〈4-2〉
大声に叱責されて、丈夫そうな鉄製の篭や工具を運ぶ屈強な男達は、低い声で返事をすると足を速めた。
手ずから荷を運ぶ男たちのずっと奥では、大がかりな機械に乗り込み、下からリフトやベルトコンベアによって運ばれて来た鉄屑を掻き出す者も見受けられる。縦穴鉱から通りに向かってベルトのラインが絶えず鉄屑を押し上げて、地下に眠る資材を運んでいるのだ。
鉄屑に混ざって掘り出された目当ての品物は、広場の外れに山と運ばれた。
遠い昔に蓄えられた、保存の効く食べ物やインゴットを初めとする資材は、必需品とはいえ掘れば手に入るありふれたものばかりだ。広大な広場の半分は空のコンテナが山と積まれ、荷を抱えた男達は皆その中に消えて、手ぶらで直ぐ様出て来ていた。
十三番通りに面する店々は、一時の休息を取る者たちで溢れている。
食事を取るもの、賭け事に投じるもの、惰眠を貪り見張り番に怒鳴られるもの、早くも酒を呷るものと様々だ。
活気があると言えばそうだろう。遺跡の採掘が無ければ、歓楽街と大差はないくらいだ。違いがあるとしたら、通りに面した店の上には、必ずアパートメントがある事くらいだろうか。それだけここが、人の生活に溢れているのだとよく解る。
往来には、力仕事に勤しむ男達だけがいる訳ではない。力の要らない仕事を任された女性たちの姿も多くあり、歓楽街のような艶やかさは控えめなものの、厨房や配膳、あるいは炉端にて風呂敷を広げる小売商にて、忙しそうに立ち回っている。
それらを脇目にしながら、二人は通りを下る。人の流れが自然に出来てしまうほどに、行き交う姿は多かった。気を抜いて流されてしまうと、何処に連れていかれるのか解らない。
流れを避けるように、シェヘラは大通りから人通りが薄い道へと迷いなく入って行く。途端に人気は一気に薄れた。
一つ入った路地は雑踏の中とは違い、家路に急いでいるような、急ぎ足の人間がまばらに歩いているくらいだ。彼らが家路を急ぐのは、足を止める露店も何もないせいだろう。
先に広がっているのは、緩やかに登っている坂道と、網の様に張り巡らされている小道ばかりだ。遺跡坑道周辺にて仕事を持つ者たちが、好んで住む区画である。大通り程大きな建物は無いにしても、五階建ては当たり前の長屋が、いくつも並んでいる。
さらに道を逸れて細い道に入る。二人が並んで歩くには、狭さを感じてしまう程だ。
ただでさえ人気の少なくなっていた道が、建物に遮られて暗さまで伴った。このような人通りが近くて誰も通らない場所には、野生の機械が好んで出現しかねない。
万が一に備えておこうと、無意識のうちにリズは懐を探っていた。
「心配いらないよ」
リズの様子を脇目に捉えていたシェヘラは、振り返って安心させるように笑った。
「少なくともこの辺りは、父さんが勝手に置いた機械避けが動いているから。ここらで襲われたっていう人も居ないしね」
「ああ……。いや、ないならいいんだ」
それもそうかと納得せずにはいられない。
野良の機械は街の中で生活しているものにとって、街の中に溢れている毒を含む蒸気よりも気をつけなくてはいけない代物だ。
野良の機械に、出会いたくないならば、人気の薄い場所にはいくべきではない。そんな事は誰もが知っている常識だ。機械としての目的と、活動のエネルギー源にされれば、まともな生活は困難だと言われているからだ。
だからこそ、自分と付き合いの長い旧友が、あるいは自分の娘の為に義足を用意させたくらいの旧友が、身辺を警戒していない筈がなかったなとリズは思い直した。
路地の終点は、それほど遠くなかった。小道の前方は建物に遮られて終わり、そこにたった一つだけ、明かりの灯る階段があった。カンテラがぼんやりと照らすその階段は、半地下にある扉へと続いている。真鍮製の看板が照らされて、丸いボトルとグラスの絵が浮き上がっている。
その絵が示すところは酒場であるが、シェヘラは何食わぬ顔で扉を開いた。同時に、りんっと小さなベルが鳴る。橙赤色の光が内よりあふれて、一瞬目がくらんで伏せた。
遅れを取ったリズに構うシェヘラではない。
「ただいまー」
間延びした声で告げると、すぐに返答はあった。「お帰り、シェヘラ」
二人を出迎えたのは、カウンターの向こうに立つ初老を迎えた男性だ。この店の店主なのだろう。後続のリズの姿を見つけると、「いらっしゃい」 と穏やかに微笑む。
扉をあけたそこは、やはり酒場だった。それ程広くない店内は、カウンターに四つほど席が並んでいるだけだ。狭い店内は、四隅のスコンスとカウンターの上に置かれたカンテラの明かりだけで十分に照らし出されている。
男の声に吊られてその前に座っていた、髭を蓄えた姿までもが振り返って、リズを見かけた途端ににやりと笑った。
「お? なんだ、シェヘラ。新しいカモか?」
「そんなとこ」
「わっははっ! そいつは景気がいいな!」
ひょいと肩を竦めたシェヘラに、リズは思わず顰めた。期待通りのリズの反応に、髭の男は気をよくしてがはがはと大声で笑い転げる。
「ああ、シェヘラ! 景気ついでにいつものやつ、頼むよ」
「まいど。後で持ってくね」
「ああ、よろしく頼む。さあ、飲むぞヤヌス! 新しい金づるに乾杯だ!」
笑う男に、カウンターに立つ男性だけが窘めた。
「おいロド、止さないか」
「いいじゃねえか! これほど旨い酒の肴はねえ、ってな」
窘められたからと言って、笑い止む男でもない。ヤヌスは笑い止まない姿に眉を顰めるも、止まらなさそうなので早々に諦めたようだった。申し訳なさそうな視線をリズに向けた後、その視線はシェヘラに向けられる。
「それよりもシェヘラ、飲み物でもいるかい?」
尋ねられたシェヘラは首肯した。
「うん。それと、何か缶詰でもある? おなかペコペコなんだ」
「ああ、解った。後で一緒に持って行くよ」
頷いた姿は、リズに改めて笑いかける。
「お兄さん、気を悪くしたなら悪いね。代わりに、ゆっくりしていきなさい」
「……いえ。お邪魔します」
一連のやり取りをぼんやりと眺めて諦めが入っていたリズは、小さく頭を下げると、カウンターの脇をすり抜けて奥へと向かうシェヘラに続いた。




