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〈11-2〉

 

 その姿からリズは少しでも離れたくて、じりじりと後退っていた。彼が距離を置こうとして動いている事に、控えていたイードだけが気が付いた。逃げる獲物を追う獣のように、彼にしてみれば責務を全うしようとしただけに過ぎないが、咄嗟に立ち上がった事がいけなかった。

「来るなっあ……!」

 リズは目の前の姿達に気を捕らわれているばっかりで、元々広さのある足場でない事を失念していた。

 腰よりも低い高さの欄干なんて、あってないものに等しい。故に、身体は驚くほど簡単に欄干を乗り出した。指示を受けるまでもなく動いたマントから、さらに逃げようとしたのがとどめだった。


 流石のクロアも驚いたのだろう。こちらに気が付き、目を見開いていた様子が、リズには妙にはっきりと見えた気がした。


「イード!」


 鋭く呼んだその名の者が、身を乗り出してまでリズを掴もうと腕を伸ばす。だがリズは、その手にすら捕まりたくなくて、落ちるのもいとわずに手を払っていた。

「お前らの手助けなんざ、死んでもお断りだ」

 あれほど動揺していた筈なのに、思いの外冷静な声が出せた事にリズはホッとしていた。話したくない相手の焦った様子が見られたお蔭なのかもしれない。自然と鼻で笑ってしまう。

 気が付けば、口から出た言葉のままに叫んでいた。

「俺の欲しいものは、俺自身の手で掴んでやる。てめえの手は借りない。お前ごときが俺らの事をどうにか出来るだなんて、なめんじゃねえぞ! くそったれ!」

 負け犬の遠吠えだと言われてしまえばそうかもしれない。頭のどこかでは解っていた。

 それでも加速度的に遠退いて行く悔しそうな姿を見ていたら、吐き気も少しだけ収まったような気がした。


 心の余裕を取り戻したのも束の間の事。

「っあ……かは……っ!」

 直後にリズが全身に感じた衝撃は、特に背中から肺を叩かれて空気が逃げた。受け身すらまともに取れなかったせいで、頭の芯が揺さぶられて意識が一瞬どこかに飛んだ。頭を打ち付けなかった事だけが、せめてもの救いくらいだ。

 自分がどこに落ちたのかを確認する余裕もなく、だが、ぼんやりとする視界は少しずつ動いていた。

 頭上の方で、何かを指示しているクロアの声が響いており、何人かがばたばたと走っているのが聞こえた。すぐにでも起き上がって逃げなくてはと解っていても、頭を上げる事すら億劫に思えて出来そうにない。


 身体の痛みを気にしないようにしながら微かに目線を動かしたら、ぼんやりとした視界に、機械の残骸の数々と、覆いかぶさって来るように錯覚する装置の影が迫って来ていた。そこで漸く、自分が先程のガラクタの流れに落ちたのだと理解する。

 生産ラインを停止でもさせようとしているのだろう。緊急を知らせるブザーがどこからともなく響いているが、常に動き続けているラインは、止まる事の方が面倒だと言わんばかりに、じりじりと進み続けている。


 ゆっくりとガラクタと共に機械の中に運ばれて、ついに視界は薄暗くなる。サイドから入ってくる光を頼りに漠然と見上げていたら、流れの先で、リズと共に落ちていた細かな金属片が、頭上の機械に引き寄せられていた。中には塊ごと吸い上げられて行くものもあり、虚ろな頭でも、同じように吸い込まれるのは危険だと解った。

 頭上の装置をやり過ごそうと、大きなガラクタの影に転がって入る。それが幸いしたのか、部品の回収口に差し掛かっても、吸い込まれる事はなくてホッとした。


 だが、その先の事は失念していた。

 頭上に覆いかぶさっていた機械は通り過ぎ、辺りは明るくなった、その直後。

「ぁ……っ……」

 声を上げる事も叶わず、リズは廃棄される使い道のないガラクタと共に、〈工場の木〉の廃棄場へと投げ落とされたのだ。リズが最後に見たものは、遥か眼下にあるゴミの山と、自分と共に落下していく大量の廃棄材だけだった。



「くそっ! ジア、テトラ! 君たちはラインの復旧と、万一に備えて整備師たちに招集! それからイード、廃棄所に行くよ。例のものも使う」

「御意に」


 工場内で、焦った声が響く。

 

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