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〈12-2〉

 そしてある日、同じようにハッとした瞬間に、初めてそれと目が合った。

 いいや、目が合ったようにリズが勝手に錯覚したと言った方が正しい。なぜなら相手に『視る』という意識はない。作りかけのヒト型の機械に、そんな意識はあり得ないのだから。


 力なくベルトコンベアに横たわる機械は、ゆっくりと流れながら、こちらに顔を向けていた。

 目を入れられる事も、口を閉じられる事もなく、虚ろな表情をしたヒト型の機械の枠組みは、じっとこちらを見ていたのだ。まるで、ここに横たわるべきはお前の方だろうと言わんばかりに思えてしまい、無意識に手が震えた。

 それまで握っていた筈の工具はするりと手から逃げ出して、ごとりと鈍い音を立てる。


「……違う」


 ぽつりと出た言葉は、あまりにも久方ぶりに声を発したせいで掠れている。だが、声に出してしまったせいで、心臓を下から上に搾られたかと錯覚するほどに息が詰まった。

 じっと見つめ合っている中で、うつろな顏をしていたロボット動いた気がした。かたかたと蝶番の外れた顎を震わせて、まるで嗤っているようにしか見えなかった。

「っ……俺は、お前とは違う……!」

 囁きでしかない言葉だったが、口にしてしまった途端、もうその場に留まってなんて居られなかった。


 決められた場所を漠然と流れてきたものに、割り振られたパーツを各々の場所で取り付けられる。そんな代り映えのしない作業にも、与えられた仕事を考える事なく、与えられるままにこなす事も、すべて、発狂したくなるほど気味が悪かった。


 心臓が、声にならない悲鳴を叫んだ気がした。

「俺は――――――――――――!」

 その場に留まり続ける事は困難で、気が付いた時には、その場から逃げ出していた。

「俺は人間だ! ただ作業をこなすための道具じゃねぇ」


 逃げるための免罪符のように、叫んでいた。


 右も左も解らずに、無機質な回廊のあちらこちらを逃げ回った。

 誰かが追いかけて来る訳でも、走る彼を見咎める者が居る訳でもない。ただひたすらに、『その場所』に戻る事を恐れて、息すら忘れる程、宛もなく走り続けた。


 やがて、景色は終点に向かう。

 開けた場所に迷い出た。そこで好き勝手に壊した機械に囲まれた、男の背中が見えたのだ。

 リズの足音を聞きつけてきょとんと首を傾げた様子は、彼よりも確実に年上の筈なのに、妙に幼く見えた。こちらを認識した途端に、その表情はいたずら小僧のような人懐っこい笑みを浮かべた。

 笑った様子は眩しくて、こちらに差し出した手を掴んでいいものかと迷う。

 幻覚が、おかしそうに笑った。


「――――――? ――――――」


 尋ねられた言葉はもう、聞き取ることが出来ない。だが、力強く自分の腕を掴み、牽引してきた姿が、どこに連れて行こうとしているのかを思い出して苦笑した。

 ずっと喉の奥に痞えていた粘度のような塊が、少しだけ小さくなった気がした。


 誰もが彼の行動に呆れて、溜息を付いていた。

 そんな馬鹿らしい事の数を、数えてみる。


 一般解放されているラウンジに、土をぶちまけてみた事。

 人型のオートマトンを勝手に持ち出して、プログラムを書き換えた事。

 野良の機械を寄せ付けない為の装置を作ったのもこの時だった。

 街の外れに抜け出して、誤って野良の機械を呼び寄せた時は、二人そろって死に物狂いで逃げ回り、挙げ句、二人で大笑いした記憶は久しい。



「俺はね、リズ。こんな荒野にだって、どこかに緑に溢れる場所があるって信じてるよ。君は、諦めてしまうのか?」



 思い出す。不貞腐れた様子で言ったその姿の事を。

 どちらがまともな事を言っているのか解らなくなっていた、あの日の事を。



 気がついたら閉じていた目を、ふと空いた。ゴーグルの向こうに色が戻る。

「…………ここまで来て、諦めきれると思っているのか? クソ野郎」

 ぼやいた言葉は、地に落ちたガラクタの音にかき消えた。

 

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