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〈8-1〉

 

 リンっと小さなベルが鳴り、扉は静かに閉じられた。

「あ……」

 その音に吊られて振り返ったシェヘラは、出ていったばかりの姿を慌てて追いかけようとするも、柔らかく腕を掴まれて振り返った。

「お姉ちゃん離して。私、行かないと」

 引き留められた事に戸惑って眉尻を落とすシェヘラに、リウミュはことりと首を傾げた。

「どうして?」

「どうしてって……あのね、お姉ちゃん。さっきの人は父さんの――――」

「ね、シェヘラ」

 舞台に立っていた時のような切れのある動きとは違い、リウミゥはゆったりとした調子で遮った。


 シェヘラは黙った。こんな時の姉に何を言っても、姉の話を聞くまでこちらの意見は何も聞き入れられないのだと経験から知っているからだ。

 もちろん、店主も飲んだくれも理解しているのだろう。二人のやり取りの傍らで、大の男たちは息を殺していた。

「シェヘラが父さんの背中を抜かしたくて頑張っているのは私、ちゃんと知ってるよ。でもね、勝手な事をして勝手にいなくなった父さんのマネをして、シェヘラまで危ない目に遭って欲しくないの」

 諭すような調子で言われて、はいそうですかと納得するシェヘラでもない。

「それは、解ってるよ。けどさ――――」

「嘘。シェヘラは解ってない。お願いだから、大人しくここにいてよ。私は心配してるんだよ? さっきの人だって、シェヘラを危ない目に合せるかもしれないでしょう?」

「そんなの、普段の生活の中にだって同じ程度の危ない目なんてあるでしょうが」

「もう、屁理屈言わないで。普段と、他所の人は別物でしょう?」

「屁理屈はどっちよ。普段から嫌な目で見てくる人たちを相手にしているお姉ちゃんに、それだけは言われたくないよ!」

 息を呑んだのは一体どちらだったのだろう。睨み合った二人に、『譲る』という言葉は存在していなかった。


 先に深く溜息をついて前髪を書き上げたのは、リウミュの方だった。

「もう、何でもいいから、アルヴィスさんに頼んで街の外に行くなんて危ない事はしないで。大体、父さんが残したものを遺跡で働く人たちに売りつけなくても、私がちゃんと、貴女の事も守れるんだから」

 椅子から降りて、奥の自室に戻ろうとしながら、リウミュは言い聞かせるように口にした。

 それがシェヘラには、堪らなく嫌だった。頑として聞き入れない姿勢の姉に辟易して、シェヘラは目玉をぐるりと回して肩を竦めた。

「何もしないでお姉ちゃんに守られているだけなんて、歓楽街の物乞いよりも、よっぽど腐った生活だと思うよ。私にだってやりたいことはある。お姉ちゃんみたいに、大してやりたくもない事してる訳じゃない! 私は、私のやりたい事に繋がる事をしてるんだから、邪魔しないでよ」

 言葉にしてから、しまったと思う。ハッとして見た表情は、通し越した怒りに頬を赤くして、今にも泣きだしそうに涙を浮かべていた。

 どんなに言い過ぎたと頭が理解していても、「なに? いいよね、お姉ちゃんは。可愛く泣けば勝てるんだから」 と憎まれ口しか出てこない。それに返答はなく、ただ、肩を震わせて睨まれる。


 終わりもなく、泥沼化すると思われ見かねたのだろう。

「こらこら、シェヘラ。その辺にしてやりなさい」

「さーてと、耳が痛いから酔っぱらいのオッサンはいい加減、仕事に戻りますかねえ」

 ロドはグラスに残っていた酒を一息に煽ると軽く手足を伸ばし、店主のヤヌスは仕方なさそうに苦笑した。

「シェヘラ」

「うん?」

 ロドが手招きするから応じると、まだ話は終わってないと言わんばかりのリウミゥに睨まれていた。だがシェヘラもそれを、見えないものとする。

「時間あるなら、煙草を休憩所に持ってきてくれないか? 多分、皆も切らして来る頃だからな」

「ちょっと、ロドさん! 私、シェヘラに話はまだ――――!」

「うん、いいよ」

 姉から離れられるなら万々歳だ。そう言わんばかりに即答したシェヘラに、ロドは「助かるよ」 と笑った。

「それじゃあヤヌス、ご馳走さん。また来るよ」

「ああ」

 ロドはコインを置くと、視線から逃げるようにそそくさと立ち上がった。その背中に、シェヘラは何食わぬ顔で今度こそ追いかける。

「それじゃあお姉ちゃん。私は私のやりたい事をしに行くから。止めても無駄だよ」

 乱雑に閉められた扉は大きな音を立て、ドアのベルはガチャンと金属同士がぶつかった。

 

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