〈5-2〉
尻込みするリズに、シェヘラはふっと苦笑して、部屋の真ん中に置かれたデスクに近づいた。
「ここに来たくらいで怖気づかれたら、困るんだけどなあ」
足の長い鉄製の丸椅子を引きずり出して、リズを手招く。シェヘラは雑多に積み上げられた書類を何気なしに取ると、未だに部屋の入り口で立ち竦むリズに向き直った。
「ね。覚悟はいいんだよね、リズ?」
小首を傾げた姿は、是非を訪ねている訳ではない。あくまで今から話すけど構わないかと確認に過ぎなかった。
返答を待つことなく、シェヘラは手元のデスクへと視線を落とした。
「よく、父さんに聞かれた事なんだけどね。……ねえ、リズ。リズはどうして各地を巡っても植物がないのか、考えた事はある?」
シェヘラの尋ねた声は、しんと静まる部屋の中でやけに響いて聞こえた。リズが腹にずしんと重みを感じたのは、聞きたくない言葉だったからなのかもしれない。
「ねえ? どうして〈工場の木〉だけが生産機関なのか、考えた事はある?」
「そんな事、は……」
絞り出すような声の様子に、シェヘラはおおよそ予想していた通りの反応だと肩を竦めて地図に目線をくれた。
「あのね、父さんは言ってたよ。この地のあり方はおかしいって。この地で得られるはずのない資源はどこからくるのかな? って」
おずおずと紡がれたシェヘラの言葉に、リズは漸く眉を顰めた。
「得られる筈のない資源? どういう事だ?」
シェヘラは困ったように首を振った。
「解んないよ。食べ物も、着る物も、住む場所でさえも。もしかしたら、昔のジアーズには当たり前にあっただろうけど、少なくとも今は、存在し得ないものばかりで出来ているんじゃないかって。存在し得ないものを〈工場の木〉が補っているから、父さんは〈工場の木〉は人を集める為に存在しているんだろうって言ってたよ」
きっと幾度となく聞かされた話をそのまま告げているに過ぎないのだろう。それでも植物が見つからない理由と〈工場の木〉の存在を線で繋ぐ事が出来なくて、より一層眉間に皺を寄せていた。
「……よく解んねえな。何の為にあそこがそんな事する必要があるんだよ」
「他の場所で生産することを許さない為にって」
「他の場所?」
言われてリズが一瞬思い出したのは、遠い地に有る筈の、自分が捨てた街の事だった。カラカスとほとんど外観の変わらないその街の事を思い出して、また首を傾げる。
「でも、〈工場の木〉はどこの街にだってあるぞ?」
「うん、そうなんだよね。でもね、〈工場の木〉がこの地を動かしている限り、この地に緑なんて栄えやしないって、父さんははっきり言ってたんだ」
「あいつがそんな事を言うなんて……」
きっぱりと言い切ったシェヘラの言葉は、にわかに信じがたかった。思わず、かつての友人の屈託のない笑顔が網膜に浮かび上がり、言葉と記憶の上手くかみ合わない歯車同士を、どうにか噛み合わせようとする。
リズが思い出すのは、それまで当たり前のように延々と向こうから流れてくる機械と部品を組み立てていた、かつての自分のいた場所だ。そしていたずら小僧のような人懐っこい笑みを浮かべて、力強く腕を牽引して走る背中だった。
記憶の中の姿がどこを目指していたのかを思い出して、また苦笑する。
「やっぱ、リズも信じられない?」
「まあな」
伺い立てられて、我に返る。頷いてから、首を傾げた。
「俺も?」
「そう、リズも」
言葉のニュアンスに吊られて顔を上げたら、至って大真面目な眼差しが、こちらをつぶさに観察していた。呆気に取られて見返すと、仕方がなさそうにシェヘラは溜息を零して肩を竦めていた。
「私も、大概だって解ってる。でもさ、あちこち回った父さんですら見つけられなかった場所の事を、私は父さんに代わって見つけたいんだよ。なのにさ、一番諦めきれてないくせに、私の事諦めさせようと父さんはそんな事言いだすんだよ? 信じられる訳ないよね?」
捲し立てるような言葉は、いつしかずっと抱えていたらしい不平不満に変わっていた。
「そりゃさ。夢を見てうわごとを言うだけなら簡単な事だよ。でもさ、夢を持ち続けて動き続けて一生懸命行動している身になってみてよ。諦められる訳がないよね! 全く」
ふんと胸を張って頬を膨らませた姿に呆れて、溜息をこぼした。
「お前さ、都合のいい理解者を見つけたって思ったんだろ」
「もちろん。だって、そうじゃなかったかわざわざこんな、父さんの伝言板みたいな事しようだなんて思う訳ないでしょ?」
しれっと開き直られて、苦笑も呆れも何も出てこない。
「まあ、そうだな」
リズが疲れ切った様子で宙を仰ぐ姿を脇目に捉えながら、シェヘラはこっそり肩を竦めた。
「……まあ、お姉ちゃんは余計に反対しそうなんだけどね」
意図せずぽそりと呟かれたそれを聞いてしまったものの、余計な事は聞かない方がいいだろうと判断したリズは、やっと落ち着いた気持ちで部屋の中を回し眺めた。
「それで、あいつの残してくれている筈の手がかりって何なんだ?」
先を進める様に尋ねたら、仕方がなさそうに露骨に肩を竦められた。
リズはそんな姿を脇目にしつつ、壁際の棚に足を向けた。部屋の中で目に留まるのは、やはりいくつもある植物の樹脂標本だ。おもむろに手に取った途端、「それ」 と仕方なさそうな声が言う。
「同じものじゃないけどさ、見たくない? 生きた、植物」
「あるのか……?!」
驚き振り返ったリズに、シェヘラはいたずらの成功に喜ぶかのように、にやりと笑った。




