〈1-2〉
平面の縮図に見えた木の下だけで賑わう街も、移動船が近づくほどに三次元へと飛び出した。立体迷路にも見間違うカラカスの建物は、長旅を終えたばかりの彼らを全身で迎え入れようと、背伸びをしているかのようだ。
街の外れには、鉄屑砂丘と街とを明確に分ける為の囲いがある。移動船は呆れるほどの巨体を、街の外れにある広場へと這いずるように進ませた。
広場に入っていった途端に、それまで巨大に見えた移動船は小さくなった。それほど周りの建物が大きかったせいかもしれない。あるいは、移動船を運営する物者達の大きなテントや、長旅の末にやって来た労働者たちの為のプレハブ製の箱小屋がずらりとならんでいたせいで、より小さく感じてしまうのだろう。
ざりざりという、鉄屑同士がふれあう音が次第に弱くなり、やがて消える。
カンテラの光に照らし出された広場では、移動船でやってきた者たちの為に、配給される食料の缶詰や瓶詰めされた酒が運び込まれていた。余興に呼ばれた大道芸人は、早くも玉乗りに興じて逆立ちしながら客たちを待った。
一つ向こうの通りはすぐに歓楽街へと続き、にぎやかさがここまで聞こえてくるほどだ。
日用品や小物、乾菓子を扱う露店は、急ぎ反物を広げて小物を並べている。
広場を主催する大きなテントは、分厚く閉ざしていたドレスの裾のような重たい幕をたくし上げて、ドレープの奥に隠していた間口を開いた。
用意が整った合図の代わりに、女たちが広場に散る。
「これより半日程休息に入る」
移動船内に、無機質に思える淡々とした男の声がスピーカーから告げた。
「長旅ご苦労。広場には食事を用意させた。時間まで各々好きに過ごせ。時間が来次第、地下採掘班と物資の搬入班に分かれろ」
それが解散の合図だった。
移動船の側面に規則正しく並んでいた扉が一斉に開けられる。船内に閉じ込められていた低い声のざわめきが、一瞬にして解放された。
それまで移動船内にあてがわれた個室やラウンジにて、到着を待ち遠しくしていた男たちが、列を成して降りていく。にわかに広場はたくさんの人の姿に埋め尽くされた。
大きな笑い声は既に酔っているのだろう。配給にいそしむ売り子の娘に絡んでは、適当にあしらわれて広場の空席へと座らされていた。これでも飲んでいろと言わんばかりに酒瓶を押しつけられて、また盛大に笑う。
大道芸に野次を飛ばし露店を冷やかす者たちは、有って無いような衣装を身に纏い、なまめかしく腰をくねらせた女が手招く大きなテントへ吸い込まれるように流れて行った。
中には長い時間移動船に閉じ込められて、すっかり憔悴した者もあった。彼らはプレハブ小屋へと向かったっきり、その後姿を見せようとしなかった。
あるいは広場から続く歓楽街へと繰り出して、人混みへと消えていく者もいる。辺りは盛り場だ。金さえあれば酒も女も困りはしない。
長期間の契約で多くの金を得ている移動船の従事ならば、なおさら遊ぶ場所に困りはしないだろう。流行りの薬たばこを気付けに、次の場所に向かうまでの時間、思う存分享楽にふける事も思いのままだ。
並べられたテーブルの側を人が通り過ぎる度に、愉快そうにカンテラの火も揺れる。
瞬く間に賑わった広場の様子に呆れながら、青年はゴーグルを引き下ろして表情を隠した。身なりを整え、少ない手荷物をすっかりまとめると、彼もまた広場に降り立った。
それまで高い位置から眺めていた賑やかさが目線の高さまで落ちた事で、漸く目的地に着いたのだとじわりと実感する。同時に酔いに任せて騒ぐ声たちが煩わしくて、微かに眉を顰めた。移動の間も散々酒に溺れていたクセにまだ呑むのかと、ぼやいた声を聞く者は居ない。
彼は辺りをぐるりと見まわした。
目的をもった視線は、人の顔から人の顔へと移して尋ね人を求めた。だがこれだけの往来があり、ひと時の休息を享受している者たちの中から目当ての探し人を見つける事は、至極困難に思えた。
溜息を一つこぼすと、微かに感じた空腹に従って配給場所に足を向ける。
遥か頭上では、こちらを見下ろすような〈工場の木〉が、赤月に彩られた蒸気を勢いよく噴いていた。