、一つの答えに達した。
太陽の光、それで物のようになってしまった。
だって、ほら。よく考えると、私の今の恰好……乾燥中の海苔そのものじゃないか!
要するに、干物だ。
この体、想定以上に乾燥に弱いようだ。
ほら、だんだん、眠く、なって、きた……




