俺のハートはチート級
「すみませんでした!!」
青年は正座をし、両手を床につき、
頭を床に叩きつけた。
謝罪の土下座だ。
「たぶん、出来心だったんです。男なら、誰だって女の子の部屋は気になるでしょ。僕はまだ、前途ある若者なんです。見逃してください!!」
沈黙。
青年の耳には、自分の謝罪の声がエコーのように生々しく残った。
沈黙が、鋭利な刃物のように、青年の心を突き刺す。
心臓の鼓動が耳の奥で響いて聞こえるほど、
ドクンドクンと脈打っていた。
女は何も言わずに、近づいて来た。
(な、何で、何も言わずに近づいてくるんですか? お嬢さん。お言葉を、わたくしに、お言葉をください)
汗と鼻血が床にしたたり落ちる。
青年は視線を少しだけ上げると、
女の、濡れた両足が視界に入った。
うげっ!!と思うと同時、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
青年は、裁くなら、はやく裁いてくれと叫びたかった。
さらに、これなら「うぎゃああああああああ!! このド変態があああああ!! 死ね!!」、
と悲鳴をあげられた挙句、ボコボコにされた方がまだましだとも思った。
これでは斬首を待つ死刑囚ではないか。
「んふふふふ、何、何、タク。あんた、何で、急にかしこまって、土下座なんかしてんのよ」
「ん? ・・・・・・はあ?」
タクと言われた青年は予想だにしなかった女の言葉に、反射的に顔を上げてしまった。
女の裸体を直視してしまう。
小ぶりの胸を覆う灰色の髪、猫のようにクリッとした二重の目、
表情豊かな愛らしい唇をした女が、自分を見ろしながら、バスタオルで体をふいていた。
女は、体についた水滴を、綺麗にバスタオルで拭ってゆく。
まずは髪、次は腰、続いて両脚、
足の裏まで丁寧にふいて、
最後に女はバスタオルを両手で伸ばし、小さな胸を張り、背中をふいた。
タクは、その滑らかに行われた、非現実な動作に見入ってしまった。
あまりにも、美しく、自然に行われた動作に、
タクは女の体の細部を目に入れながらも意識下で認識できなかった。
そう、それは、まるで、あまりにすばらしい芸術品を目に入れ、感動してしまった時のように。
「なにじろじろ見ているのよ。いやらしいわね」
女は、スッと目を細める。
突如、女の、猫のように愛らしい目が、同じネコ科のトラのように鋭くなる。
明らかに、タクを威圧していた。
タクはその変わりようにびっくりした。
「わ、わ、わ、ご、ごめん」
タクは顔を落とし、再び床の一点を凝視した。
「あんた、どうしたの? 少し変よ。私が調合をしたドッキリチョコレートでも食べたのかしら。たしか、『やさしい魔法お菓子の作り方―――基礎編』には、ドッキリチョコレートを食べて、性格が変わることも1000人に1人報告されています、と記述されてはいたけれど・・・」
女はしゃがみこみ、
タクの顔を下から覗き込む。
女の小さな胸の谷間や、見てはいけない密林の危険地帯が視界に入り、
反射的にタクは顔をそむける。
「やっぱり変だ。どうしたの? あんた。調子でも悪いの?」女はタクの額を触れる。「う~ん、熱はないようね。ドッキリチョコレートという可能性もあるけど、あの記述は信頼できないしな~」
女はブツブツと独り言を呟いていた。
そして、じれったくなったのか、
「どうしたのよ。なんか言いなさいよ!!」と怒鳴った。
「ご、ごめん」
「はあ? また、ごめん? 何を言ってるのよ。別段、裸なんて見られたって気にしていないわよ。冗談よ、冗談。というか、私の裸、見慣れているでしょ」
(気にしていない? いやいや、何を言ってるんだこいつ。それに、俺がこいつの裸を見慣れている?)
「さて、下着、下着」
女はバスタオルを床にポイッと投げ捨て、
下着をさがし出した。
濡れたバスタオルは、タクの目の前でくしゃくしゃになっていた。