〈19-1〉
カラカスの街はいつもよりも賑わっていた。
否、普段は一部の通りが賑わいを見せるが、本日ばかりは大きな通りを中心として、人の往来が増していた。理由は一重に、この街に害そうと画策した男を炙り出す為だ。
だが、どれほどの人員を男の捜索に当てても、異邦の男を見つける事は出来なかった。それどころか、騒ぎの中心である彼らが、いつもの街の中に必ず有る筈の静けさに、気が付く事は出来なかった。
「南の方はどうだ?」
「いや、裏通りも入って行ったが人影なんぞなかったそうだ」
「あとは路地か?」
「何人かで虱潰したようだが、静かなもんだとよ」
「おいっ! 二十番通りの方でそれらしい男がいたみたいだぞ!」
「なに? 急ごう!」
「へへ、これで〈工場の木〉勤めは俺らのもんんだな!」
「ばあか、喜ぶのはまだ早い」
「技工士に? それはそいつの話なんじゃねえの?」
「ちげーよ。そいつを差し出せば、取り立ててくれるって話よ」
「なんだ、なら急がねえとな!」
ばたばたと、またひっきりなしに足音が右往左往する。
往来の噂に聞き耳を立て、静かに溜息をついたシェヘラは、自分の背後に追っ手がない事を確認しながら、街の外れを目指した。
不安定な足元は、時折ざりっという音を立てて、鉄屑の塊ごと滑り落ちそうになる。
一つ一つがごつごつと重々しく、おろし金のような表面の鉄屑は、見た目の厳つさに反して、人の体重を支え切れるほどの重みはないようだ。時折、中でも特に軽い鉄屑は、踏みにじった摩擦で砕けて砂になっていた。
うず高く積まれた鉄屑の山を越えると、直ぐにその場所にたどり着く。
いつもは人を見かけると、問答無用で襲いかかってくる筈の野生の機械たちは、なんとも大人しい限りだ。それだけで、ここらの機械たちは目的を見つけたのだと、よく解る。
「おかえり」
辺りに散らばる機械の傍らに座り込んでいたリズは、足音に顔を上げた。
「どうだった?」
「大丈夫、皆リズを見失っているみたい」
「そうか」
無感動に告げると、握っていたレンチを握り機械の影に身を潜らせる。
あまりにも解り切っていたと言わんばかりの態度に、シェヘラも頬を膨らませた。
「っていうより……皆、誰を探しているのか解っていないんじゃないかな。皆が探している人を探しているって感じがしたよ」
「…………だろうな」
いつもの事だろと苦笑されて、シェヘラだけが納得いかない。
「でも、お姉ちゃんたちが街の人たちに何か言っていなくてよかった」
「そりゃ、言えるはずがねえだろ」
呆れたと言わんばかりの声に、シェヘラは首を傾げてしまう。
「なんで? だって、お姉ちゃんはリズの事さっさと引き渡したいのに?」
「俺の事はそうでも、お前は巻き込ませたくないからだろ」
「あ……」
言われてみればそうだと言わんばかりに目を見開いたシェヘラに、呆れた様子で一瞥した。だが、その間も、リズが手を止める事はない。
しばしの沈黙の後、リズは口を開いた。
「……お前の手足が無くなった原因が野生の機械のせいなのは、本当なのか」
予想していなかった質問に、シェヘラはきょとんとしてまばたきした。やがて、首を傾げながら遠くに視線を投げかける。
「うーん、半分はそうかもしれない」
「半分?」
「半分」
訝しんで顔を上げたリズに、シェヘラはこくりと頷いた。忘れていた記憶を掘り起こそうと、街並みの向こうに浮かぶ〈工場の木〉のシルエットに目を向ける。
「それまでどうやって過ごしていて、どうして『あそこ』に居たのか忘れちゃったけどね。多分、それくらいびっくりしたんだと思う。……あの時は、誰かに取り押さえられていたお姉ちゃんが泣いていて、部屋の向こうにいた父さんがガラス越しに怒っているのが見えて、それから……」
ふと、自分の手元に目を落とす。手を握り、ゆっくりと開いて溜息を零した。
「私、あの時は首くらいしか動かなかったなあ。手も、足も、力をいれようとしても、なくなったみたいに身体を支えてくれなかった。右側にお姉ちゃんたちが居て、左側に、私を見下ろしてる、何か大きなのが居たよ。それで、その大きなのが覆いかぶさって来たかと思ったら……次に目が覚めた時には、無くなっていた筈の手足があったの」
リズが思わず振り返った表情は至って穏やかで、自身の過去を悲観している様子はない。
「だからね、緑を探そうとしたから手足を無くした訳じゃないし、野良の機械があったから、今こうして私は立っていられるんだよ。リズが扱いにくい手足をきれいに作り直してくれたから、私は私の夢を追いかけ続ける事が出来るんだよ」
誰かのせいで今の私になったんじゃない。きっぱりと呟いたシェヘラに、リズもそれ以上の言葉をかけられなかった。
「それよりもいいの、リズ?」
改まった様子のシェヘラに、リズは手元を覗き込んだまま尋ね返した。
「いいって?」
「こんな事してたら、言いがかりにされた事が本当になっちゃうよ?」
そんな事かとついつい呆れて溜息をこぼす。
「本当になるも何も、あいつがそうして欲しいみたいに『俺が野良の機械を差し向けた』って言うから、そうしてやるまで、さ。よし、こんなもんでいいだろう」
ぱんと一つ手を叩いて立ち上がると、目の前の機械の全貌を満足そうに眺めた。そんな姿を胡乱げに見るのは、シェヘラだけだ。
「こんなんで〈工場の木〉を襲ったからって、皆の目が覚めると思えないよ?」
怪訝な表情を浮かべるシェヘラに、リズは楽しそうに笑う。
「だから、派手にぶっ壊すんだろ?」
「そういうところ、リズがどこまでも悪人なんだなあって、すごく思うよ」
「お褒めに預かり光栄だな」
惚けてひょいと肩を竦めた姿は、改まった様子でシェヘラと向き直った。
「覚悟は出来ているな? シェヘラ。お前だけでも逃げていいんだぞ」
「リズもしつこいね。行くって言ってるでしょ?」
仕方がなさそうに返されて、リズもいよいよ余計な事を言うのを止める。見上げた先には、赤い月に照らし出された、黒々とした姿が聳えている。
「ああ、行こう。――――起動の時間だ」




