〈13-3〉
慣れ親しんだ場所での静寂に、誰もが落ち着かないのだろう。誰かが踏みかえた拍子に崩れて落ちた残骸の音が、やけに大きく聞こえて回りを驚かした。
刹那に、周りだけは湧く。
「おい見ろ! 今なら上を気にせず集められるぞ!」
「皆急げ! このチャンスを逃すなっ」
今まで起こり得なかった事に動揺したのは、一瞬の事だった。次の時には、広場に集った男たちが一斉に、普段は上から絶えず落とされる物で近づくことが出来ない〈工場の木〉の下に向かって行った。その様子はさながら、宝物の争奪戦だ。
「なんで、止まったんだ……?」
驚きを呟いたロドは、駆けだすタイミングを逃した者たちに混ざって、呆然としていた。今まで有り得なかった事に、何が起ころうとしているんだと思わずにはいられない。
戸惑うロドの隣で、シェヘラは眉を顰めた。
「そんな事どうでもいいよ、ロドおじさん。それよりもお願い。リズに肩貸してあげて」
「あ、ああ。ほら坊主、立てるか?」
「……すまない」
囁かれた言葉は、シェヘラが知る限り最も弱々しい。それは、移動船に乗っている時ですら見かけた事がなかったほどだ。
胸騒ぎがした。
「取りあえず、ここを離れよう? 話は全部そこからだよ」
「ああ、そうだな」
シェヘラに急かされて、ロドも改めてリズが立ち上がるのに手を貸した。
どこか腹を打ち付けたのだろう。立ち上がろうとしたリズは、きつく唇を噛み締めて、痛みを堪えているようだった。
「仕方ねえ、ほら。酒臭くて嫌かもしれねえけど、乗りな」
ロドは苦笑を交えながらも、有無を言わさずに担いでしまう。特別リズも嫌がる素振りもなかった。大人しくロドの背中に乗せられて、ロドとシェヘラは少しでもその場から離れようと立ち上がった。
もはや、広場では瓦礫に巻き込まれた者がどこに行こうかなんて、気にしているものは居なかった。
だが、異変は間違いなく前兆だったのだ。
彼らが廃棄所を出ようとした、その時だった。
「……おい、あれはなんだ?」
一体誰が呟いたのだろう。頭上に視線をくれた姿達は、〈工場の木〉の影に混ざって降って来る何かにどよめき出した。
「おい! 皆逃げろ!」
「また投棄が始まったんだ! 全員離れろ!」
廃棄された機械の残骸とは違うような気もしなかった。人にも見えなくもないが、むしろ箱のようなものに四足が付いた機械が投棄されだして、誰もが慌てふためいた。
普段では集めたくても集められない、金になる機械の残骸を拾い集めていただけものが集まっていた場所が、途端に蜘蛛の子を散らして大混乱に陥った。
どっと逃げ出そうとした人々が、ゆったりとした歩調で歩いていたシェヘラ達に追いついて行く。我先にと逃げる者たちにしてみれば、騒ぎに振り返ったシェヘラもロドも、障害でしかない。
「っ……きゃっ」
「シェヘラ! こっちに来なさい」
男たちに弾かれそうになったシェヘラの腕を掴み、人の流れの薄い方へと急いで逃げた。彼らが身を隠したのは、先程まで使っていた、いつも仕事をさぼってくつろいでいた休憩所だ。
集積所から、がしゃんと物を叩きつけた音と、重たいものが地に落ちた振動が、足元から伝わった。落下物は、一時的なものだったと知る。
「おいおい。なんなんだよ、あれは……」
リズを下し、集積所を遠目に伺ったロドは、呟かずにはいられなかった。吊られたシェヘラも降ってきたものの姿を確認し、息を飲んだ。
「……そういう事か」
その後ろで同じように伺っていたリズは、深く溜息をこぼしてふらりと立ち上がった。痛む身体に鞭打って辺りを見回すが、直ぐにこの場を離れられる道を見つけられない。仕方なく、往来がある方へと出ようとする。
二人から離れようとする姿を、シェヘラが見逃す筈がなかった。
「リズ待って。あの後って――――」
「話している暇はない」
端的に返したリズは、どんな言葉にも耳を貸したくないようだった。思わず唇を噛んで、懸命に言葉を探している様子のシェヘラに、リズは仕方がなさそうに肩を落とす。
「あれはマズい。すぐに俺を探しに来る」
「やっぱり……だったら、尚更だよ! 一人でどこまで逃げられると思ってるの?」
不利な立場にいるのだから頼ってくれと状況を盾に取られ、ゴーグルの下で眉を顰める。
「敵に回すことになるぞ」
「敵? そんなの、今更じゃ……」
同じように、突き放そうとしてくるリズに、シェヘラは困った様子で眉を顰めた。その姿に、リズはいよいよ呆れて苛立ちを声に滲ませた。
「街の人間も、だ」
「街の……?」
どういう事かと、表情が訪ねてくる。何も解っていない様子が、堪らなくリズを苛立たせた。
「だから、俺に構えば! 間違いなくお前らも巻き込むことになるっつってんだ。今、ある場所も何もかも、失うことになる。もう放っておいてくれ」
ぶっきらぼうに告げると、そっと出ていくタイミングを伺いながら背を向ける。
だが、遠ざけられるような言葉に黙るシェヘラでもない。嫌な顔をされても、彼女の中で心持は決まっていた。
「あのね、リズ。私、リズが何と言おうが――――」
「おい、全員そこを離れろ! 踏みつぶされるぞ!」
言いかけた言葉は、誰かの叫び声に途切れた。ずっと広場を伺っていたロドから、「あーあァ」 とわざとらしい嘆息が聞こえ、二人の視線が自然とそちらに集まる。
ロドはちらりと二人に目をやると、広場を顎でしゃくって見せた。
「退路、なくなったけど、それでもお前は意固地になって、一人でここを抜けようって言うのかよ?」
指示された先で、事は起こった。動き出した機械に恐怖した者が逃げ出そうとしたところ、先回りされたのだ。この場にいた誰もが、ふくろのネズミと化してしまう。
「……それでも、俺は……」
それでも、と頭を抱える姿は、何かを思い出したように息を詰めた。焦りすら感じられる様子に、シェヘラは不安そうにロドとリズの間を見比べ、ロドだけが肩を竦めていた。
「お前がもし望むなら、大馬鹿野郎のよしみで手を貸してやってもいい。それでも俺らを信じ切れずに頼れねえって言うならば、後はてめえの好きにしな」
「っ……」
さあ、どうする?
ロドは挑戦的に尋ねた。リズは返す言葉が思いつかなくて、無意識に息を呑んで視線を泳がせてしまう。
選択を突きつけられたのは二回目。もちろんその選択が、リズ自身を追い詰めるものではない事が解らない程ではなかった。だが、頼れない理由にかつての友の姿が過り、言葉に詰まる。
「リズ」
「俺はっ」
お願いだよと、具体的に何を言われる訳でもなく懇願されて、戸惑う。絞り出したような自分の余裕のない声に気が付いた途端に、一人で抱えていた事すらもばかばかしく思えた。
「……頼む。全部話す。俺に力を貸して欲しい」
途端、シェヘラは屈託なく笑う。
「もちろんだよ!」
「最初っからそう言いな」
お願いするしか方法がなかった事が悔しくてそっぽを向くと、ロドにはにやっと笑われた。胡散臭いもの見る目を向けてしまったのは最早仕方がない。
「さあて、サボりにはいざ見つかりそうだって時の逃げ道を用意してこそ、堂々とサボりを謳歌出来るってもんよ」
張り切って言うロドに、リズもシェヘラももの言いたげな視線を向けてしまった。
そしてそんな彼の言葉を遮るように、鬨の声が背中から響く。




