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〈2-2〉


 踊り子と視線が合ったのは、やはり気のせいだ。そう思う事にした。

 大道芸の男が引きならす、アコーディオンのひび割れた調律が奏でられる。それに合わせて、涼やかな鉄輪の音がステップを踏んだ。軽やかな音の二重奏が、彼を引き留めようとしているように思えて気が重い。煩わしさしかなかった。


 自分には成すべきことがあるのだと、その一心以外の雑念を振り払おうと目を伏せる。無意識に、左胸のポケットに入れた手帳の存在を確かめるように手をやっていた。

「……早く、探さないと」

 焦りを誤魔化そうとして、そっとぼやく。

 そんな彼が、足早にテントの前を抜けようとした時だった。「一体何を探しているって言うんだ?」 と、まるで急ぐ彼が通りかかるのを待っていたかのように、落ち着きを伴った低いバリトンが声をかけた。

 リズはすぐに相手を察して、面倒くさいと思いながらも足を止めた。

「あんたか……アルヴィス。悪いが話す事なんてない」

 そちらに目を向けても、表情はテントのせいで逆光となり陰ってまともに伺えない。もしくは黒一色のジュストコールに身を包んでいるせいだろうか。薄暗闇の中、ぼんやりと顔の辺りだけが白く見える。

 相手の表情がはっきりと伺えなくとも、クッと喉で笑っている様子がよく解った。

「連れないじゃないか、スタインフェルド。折角よしみで同行を許可させたって言うのに、挨拶もなしに去ろうって言うんだろう?」

「許可させたって、人手が足りないところに入ってくれって押し付けて来たのはそっちだろうが」

「いいじゃないか。結果的に君は目的地である『ここ』にたどり着けた。それの一体どこに不満があるって言うんだ?」

 心底解らないと声色に滲ませた姿に、リズはきっぱりと首を振った。

「ここが、目的地なんじゃない。ここに、目的地の手がかりがあるからやって来たんだ」

「それは聞いた、聞いたとも。ちゃんとそちらに話は通してある。でもこれだけは言わせてもらうよ。薄々、そんなものはありえないって解っているんだろう? むしろ、大人しく諦めてしまった方が楽になると思わないか」

 本気で呆れたような声は、一体何度言えば解るんだと言いたそうだ。リズはゴーグルの下で不快に眉を潜ませながら首を振った。

「思わない。そっちこそ解っているんだろうが。あいつの意思を、俺は継いだ」

「継いだって言うよりも、俺にはバカな弟が他人にかけた、はた迷惑な呪いにしか見えないけどな」

 かつての姿か、目の前の姿か。一体どちらを止めればいいのか解らないと言った様子で、アルヴィスは宙を仰ぐ。

 そんな奴に言われる筋合いはないと思わずに居られなかったリズは、溜息と共に胸の内で詰まっていた気持ちを吐き出した。

「……俺らの探しているものが、例えあんたでも理解されない事も解っているから放っておけ。ここまで乗せてくれた事には感謝している。ドラクロアによろしく伝えてくれ」

 もう口は挟まないでくれと言外に告げて、引き下がるほど話はカンタンではなかった。

「君の下船、あいつはそんなにあっさりと納得してくれるかな?」

「元々ここまでの話だった。代わりに俺は、移動中の機関の整備をする、だろう? 文句は言わせないし、受け付けない。それでも引き留めようものなら、取り押さえて首輪でもつけてもらわないとな」

「……ま、そこまで言うならもう、俺は引き留めないさ」

 にべもなく返された言葉に、今度こそアルヴィスは肩を竦めた。

「十五番通りだ。採掘所の先にある広場、行けば多分解るだろう? 恐らく今日もそこにいるはずだ。煙草売りさ。運がよけりゃ、そいつの姉にも会えるだろうな」

 引き留める事を諦めたアルヴィスはつらつらと告げ、リズは感謝も込めて頷いた。

「どうも。せいぜい期待しておく」

 話が済めば長居は無用。そう言わんばかりにさっさと歩きだした背中を、アルヴィスは宙を仰いで嘆息した。

 嘆かれている事に気が付いていながらも、わざわざ構うリズでもなかった。背中はあっという間に雑踏に紛れて去る。


「――――十五番通りなんて、ほとんど行った事ないんだけど?」


 立ち去る背中がすっかり見えなくなるまで見送っていた男に、怪訝そうに尋ねる声があった。

 男所帯の野太い声が多い中、少しばかり高い声はさぞかし目立った事だろう。だがそれも今は、誰もが踊り子に夢中になっているせいもあって、気が付くものは居ない。

「あれ? ここに居たんだな、シェヘラ。あいつの事、知っておかなくていいのかい? 話すかどうかって、相手次第で迷ってたんだろ?」

 アルヴィスが振り返ったそこには、先程配給所でリズが躱した筈の背丈の低い姿があった。着古した鳶色のマントはフードまですっぽりとかぶり、表情を決して周りに晒さない様にしているようだ。

「ちょっと! ここで呼ぶの、やめてよ」

 茶化すようなアルヴィスの言葉に、声は不機嫌そうに返した。「他の人に聞かれたら面倒なの、おじさんのほうでしょう? ……ヘムセクルートから、ずっと移動船に乗ってあの人の様子見てきたから知ってる。大体、面白がって知らせてくれたのはそっちでしょう、ヴィスおじさん?」

 またもやすげなく返された言葉に、アルヴィスは肩を落として髪をかき上げた。

「ま、約束だからな。当然だろう?」

「そう。兎に角、ヴィスおじさんがどんな風に紹介してくれたとしても、私は私の目で見たものしか信じないんだから」

「あっはは、お手柔らかにね」

「さあ? それはあの人次第だよ」

 それじゃあまた、と。急ぎ足で広場の外を目指す姿は恐らくリズの後を追ったのだろう。アルヴィスが彼に提供した言葉通りに、十五番通りに向かうのかもしれない。


 先が思いやられるなと、溜息が自然とこぼれた。


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