〈16-3〉
リズが言わんとした事を誰もが察してしまう中、理解し難い思いでいっぱいになったシェヘラは首を振っていた。
「そんな、信じられないよ。だって、父さんが言っていたのは、緑に溢れる場所は必ずあるって。それとまるで正反対の事をしていたなんて、そんな事有りえないよ!」
自然と声を大きくしたシェヘラに、リズも肩を落とす。
「気持ちは解る。俺だって信じたくない。……でも」
「ッ、嘘だ!」
それ以上聞きたくない。そんな思いが募り、ついには勢いよく立ち上がった。ガタンと音を立てて椅子が転がっても、シェヘラは気にした様子もなく、声を荒げた。
「リズにその話した人は、きっと父さんが邪魔だからって、リズを騙そうとして……そうだよ! リズの事も騙そうとしてるんだよ! きっとそう!」
「ドラクロアが俺らを騙そうって可能性ももちろんある。でもな、嘘も何も、そもそもアルゼートが俺に語っていた夢も、大概妄想みたいな話だったよ」
「それはっ」
淡々と告ぐリズにシェヘラは食ってかかろうとするも、それ以上を続けることは出来なかった。黙ってこちらを伺う二人の大人たちの視線に気がつき、視線を泳がせた。懸命に何でもないフリをしようとしているが、泳いだ目にはじわりと涙が浮かんでいた。その表情は、人混みの中で親とはぐれた子供の様にも見えてしまう。
「シェヘラ」
せめて座らせて落ち着かせようとロドが手を引こうとすると、途端、ぱっとその手を振り払って彼らを睨んだ。
「っ……それじゃあ! 私が今まで育てて来たのは、何だったって言うの?! この街をただ、緑に溢れる場所にしたかっただけなのに、増やせば増やすほど、〈工場の木〉の為にしか……私が目指したものの正反対にしかならなかった、って事なの?!」
「それは違――――」
「違わないよ! だって、そういう事でしょ! 私がどんなに緑でいっぱいにしたいって思っていても、父さんが〈工場の木〉の為にって残していった以上、結局それ以外の何物にもならないって事だよ!」
半狂乱になって意地でも聞こうとしないシェヘラに、リズはついに深く溜息を零した。
「各地を巡っても植物がないのか考えた事はあるかって、お前は俺に聞いたよな?」
途端、ぴたりと静まる。
「どうして〈工場の木〉だけが生産機関なのか考えた事はあるかって、お前は俺に聞いたのに、アルゼートが関係しているって解った途端に有りえないって言うのか?」
「それは……」
声は震えた。
今それが何の関係があるのだと、頭では解っていてなお聞いて来ようとするシェヘラに、リズは解りやすく溜息をついた。
「俺はクロアにこの街のあり方を教えられた時、お前の言葉を思い出したよ。今なら、解る気がする。〈工場の木〉がこの地を動かしている限り、この地に緑は栄えないって言って、あいつが旅に出たくなった気持ちが。……多分、それでもこの赤い月の下の大地に、緑に溢れる場所を諦めたくなかったんだろうな」
「そんな事、言われたって。そんなの、父さんが私を諦めさせようってしてるんだってばかり……」
例え話でしかないと、シェヘラ自身が疑っていなかった。だが、今となっては意味合いが変わってしまった。それとなく伝えていた異端者は、自身の理想を追い求めてどこかへと消えてしまった事が、何よりもかつての言葉は真実だと肯定しているようなものだ。
それ以上を否定する事も出来なくなって、シェヘラは唇を噛んだ。
「でも、それじゃあ、だからと言ってどうしようって言うんだい?」
沈黙してしまった皆に変わって、それまでじっと聞くばかりだったヤヌスが穏やかな声で尋ねた。
「この場所のあり方が〈工場の木〉の為にあるんだって事はよく解ったよ。でもね、現状我々は、周りから孤立してしまっている。そして真実を知ったからって、何か状況が動かせる訳ではない。そうだろう?」
「それは……」
そうかもしれないと呟いたシェヘラに、ヤヌスは悲しそうに微笑む。
「この場所のあり方はおかしい。一言それだけを聞いて理解出来る者が、街にどれほどいるかって言うと、正直言ってかなり怪しいんじゃないかい? そして現状だけで言うと君は、事実はどうであれ、街の中枢で機械を差し向け壊そうとした、とんでもない罪人だ。大多数の是を前にして、少数の非は淘汰される。悪事を働いたと思われているなら、尚更君の声は届かないよ。その大多数の考え方が意図的に統一された是ならば、覆そうとするのはとても大変な事だ。しかも相手は〈工場の木〉。街の中枢であり、絶対的な管理者に盾突こうって言うんだ。無謀にも程がある」
諭すような言葉と視線は、やがてリズに向けられた。
「大きな機関から見てみれば、定着させた考え方からあぶれた少数派なんて、潰すのは簡単な事ってものさ。それでも君は、〈工場の木〉に敵対出来るって考えるのかい?」
「ああ、出来る」
だが即座に答えたリズに、流石のヤヌスも驚いた。
「これだけ不利な状況でも、かい?」
「明かした真実は、それだけじゃないからな」
畳みかけるように、リズは唇の端を歪めて笑う。即座に表情を引き締めた。




