〈3-3〉
警戒しなくてはいけない理由に、リズにも心当たりがあった。かつて語り合った顔と、書きなぐられた文字を思い出して目を伏せる。
そのような状況だったからこそ、リズ自身も唯一の手がかりを求めて自らカラカスに来たのだ。跡をつけていた理由が旧友の為だと言われてしまっては、必要以上に彼女を責める訳には行かない。
「それで、俺は君のお眼鏡に適ったのかな」
今更を取りつくろえる訳ではないかと諦めて尋ねたら、まだ幼さを残す表情を険しくした。
「聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたい事?」
「そう」
首肯したシェヘラは、彼の様子を一欠けらも見逃すまいとするように、じっと見据えてくる。
「貴方が父さんの事を追いかけているのは、本当にあんたがやりたいことなの?」
見られる事に居心地悪く思いながらも、リズは首を傾げた。
「そうだ。……そこを疑っているのか?」
「ええ。だって、父さんみたいに幻に取りつかれているだけじゃないの? って、思うよ。本当に貴方が探しているものって何?」
「俺は間違いなく、アルゼートと同じように緑に溢れる場所を探しているよ。……アルヴィスと同じこと聞くんだな」
「貴方がヴィスおじさんに何を言われたかなんて知らないよ。でも、それを言った理由は くらいは想像つく。だから、ねえ、どうして? 何のために貴方は緑を探していると言うの?」
「この地の失われた夢と希望を取り戻したい。それだけだ」
躊躇うことなく告げた途端、目に見えて彼女の表情が険しくなったのはありありと伺えた。「子供だからって馬鹿にしてる?」 と、怪訝な声は今までで一番低い。
そのように捉えられてしまっても仕方ないと、解っていた。だが、ここで彼女にへそを曲げられてしまえば、残されている筈の手がかりまで失ってしまう事になるのだと気が付く。
溜息が、自然とこぼれた。
「昔、ジアーズには大きな国も、緑もあったって言うだろう?」
「そうだね」
同意した表情は、未だに険しい。
「でもいつごろからか空は曇り、太陽は消え、月だけが世界を照らすようになってから久しいって言われている。だから食べ物は工場からの配給、あるいは遺跡坑道から掘り起こす他に無い、だろう?」
「だから、それが何だって言うの?」
「昔は確かにあったんだ。ならば、今もどこかに有る筈。そう考えるのは普通だろう?」
「そんな誰も覚えている人がいないような昔の話、お伽噺もいいところだよ」
突き放してしまおうとする言葉に、流石のリズも苛立ちを感じずには居られなかった。
「いや、だからそこを俺たちは――――」
「父さんは!」
張り上げられた声は、リズを一息で黙らせた。
「どこに行っても緑を見つけられなくて、不毛の旅に死にに行った!」
「……え?」
突きつけられた言葉に遮られたことなんて、一瞬で気にならなくなってしまう。それほどまでに、我が耳を疑った。
「え?」
「つまり貴方が探しているものなんて、どこにもないんだよ? それでも何を探すって言うの?」
「待て、え? それは一体、どういう事だよ!」
「どういう事も何もないよ。言葉の意味、そのまま。父さんは死にに行ったんだ」
「そんなバカな」
シェヘラの言葉を信じられなくて、笑わずには居られなかった。
「だって、あいつが寄越したこの手帳には……!」
「手帳には? 可能性でも書いてあった?」
最後の砦までも崩すように告げられて、反論も途絶えてしまう。それ以上、リズには受け止めきることが困難だった。
そんな彼の様子をじっと見つめていたシェヘラは、黙ってしまった表情をしばし睨み、やがて肩を落とした。これ以上この場で言い争っても仕方がないと諦めたせいでもある。
「仕方ないなあ。ついて来なよ、リーズヘック・スタインフェルド。父さんからの預かりもの、貴方に託すよ」
妥協してしまったと言えばそうかもしれない。それでも、リズにとっては有りがたい申し出だった。
「……リズでいい。頼む」
「うん」