〈10-1〉
「黙れ。気安く呼ばないでもらおうか、ドラクロア」
「あっはは、連れないなあ」
あからさまな不機嫌さを滲ませて、低く告げたリズに、移動船の主であるクロアは飄々と笑うばかりだ。リズはその余裕さが気に食わなくて、また唸る様に告げる。
「俺に一体何の用だって言うんだ。約束ならもう、果たしただろうが」
「約束?」
だが、クロアは一体何の話なのかと言わんばかりに首を傾げた。
「おかしな事を言うね? 僕はまだ、君になにか頼んだ覚えはないのだけど」
「はあ?! そっちこそ何を言っているんだ? あんたの移動船に乗せてもらう代わりに、あんたの下で働くって、そう言って整備をしていただろうが」
とぼけた事を言うな。リズが噛みついても、相手はすまし顔で苦笑しただけだ。落ちて来た赤銅色の髪を耳にかけて、困ったように眉を落とした。
「とぼけていないよ? だって、ねえ? リーズヘック。君が乗車を願い出た時、僕はなんて言っていた? 君を乗せるメリットがないからって、断ったよね?」
「だから! あんたの下で働くって、アルヴィスに言われて、移動船を整備して――――」
「事柄は捻じ曲げてはいけないな。君の他にも整備師はちゃんといただろう? これでも移動中の整備には、別途で仕事をお願いしているんだ。その輪の中に君が勝手に混ざっていたなんて、どうして僕の下で働いていた事になるんだろう?」
淡々と説明されただけに過ぎなかった。だが、そこまで言われてリズはやっと、自分と相手の認識の齟齬に気が付かされた。
ふっと浮かぶのは、自分に情報を横流しして幇助を装っていた、旧友の兄の姿だ。「あの野郎……」 とこぼれた呟きに、移動船の主も苦笑する。
「理解してくれたかな、君が清算しないといけない義務について」
舌打ちせずにはいられない。
「理解はしたが、納得がいかない」
「そう? まあ、君の気持ちなんて僕にしてみれば二の次さ。理解があるなら話は早い。ねえリズ、僕の元に下ってよ」
「は?」
さらりと笑顔で言われた言葉に、すんなりと頷けるはずがなかった。
「何を馬鹿な事を言っている」
「馬鹿な事なもんか。有りえない妄想を追いかけるよりも、確実に手に入る『夢』は欲しいと思わないかい?」
「……どういう意味だ」
目の前の姿が何を考えているのかが伺えなくて、気が付くとリズは、じりと後退っていた。
得体の知れないものを見つけて怯えを滲ませた目に、あるいは疑いに溢れた声色に尋ねられても、クロアの表情が崩れる事はなかった。むしろ、リズの疑念に溢れた様子が心底おかしいと言わんばかりに、くすくすと笑った。
「そんなに警戒しないで欲しいな。僕は別に、君の事を害そうと思っている訳じゃないのだからさ」
「どうだか」
どんな言葉を言われても突っぱねてやる。どうしてもリズには、言葉の端々にそんな棘を混ぜずにはいられなかった。
もちろん相手もよく理解しているのだろう。警戒したままでも、話を聞いてくれれば何でも構わないと肩を竦めていた。




