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〈6-2〉

 

「それにしても、まんまと驚かされたな」

 改めて目の前の植物に視線を移したリズに、シェヘラは得意げに笑った。

「今はまだ、こんな狭いところで少ししか育てられていないけどね。いつか……このナビエルバをもっと増やして、街のいろんな所に植えて、カラカスだけでも、緑でいっぱいにしたいなって」

「ははっ」 いつかは実現してしまいそうな夢に、リズは驚きのあまりに思わず笑ってしまっていた。「緑に溢れる場所を見つけるどころか、作ろうだなんて、とんでもない野望だな」

 〈緑の地〉。暗雲に閉ざされているこの地では、そのような場所が見られる筈がないと言われ続けるお伽噺に他ならない。誰もが一度は聞いたことのある寝物語であるそれを、実現させようだなんて酔狂者がまさかいるなんて、思ってもみなかった。

 反対される訳でもなく、むしろ応援の様に聞こえたそれに、シェヘラもにっこりと不敵に笑う。

「そう、私の野望! 父さんはね、本当は……身寄りがない私たちの生活の為にって、これを残してくれたんだ」

 少しだけ落ちた声色は、血縁ではない父に向けた寂しさのせいだろうか。微かにうつむいた横顔に、何と声をかけたものかと迷っていたら、シェヘラはぱっとこちらに顔を上げた。

「けど、私は緑の場所を探している父さんそのものを越えたいからね。生活の手段だって、夢に使うよ」

 そこには既に陰りはなく、不敵に笑うシェヘラの表情は自身に満ち溢れていた。

「生活の手段?」

「そ。リズも聞いたでしょ? 私は煙草売りだって。材料は、この葉っぱだよ」

「へえ、なるほどな」

 首肯したリズも、悪い事を思いついたようで、にやっと笑った。「見つからないって駄々捏ねて逃げ出すよりか、使える物は何でも使うって、その方がずっといいな」

「ぷっ、あはは! でしょ?」

「ああ」

 ひとしきり笑ったシェヘラは、ふとその笑みを消すと空を見上げた。

「でもね、そのためには……やっぱり、あれは邪魔に思えてしまうんだ」

 見上げた先にあったものに、否応なしに気が付く。「〈工場の木〉、か……」

「うん」

 見上げた先で影を落とす〈工場の木〉は、決して動く事のない赤い月の光を受けて、黒々と聳えている。

 街のどの場所からも見ることが出来る〈工場の木〉と呼ばれるその場所は、各地にあるどんな街にとっても、唯一の生産機関である。精密機械から大型の重機まで、あるいは食料品や日用品と、気まぐれに作り排出しているという、〈工場の木〉。

 そこで造られるものは、何も人が便利と思うものだけではない。うっかり生き物が紛れ込んでしまったら、〈工場の木〉はその生き物を流れ作業で加工してしまうと言う。

 噂では、何の目的も持たない野良の機械は、〈工場の木〉の気まぐれで吐き出されたもののうちの一つだと言われているくらいだ。そんな嘘か本当か確かめようのない噂が出回るほどに、〈工場の木〉が生産するものに一貫性はない。

 それだけ生活に大きく関わる存在であるにも関わらず、人々は無意識に見えないものと捉えている節がある。

 〈工場の木〉の中で日ごろの糧を正当に得ている者も、投棄された資源から収入を得ている者も、街を覆う勢いで聳える象徴を、話題にする事は有りえない。まるで、工場の話題を口にしたら、良くない事が自分を含めて身の回りで起きてしまう。そんな恐れを感じるからこそ、街で暮らす者たちは、特別話題にすることはないのだろう。


 二人が見上げていると、街一帯に向けた溜息のように、〈工場の木〉から街中に張り巡らされた生活のパイプラインから蒸気が上がる。

 噴き出した蒸気はなにも、水が蒸発しただけのきれいなものではない。油圧によって送り出される工業用廃棄水に有機触媒、あるいは濃縮された劇薬などなど。安易に生き物が触れるとただでは済まない代物が、蒸気としてまき散らされているのだ。

「あの蒸気だって、身体によくないって解っていても、誰かがどうにかする訳じゃないしさ。あの煙がなかったら、もしかしたらもう少し、この街は生活しやすい筈じゃないかなって思うんだ」

 立ち込める煙が危険だと解る野生の生き物たちは、当然の如くその近くに姿は見せない。

 しかし一帯を隠す濃霧が危険なものだと解らない人々は、当たり前のように生活している。そのため蒸気もろとも深く息を吸い込み、気化した劇薬に喉を傷める、なんて事はよくある話だ。今更気にするほどでもない。

 だが。

「そりゃ、そうだが。まあ、無理だろ。パイプの劣化は一か所二か所の話じゃない。この街だって、管理は遺跡から市場まで、全て含めて工場だろう?」

「うん……」 納得のいかない様子で、シェヘラは頷く。「解ってるよ。どうしようもない事が沢山あるんだって事はさ。でも、緑の場所をつくる事が遠くても、他の小さな事なら皆にも出来る筈なんじゃないかって、思っちゃうんだ」

「まあ、そのためには、もっとたくさんの人間がこの街を変えようって思って動かない限り無理だろうな」


 そうだよねえと振れ腐れた姿は、頭で現実を理解していながらも、心のどこかで努力すれば己の望みは叶うはずだと信じて疑っていないのだろう。だからこそ、その表情を盗み見たリズは意地悪く嗤って見せた。

「まっ、そんな無謀より今手が届きそうな事に目を向けておくこった。歓楽街の人間がお前の主張を聞いたって、まずそんな面倒な事に賛同しやしねぇよ。それよりも、目の前の狂騒や肉欲に溺れる方がいいって言いそうだ」

「もう! どうせ、ほとんどの人は街の事なんて気にしてないんだって事くらい、解ってるってば! リズのバカバカ! 意地悪」

「ははっ」

 今度こそ不貞腐れてそっぽを向いたシェヘラに、悪びれて謝りはしなかった。

 丁度、二人の背後の扉が軋みながら開いたせいでもある。

「やあ、お二人さん。ここに居たんだね。探してしまったよ」

 ひょっこりと扉の間から顔を覗かせたのは、地下の酒場の店主だった。「連れの子が、君の事を探していたよ、お兄さん」

「え……?」

 続けられた言葉に、連れという言葉に心当たりがないリズは眉を顰めた。

 促されるように店主の後ろに目を向けて、その表情も固まった。

 

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