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〈7-2〉

 

 扉が勝手に閉まってしまうまで、リズもシェヘラも動こうとはしなかった。やがて、静かに閉じた扉から、シェヘラはちらりと隣を見やる。

「ええと……ごめん、リズ」

 今にも消え入りそうな声で告げると、怪訝そうに片眉を器用に吊り上げた表情があった。「何が?」

「いや、だからその……移動船での事、知ってるからさ。リズがあそこに戻りたくないんだって事は解ってるのに、私のせいで戻る事になって」

「ああ」

 とつとつと呟き目を反らしてしまうシェヘラに漸く合点がいったと言わんばかりに、リズは肩を竦める。

「別にあんたが気にする事でもないだろう? 俺はあいつらにくれてやる労力も、義務も、何も残ってない。けど、それを改めて主張する為に出向いてやるだけで、ここが隠せるなら、その方がいいかなって思っただけさ」

 だから気にする必要ない。そう改めて口にしたリズに、シェヘラは「でも……」 と歯切れが悪い。あまりにも気にした様子を見せるから、思わずリズも人の悪い笑みを浮かべた。

「なんだ、調子狂うなあ。最初に人の事追っかけまわしていた時みたいに、生意気言って来ないなんて、腹が減り過ぎてるんじゃないか?」

「なっ!」

 からかわれて、黙っているシェヘラでもない。かっと頬を赤くしながらも噛みついた。

「リズに嫌な想いさせちゃったって思ったから言ったのに!」

「ああ、貴重なカモをみすみす逃したくないもんな」

「バカ! もう知らないから!」

「はは」

 今度こそ本当にむくれた姿にリズはまた笑う。その笑みには、今度こそ含んだものはなかった。

 重たい扉をゆっくりと開けて、未だに頬を膨らますシェヘラを手招く。

「まあ、あいつらに聞かないといけない事が出来たから、って理由もあるからな。本当に、お前のせいじゃない」

 改まった様子で口を開いたリズに、用心深く一瞥をくれてシェヘラは尋ねた。

「……聞かないといけない事?」

「ああ」 扉が閉じられて薄暗い中、シルエットが首肯した。

「〈工場の木〉の事だ。ここにある緑は、〈木〉からあいつが持ち出したものなんだろう?」

「あ、うん……」 何が言いたいのかと、シェヘラの声は問いたそうだ。

「なら、緑の場所の事やあいつの事、何かしら知っていてもおかしくないからな。それを聞きに行くだけだ」

「そっか」

 はっきりと答えたリズに対して、シェヘラは相変わらずぽつりと返した。二度三度と「そっかあ」 と呟き、言われた言葉を噛み締める。

「うん、そうだね。ならリズ、私も一緒に行きたい。行かせて。私だって、父さんが残したものの事、私の夢の為にもちゃんと知りたいんだ」

 お願いだよと言うシェヘラに、リズははっきりと見えていないと解っていながら、ひょいと肩を竦めた。「ま、それはあの女が許せば、だな」

「うん。ダメなら勝手についてくよ」

「ははっ。そいつは心強いな」

 散らかった部屋を通り抜けていたら、薄暗い廊下の向こうからは、酔った声が楽しそうに笑っていた。リズ達を睨みつけていた黒衣の女も、酔いどれの目にかかれば、丁度いい酒の肴なのだろう。


 そんな目で黒衣の女が見られているのだろうと思うと、少しばかり胸のすく思いだった。実際、酒場に二人が姿を現した時、扉の前にて待ちわびて、こちらをずっと睨んでいたらしい姿と目が合う。

 そしてもう一つ、酔った男の隣にはちょこんと腰かけて、まだ少しだけ幼さを残す声がくすくすと楽しそうに笑っていた。

 青緑色の蛇に見間違うような、きっちりと編まれた髪を片側に流し、垂れたままの飾り紐が、笑い声に合せてゆらゆらと小刻みに揺れている。時折、手足に通したままにしている金輪が触れあって、しゃらりと涼やかな音を立てていた。


 リズにはその姿に、顔に、見覚えがあった。だがそれも、シェヘラが上げた頓狂な声によって思考も途切れる。

「お姉ちゃん?! 戻ってたの?」

 駆け寄ったシェヘラに気が付いた姿は、その姿を確認した途端に頬を膨らました。

「あ、もう! 酷いわ、シェヘラ。『戻ってたの?』 は、私の台詞よ! アルヴィスさんが教えてくれて、戻って来てた事初めて知ったのよ?」

「あ……ごめんね。その、色々先にやっとかないといけなかったから、つい……」

 言い訳染みてしまうのは、仕方のない事だった。叱るような調子の姉の声に、流石のシェヘラも肩を竦めて小さくなる。

「全く、顔くらいはちゃんと見せに来てって、いつも言ってるでしょう?」

「ご、ごめんってば! 次からは気を付けるから!」

 申し訳なさそうに目を落としているシェヘラを尻目に、広場で踊り子として舞っていたリウミュは、ちらりとリズに一瞥をくれた。ただ何を言う訳でもなく、彼は居ないものとしてまた、妹に目を向ける。

「お帰りなさい」

「うん、ただいま」

 そんな彼女の態度にリズは微かに訝しく思いながらも、自分には関係のない事だと店主の男の手招きに応じた。

「こんな容器しかなくて悪いね、お兄さん」

「いえ、十分です。ありがとうございます」

 差し出された容器と水筒を受け取りながら、リズは頭を下げた。

 金属製の箱に入れられた食べ物の熱が、彼の冷えた指先には熱いくらいだった。じんわりと温められていく感覚に、思わず口元も綻ぶ。

 背負った小さな荷物の中に丁寧に入れて、入り口にいる姿に向き直る。

「さ、行きましょう」

「……ああ」

 自然と引き締まったリズの口角が、その機嫌の悪さをありありと表していた。


「あ……」

 外に行こうとしている二人に気が付いたシェヘラも、その跡を追おうとするものの、姉と彼の間で視線をさまよわせ、物言いたそうに見送るだけだった。

 

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