君を愛している
「私のこと好き? 愛してる?」
ドアの隙間からこぼれる光が、
彼女の長く艶ややかな黒髪を映しだしていた。
純白のドレスを着た彼女は、
暗がりの中、僕をじっと見つめていた。
かすかに潤んだ黒い瞳はおびえているかのように震えていた。
僕と彼女は衣装箪笥の中にいた。
貴婦人が着る煌びやかな服が何着も吊り下がっており、
香水の香りが充満していた。
「う~ん・・・」
僕はうなった。
僕は彼女のことが好きかどうかわからなかった。
好きとか愛しているとかの意味が、
まだはっきりと分からない年頃だったからかもしれない。
「何よ!! はっきりしなさいよ!!」
「う、うん」
僕は彼女の勢いに言葉が詰まる。
彼女は僕を睨んでいた。
けれど、
僕は何も答えることができなかった。
それが申し訳なかった。
しばらく僕たちの間に沈黙が流れた。
どれくらいの時間、たっただろうか?
僕には、マンマレイド先生のお説教くらい長く感じられた。
「ん?・・・え?」
彼女は、不意に――――
僕の手を握ってきた。
温かく小さな手だった。
彼女は僕から顔をそむけ、俯き、唇を噛み、
どこか恥ずかしそうだった。
遠くの方で、男の人の低く温かみのある声が聞こえてきた。
彼女は僕の手を離す。
その声の主にばれてはいけないといわんばかりに。
「お父様が探しているわ。行かなきゃ。もう、情けないわね。女の私に恥をかかせて」
「ご、ごめん」
僕はそれしか言えなかった。
情けなかった。
彼女は肩を落とし、フゥ~とため息をつく。
「・・・もう、いいわよ・・・でもね」彼女は言葉を切る。そして、言葉に詰まりながら・・・。「いつか・・・いつか・・・きっと、きっとね――――」
彼女は衣装箪笥のドアを開ける。
「――――教えてほしいの」
まぶしい光が僕の目をつく。
彼女の髪から流れる、柔らかな香りがした。
僕の目が光に慣れてくると、
背後に光を浴び、彼女は微笑んでいた。
そして、
僕の肩に手を置き、ゆっくりと口づけをした。
彼女の唇は柔らかく、かすかに血の味がした。
小刻みに震えてさえいた。
そして、
唇を離したあと、目をそらしながら、こう言ったんだ。
「私のことを、どう思っているのかを・・・」
僕は、この時のことをずっと先伸ばしにしてきたんだ。
そして、あの時、あの場所で、
――僕は、僕自身を失った――
別に後悔なんてしていない。
僕自身を失ったことなんかに・・・。
だけど、僕は彼女に僕自身の思いを伝えられなかったことが、
今になってすごく後悔している。
僕は雨が降り注ぐ、この深い深い森の奥で、
《三人》でいるこの最後の場面になってやっとわかったんだ。
彼女をどう思っていたかを・・・。
僕は、彼女を愛していた。
こんな立場の僕をでさえ、愛してくれた彼女を、
――――――すごく愛していたんだ