〈10-4〉
クロアはしばらくその横顔を眺めた後に、強情だなあと溜息をこぼした。
「じゃあ、あの月の事ならどうだろう?」
つと指を立てて、室内から見える筈のないものを指示した。
指示した先に、あの赤い月がある訳ではない。だが、つられて視線をよこしたリズに、クロアはまた微笑んだ。
「ここは全部が実験施設であって、あの赤い月は運用を知らせるための明かりに過ぎないからね。なんなら、消してみせようか?」
さらりと告げられた事実に、今度こそリズは言葉を失い、目を見開いた。ゴーグルに表情を隠して伺う事が出来なくても、ぽかんと口の開いたリズの表情があまりにも間抜けに見えたせいだろう。つい、腹を抱えて笑ってしまう。
「っはは! なんて顏をしているんだい? 君でも驚いてくれるんだったら、そしたらきっと、街の人はもっと驚かせてしまうんだろうね! けれどそれで君が僕を信じてくれるなら、明かりの一つや二つの消灯なんて安いものだよね?」
「そんな事……!」
出来る訳がないだろう! そう否定することが、今のリズには出来なかった。こいつがそういうならば、本当にここは空までもが管理されているのかもしれないと、ちらりとでも信じてしまったせいだ。
心臓が、早鐘の様だった。
すっかり乾ききった喉は、声を出そうとするだけで貼り付いた。噎せて咳き込まなかった事だけが、せめてもの救いだろうか。そうでなければ、ただでさえ失われている気持ちの余裕を、さらに追い詰めていた事だろう。
「っ…………」
じっとリズの反応を伺う表情は、常に笑っているというのに、目だけは射る程真剣だ。その気迫は、是と答えなければどうなるか、解ったものではない。
「協力って、一体俺に何をさせる気だ」
「お、そうだった。君にはね、野良の機械を整えて使えるようにして欲しいんだよね」
言葉の真意を捉えようとして、暫し眉を寄せて沈黙していた。
「どういう事だよ。別に、野良の機械はそのままでも使えるはずだろうが」
野良の機械は人を襲う。しかし、それらが機械として使い道がないわけではない。
目的を見つけた機械は順応し、あらかじめ目的をもって作られたもの以上に働こうとするのだ。そこには、機械として作られたものというよりも、生き物のような意思すらも見受けられる。野良の機械が忌避される所以でもあるものを、あえて使おうとする理由がリズには解らなかった。
「そのまんまの意味さ。君の腕の良さは評判だったからね?」
だがクロアはひょいと肩を竦めて、自分に他意はないと言わんばかりだった。それでもリズの疑うような視線に、仕方がなさそうに溜息を溢す。
「壊れて使い道のなかったごみを新品同様に修理して見せたり、野良機械を近づけない為の独自の装置を作成したりしていたね? ああ、移動船の整備も本来なら、前任から注意点を引き継いでおかないと大概壊してくれるんだけど、君は注意を受ける事なく整備しきってくれていたよね。そういう器用さを持った君なら、野良の機械だっていくらでもどうにか出来るんじゃないかなって思ったんだ」
「……そんなものを整備して、一体何するつもりだ」
「何、か」
リズが低く尋ねたら、初めて少しばかり困った様に眉尻を落としていた。
「イード」
そして、こちらを見据えたまま静かに呼ぶ。返事はすぐにあった。
「はい、こちらに」
一体どこに待機していたというのだろうか。とんっと軽い音を立ててクロアの背後に現れた姿に、驚かない訳がなかった。




