〈4-1〉
シェヘラに連れられ、煙る街を粛々と行く。機械油が焼けたような焦げ臭さが、何処からともなく香って来る。
歓楽街から遠く離れているせいだろうか。賑やかさの余韻は段々と遠退き、動き続ける機械の反響が白々しく聞こえてくる。それが余計に、この場の静けさを助長させているように感じた。
「この辺りは静かなもんだな」
静寂が落ち着かなかったリズがとつと呟くと、シェヘラにはすげなく返された。
「この辺だけだよ。野良の機械が皆怖いからさ。人が居るところにしか人は集まらないからね。採掘所に直結してる十三通りに出たら、こんなに静かなところはないよ」
「十三?」 想像していなかった返答に、眉をひそめる。「十五番通りじゃないのか?」
「それはヴィスおじさんが適当に伝えただけ」
「はあ?」 返ってきた言葉は聞き捨てならなかった。声から不穏を感じた背中が、ひょいと肩を竦める。
「怒らないでよ。信用できない人に、父さんが居た場所を知らせる訳にはいかなかったんだから」
「ああ、そう」
そこまで警戒されていたのかと思わずにはいられない。何度目かも解らない溜息が、気が付けば口を突いていた。「あいつは、そんなに追い詰められていたんだな」
「父さんがそんな繊細な筈ないって解っていて言ってる?」
「……それもそうか」
それ以上の反論も告げる必要がなくて、リズは大人しく後に続いた。
廃墟に見間違う建物をいくつか通り過ぎると、次第に歓楽街とは違う賑やかさが聞こえてきた。
断続的に金槌を叩きつける音は遠くまでよく響き、トロッコの車輪は制動の悲鳴を上げる。動きを指示する怒号は、流石にここから内容を聞き取る事は出来なさそうだ。野太い声が、答えるように聞こえてくる。
声の出所に近づく度に、にわかに人の気配も増えていく。その証拠に、がらんとした建物の間を行く小道の向こうに、沢山の往来が右に左へと消えているのが見えた。
通りの向こうでは街灯が多くあるのだろう。小道の先にある通りは明るく、二人の立つ路地があまりにも薄暗く感じてしまう。
通りに抜け出た途端に景色は開けた。
道の向こうの方まで開ける広場には、歓楽街とは別の賑わいがあった。それもこれも、通りの遥か向こう側に縦穴鉱が大きな口を開けているからだ。
「あれは……」
「遺跡だよ」
思わず足を止めて呟くリズに、シェヘラは素っ気なく告げた。
人の流れに逆らってしまわないように、シェヘラはリズの腕を取ってついて来るように促す。先導されて、リズも大人しく歩き出した。
「ほら、街に出回ってる食料とか資材とか掘ってる場所だよ。そうそう、ここから出てる缶詰め、さっき移動船が入った広場で貰おうとしてたでしょう?」
「なるほど」
リズは納得し頷きかけて、はたと気がつく。
「――――って、そこから知ってるのかよ」
「勿論。ずっと後ろにいたからね」
「あれはお前か……」
思わず遠くに視線を流してしまう。ならば面倒な男達の絡まれている様も、全て見られていたのかと眉をひそめた。
ちらりとこちらを伺ったシェヘラは、いたずらっぽい笑みを向けてくる。
「もしかしたらさっきの人たち、ここにいるかもね」
初めて年相応に見せた笑みに、向けられた方はうんざりとして宙を仰いだ。
「冗談でも止してくれよ」
「冗談だけど、ホントの事だよ。だって、そもそも移動船で来る人たちって、遺跡で働いて貰う為の人員でしょう? 〈工場の木〉に品物を届けに入らない人達は大体、ここで働いてるんだから居るのは当然だよ?」
「はあ……なるほどな」
嫌でも会わざるを得ないかもしれないのかと思うと、気が重くて仕方ない。
その縦穴こそ、移動船が連れてきた男達の終着点なのだ。教えられて、自然とリズの眉根も寄る。嫌な出来事は、何処までもついてくるものだ。せめて近くに知った顔が居ない事を祈って、辺りに視線を巡らせた。