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〈9-2〉

 

 リズが彼女に続いて、四方の壁すらないそのリフトに乗り込むと、間もなく緩やかに動き出した。かくりと腹の辺りを引っ張られる感覚と共に、眼下に光の道を作っていた筈の明かりが、だんだんと遠退いて行く。

 まるで耳を手で覆った時のように、登っていくリフトでは、ごうごうと風が流れる音がよく聴こえた。普段から石と金属に囲まれて暮らしているにも関わらず、どこか生き物の生活圏から切り離されてしまったような気さえしてくる。

 遠退いて行く地面に、不安を感じてしまったせいだろうか。リフトを支える為に組まれた、鉄骨の向こう側で、段々とその姿を大きくしているように見える、大きな機械がこちらを威圧しているように思えた。


 作業している人達も遠退いて行く筈だと言うのに、リズの目にはそう見えなかった。まるで、目の前で流れてくる部品を眺めているかのように錯覚してくる。

 その景色がただ単に、網膜に焼き付いている己の記憶を見ているのに過ぎないのだと、頭では解っている。だが、かつて見た景色を振り切る事が出来なくて、淡々と同じ作業をこなす様が、どうしようもなく見ていて気持ち悪かった。

 つい先程揶揄われたばかりだというのに、周りを気にする余裕もなかった。

 視界を反らそうとしたくとも、何故かそこから目が離せない。目に映る景色は、地面で小さくなっていく光ではなくて、幻が見せるすぐ手元に置かれたランプの数々だった。

 どうにか自分が立っていた場所から逃げ出そうとして、視界を消した。

 震えそうになる拳を力強く握って誤魔化す。やがて、ふっと旧友の背中が目に浮かんだ途端に、リフトは緩やかに停止した。


 酷く、安堵した。

 自分の脇をすり抜けていった彼女は、ほっと息を吐いたリズを振り返る事はしなかった。

「どうぞこちらに。クロア様がお待ちです」

「……ああ」

 石造りだった足元が、鉄板の足場に変わる。乾いた足音がかつかつと二人分の音を立てた。

 足場の向こうに、先程見上げていた筈の巨大な機械が迫るように聳えていた。随分と上昇した気がするのだと言うのに、それでもまだ、〈工場の木〉の内部を貫く、機械の全貌を見る事は叶わない。


 中空の足場が、階下と同じように壁際に沿って両端正面の三方向に伸びている。

 機械の影に消えていた先が、どこまでそれが続いているのかなんて、彼には検討が付くはずない。それほどまでに、建物は広く、すべてが巨大なのだ。

 見下ろした機械の切れ目からは、上から下へ、あるいは右から左へと、階層構造を作りながら、一方に流れていくガラクタがとても良く見られた。ガラクタは流れに乗せられながら、少しずつ機械により分けられて、階下に待つ人の元へと向かっている。

 人の頭がわずかに動いている様子も見えて、リズは少なからずほっと息をついた。彼らが微動だにせず作業している訳ではないらしい事が、何よりも安堵させた。


 ガラクタが流れてくる上手へと向かう背中を追いかける。等間隔に並べられたランプのお蔭で、やはり、足元だけはとても明るい。

 かつて身を置いていた時の記憶が、リズ自身の嫌な思い出と混ざり始めて、また景色を歪めて見せてくる。にじみ出た汗が背中を伝うのを感じて、彼は一層足を速めようとした。同時に、案内された終着点にいる姿を思い出して、げんなりとしてしまう。


 彼らが向かう足場の下で、がらがらと大きな音が立てられた。見れば、壁にぽかりと開いた穴から、沢山のガラクタがスロープに乗せられていた。

 そのガラクタは次から次へとすぐ下方に流れていき、巨大な機械の中をくぐるとすぐに、また壁の向こうに消えていっている。

 ガラガラと大きな物と物同士がぶつかる音が妙に響く。


 漸くたどり着いた場所には、二つの姿があった。

 一人はリズを連れて来た女性と瓜二つの顔をした褐色肌の女性だった。彼女はやって来た二人に気が付くと、眼下を見下ろし、こちらに背中を向けていた姿に、そっと声をかけていた。

 その姿を捉えながら、振り返った姿に、リズを連れて来た黒衣の女も声をかけた。

「失礼します、クロア様。リーズヘック・スタインフェルドをお連れしました」

 恭しく礼をする姿を胡乱げに眺めていたリズは、視線を感じてそちらに目を向けた。

「ありがとう、テトラ。ジアと共に下がっていてくれるかい?」

 落ち着きを伴った声が、柔らかく告げる。

 「失礼致します」 と、声の調子までそろえて再び腰を折った同じ顔の女性たちは、足音もなく通路の向こうに戻っていった。


 残されたリズは、彼女たちを見送るまでもなくて、目の前の表情をただゴーグルの奥から睨みつけていた。

「さて……」

 改まった様子で告げて、男はふわりと笑う。


「黙って去るなんて寂しいじゃないか、リーズヘック? 僕から逃げ出すにしても、挨拶くらいしてからでもよかったんじゃないかな?」

 仕方がない奴だなと言わんばかりに目を細めて、赤銅色の髪をかき上げる様子に、リズは相手に自分に表情が見えないのをいい事に、不快から思い切り顔を歪めて眉を顰めた。

 

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