〈3-1〉
行き交う人々は道に流れを生み出し、いくつも分岐して先を急いだ。
呼子の女は目が会った者の腕にしなだれかかり、自らの店に客を招く。あるいは、壁にもたれて居眠りを装うワークキャップの男は、鍔の影から目線だけを注意深く辺りに向けて他人の懐を探り、金のアテを探していた。ごくごくありふれた、繁華街の光景である。
石畳の街並みは雑踏によってすり減り、同じ石造りの煤けた街並みはいつ見上げても寒々しい。その背景では逸楽に更ける街を見守っているかのように、街のどこからでも見る事が出来る〈工場の木〉が聳えている。
連なる家の外壁を走る金属パイプの隙間からまた蒸気を吹き上げ、煤けた街をさらに燻した。慣れ親しんだ者にしてみれば、焦げた空気の臭いなんて気になるものではない。
煌々と街を照らす磨りガラスの街灯では、翅をはためかせる数匹の機械蛾が橙赤色に向かって鱗粉と粉油を散らしている。街並みを映す窓は、何処も彼処もガラスより鉄格子の方が目につき、一目で治安の程度が解る。
十五番通りを目指すリズは、そんな雑踏の中を急いでいた。
あえて混み合う場所を選び、進行方向が違う者が入り交じる中を進む姿は、傍目が見ればさぞかし迷惑千万だろう。だが、彼が自分を追っている姿に気がついているのであれば、それも仕方のない事だ。
「…………チッ」
どれほど突き放そうとしても、的確に追いかけてきているのが嫌でも解る。苛立ちから、無意識の内に舌打ちしていた。
ならばいっその事と、人混みから抜け出して薄暗い路地に出ると走った。
移動船のような大きな機械を整備してきた彼には、その整備を一人でこなせる程体力の自信があった。不安定な足場での作業も難なくこなしてきたお陰で、身のこなしの軽さもその自信を大きくしていた。だからこそ、地の理を生かして街中で獲物を待つ者が相手でも、必ず逃げ切れると確信していた。筈だった。
人気が失せた事で、相手も遠慮が無くなった。追いかけてくる足音は、人が石畳を蹴る音よりも軽い。綿密に積み上げられた金属同士が柔らかく触れ合うような小さな音が、彼にはよく聞こえた。それで相手を知る。
カシャンカシャンと奏でられる音は、相手の足が金属である証拠だ。一瞬、街の中に潜む、野良の機械に食われた動物にでも追い回されているのかと錯覚する。
機械に食われた動物ならば、新しいエネルギー源を求めて何処までも追いかけてくるだろう。対処の方法は、面倒ながらももちろん知っている。
だが、息遣いは間違いなく人のものだ。ならば付け入る隙も、引き離すきっかけも必ずある筈なのだ。