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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第三章 学園大会編(16歳末)
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27 王子の目指す道

 次期為政者として幼いころから優秀だった兄上に憧れていた私は、兄上の執務室に遊びに行くことが多かった。忙しい父上の邪魔をするわけにもいかず、兄上のお姿から王家の者として学ぶべきことを真似させてもらおうと、幼心に思っていた。

 確か7つほどだったその日も、同じように邪魔にならないところで黙って座っていた私に、7つ違いの兄上は、世間話をするように声をかけてきた。


「フレディ、その時に上に立つ者にすべきことが何か分かるかい?」

「なるべくいい(まつりごと)をすることでしょうか?」


 兄上は書き物から顔を上げて、私に微笑んだ。


「それも正しい。だが俺は、そもそも『いい政治が何かを定める』ことこそが王に求められることだと考えている」

「何がいい政治か、ですか?」

「そうだ。王とは、国の基盤を作り、その舵を取ることで民の命と生活を背負う存在だ。国の変化を求めるのか、現状を維持するのか。変化をどの方面から、どの程度の速度で起こしていくのか――これらは全て王の判断に委ねられている。その検討材料を集めたり、手段を考え、実行するのがこの王家に仕える者達だな」


 私が兄上の話についていけずに首を傾げると、兄上は「これは俺がいけなかったな」と苦笑されて立ち上がり、手のひらの上、空中に私の腕に余るほどの水の塊を浮かべられた。そして私にそこに置いてあったペン立てを手渡される。


「水が国の規模、ペン立てが私たちの施策だと思いなさい。水面にペン立てを投げこんでごらん」


 私がペン立てを投げ入れると、ぱしゃんと軽い音が鳴り、ペン立てが空気の泡をまとって底に沈む。


「波が立つだろう?大きなペン立てであればあるほど、そのしぶきも波紋も大きくなる。そして水よりも大きなペン立てを叩き付ければ、本体は壊れ、水は溢れる」

「水が国、ペン立てが私たちであるなら、しぶきと波紋はなんですか?」

「民の生活と国の平和だ」


 水面に小さなしぶきが上がった後、波紋が広がり、そして落ち着いていく様を私がじっくり見たのを確認してから兄上は純粋魔法で作りだした水球を消し、落ちてきたペン立てを片手で捕まえると、私にアメジストよりも濃い紫紺の瞳を向けられる。


「分かるかい?王が目指す国の在り方を歴史と変えた時はこれと同じだ。下手な投げ入れ方をすれば、多くの民の命が犠牲になり、削られかねない。その際、真っ先に犠牲になるのは、この王家に仕える騎士、そして平民の中での貧民層だろうね」

「そっ、それはイアンが死ぬということですか!?」

「イアン……あぁお前の護衛騎士のジェフィールド家の子だね。そうだよ。彼らは争いが起こった時に前線に立つ存在だ」

「そんなことは困ります!イアンは私の唯一の友でもあるのですから!」

「では、お前は、彼らを死なせないようにするために何が必要で、そのために自分に何ができると考える?」

「……た、戦うなとは言えませんし……王が戦争を起こさないことが大事だとは思いますが……具体的には分かりません……」


 お忙しい兄上がわざわざ手を止めて答えを待ってくださっているのだ、早くしなければ。

気持ちが急くのに一向に考えがまとまらず、結局、言い訳のような中途半端な答えを漏らしてしまった。


「では、これはお前の宿題にしておこう」

「……ご期待に添えず申し訳ありません、兄上を目標に今後も一層勉学に励みます」


 私がぼそぼそと答えると、兄上は私の前までわざわざやってきて、王である父上譲りの美しい切れ長の瞳を細められた。


「俺もまだ勉強中の身だが、答えは一つではないよ。少なくとも、俺と同じやり方では、お前の美点を消してしまうだろう」

「え……?」

「これからは俺の模倣だけではだめだ。お前だけのやり方を、お前の力で見つけなさい」


 小さな含み笑いとともにぽん、と頭を撫でられた。




 客観的に見れば優しい兄に諭されただけのように見える。

 しかし兄上の表情を見ていた私は悟っていた。

 あの時、兄上は私を試し、そして私は兄上が求めるほどのものを示せなかったことで、兄上は、私が兄上ほど優秀でも強くもないことを見抜かれた。


 ゆえに苦い記憶として今でも残っている。



 それから兄上は、部下や家族とすらも一定の距離を空け、永久の「孤独」にあることを選んだ。

 圧倒的な有能さで周囲の信頼を得、求心力を残す。されど自分からは決して心の距離を一定以上詰めない。部下たちには「国」に忠誠を誓わせ、個人的への感情――兄個人のために身を犠牲にすることがないように「調整」する。他人の様子から常に自分との距離を測り、近すぎれば遠ざけ、遠ければ自分を裏切ることのできない程度に近づける――それはとても難しいことだろうに、兄上は確かにそれを成し遂げている。

 であるから、今だって誰にも寄りかからず、例え、私にも、母上にも、父上にも、そして兄の妃である義姉上にすらも、兄上が胸の内を語られることはない。

 周囲の人間が陰で、畏怖と尊敬を籠めて氷の王太子との異名で揶揄するのはそのためだ。


 私心を排した、ある種、為政者の理想像なのかもしれない。



 だが、身近な部下や恋人との距離を常に一定に保つ――人間性を捨てたそのやり方は、兄上の仰った通り、とてもではないが私にはできないと思った。

 当時まだ14歳だった兄上がその慧眼で見抜かれた通り、私がなすべきことも、やり方も、兄上とは異なるのだろう。


 兄上への解答――国民が、そして私の大事な友人たちが無駄死にしないように司令塔たる私が情報を掌握し、利害損得と人間関係を調整して動かす方法は、今なら多少は思いつく。そのために必要なことを私なりにしているつもりだ。



 あえて私心を排さずに、人徳でもって人を惹きつけ、それを最大限生かす。

 それが王家の一員として私のすべき最低限のことだと考えている。

 しかしいくら理想を掲げても、思い描いたとおりに実践することはいまだできない。

 本来なら私が憎まれ、恨まれる立場を甘んじて受け入れるべきなのに、精神的な弱さを晒しては、イアンに心配をかけ、グレンには憎まれ役を買わせて逆に励まされてしまっているのが現状だ。


 自分が、王子として周りを守るために何をなすべきか。何ができるか。

 繰り返し反省し、模索することしか、私にはできないのだ。




 ……と黙考していた時に、突如として硬いものがぶつかる痛みが額に走った。


「つっ!なにをする!」


 顔を上げれば、人差し指を親指と併せて弾いた形のまま、こちらを睨むグレンと目が合った。


「そういう顔やめてよ。自意識過剰もいい加減にしてくれないと辛気臭くて嫌になる」

「だが、今後のことを考えればエルの危険は予想できるだろう?そんなところにお前の大事にしている者を差し向けさせる原因を作ったのは私だ。追い打ちをかけるように命じるなど――」

「だからこそ大会に出すんだよ」


 グレンが寝台から立ち上がり、伝達魔法で彼が唯一身の回りのことを任せている無口な執事を呼びつけ、お茶の準備をさせた。一礼の後、無駄な音を立てることなく入ってきた無口なグレンの筆頭執事が小テーブルをセットし、そこに手際よく軽食と果物、茶が並べられていく。

 淹れられたばかりの湯気の上がる紅茶に口をつけ、なんてことのないようにグレンが呟いた。


「確かに、これから僕の傍で僕の仕事に本格的に携わらせるのなら、あいつは直に凶刃に晒されることになる。今のまま実戦に出せば、十中八九あいつは早死にして終わるんじゃない?」


 既に抱える仕事の多いグレンが、エルの傍にいて常に守ってやることなど到底できない。

 かと言って、グレンやイアンとの訓練では、二人との実力差がありすぎるせいで相手を倒すつもりで戦ってくる「本気」をエルが味わうことはない。ということは。


「実践――とまでは言えないが、訓練とでは緊張感も甘さも段違いだと意識させること、相手を攻撃することを躊躇するエルに、少しでも危機感を植え付け、可能な限り他人を攻撃することに慣れさせること。それが目的だと言うことだな?」

「まぁね」


 グレンに嗜虐趣味があるとしても、「殺すなら僕の手で殺したいな」と言うやつだから、――それが事実にせよ誇張にせよ――他人の手で命を落とさせたくはないのだろう。


「さっきも言ったけど、僕もあいつが勝ち上がれるとは思ってない。本戦に出られる可能性は万に一つだと見てる」

「信じてやらないのか?」

「信じてるよ、万に一つは」

「それは信じているとは言わんぞ」

「そんなに甘いものじゃないって言ったのはあんた自身でしょ。本戦に出られるのは32人だけだ。上位貴族の上級生エリートクラスでその枠が埋められてきた歴代の記録がそんなに簡単に覆されるとは思わない」

「それを言っては身も蓋もないだろう?私個人はイアンの秘蔵っ子のセネット家嫡男がどこまで行くか、楽しみにしているのだがな」

「あぁ。エルの友人のヨンサム君ね。彼なら望みはあるんじゃない?」


 直接口を利いたことはほとんどないが、エルとイアンとよくいるため幾度か会ったことがある。照会した燦々たる座学成績とは対照的に、剣術武術の実技成績はずば抜けてよい、人のよさそうな好青年だった。エルに散々いじられていても仲良くやっているところを見るに、対人能力は高いのだろう。

 イアンが珍しく入れ込んで目をかけていたから一度訓練風景も見たことがある。

 その時の印象は、研いだばかりの、抜身の剣。

 冷静に戦況を見極める鋭い観察眼を持ち、自分の思い通りに身体を動かす能力に長けていたところから、将来有望な騎士となることだろう。


 初対面時に、エルと一緒に木から落ちてこなかったら、おそらく見逃し、埋もれていた才能だ。


 私とメグとの出会いも、イアンと彼の出会いも、そしてエルとグレンの出会いもそうだが、こう考えれば、縁というのは奇なものだ。



「そうだ、イアンで思い出したぞ。グレン、本当にこれからエルを本格的に使う予定なら、私はイアンに『小姓契約』のことを話すつもりだが、いいか?今のままではエルを使う時にイアンを交えた作戦会議が出来ん」


 国が大きく動こうとする今、グレンとイアンという腹心とは情報を共有しておくことが不可欠だ。そのためには、グレンとエルの間にどのような強制力が働くのかを正確に伝えておく必要がある。


「お前の寿命や魔力、そして言わずもがな小姓の歴史を除いた、一般的な概要とお前とエルの関係だけ話そうと思うのだが」

「僕の個人的な事情とエルの性別を除いたその他の事情について、僕には話を止める権限なんかないし、小姓契約秘匿の拘束力は王族以外には及ばない。あんたの責任で話すべきと思ったことを話せばいいんじゃない?」


 グレンは私の追加説明を聞いた後、特に気にする様子もなく、運ばれた軽食のサンドイッチを咥えた。この何気ない返事にグレンからの信頼を感じられてほっとする。

 重い話はこの程度でいいだろう。


「ではもう一つの話に移るか」

「うん?もう一つ?」


 運ばれた毒見済みのお茶を飲み、音を立てずにカップをソーサーに置いてから意地悪い笑みを向ける


「お前の婚約者としてエルを連れて行くという話だ。大会で負けることを予想しているということは、逃す気がないということだろう?」

「……ちっ、覚えてやがったか」

「お前くらいあからさまだと私も楽しくなってくる。さぁ、話せ」

「別に。特別な理由なんてないよ。鬱陶しい令嬢たちを遠ざけるいいカモフラージュになってもらおうと思っただけ」


 グレンが露骨に顔を顰めて、咥えていたサンドイッチを皿に戻した。


「それだけのはずがないだろう。お前のエルへの好意はそれ以外の物事とは比較にならないくらい分かりやすいのだからな、少なくとも私にとっては」

「人の繊細な(デリケート)ところに突っ込むなんて趣味悪ーい」

「日ごろ散々他人の繊細なところを抉っておいて何を言うか。……目的の一つは令嬢としての(・・・・・・)あの子の身柄の保護といったところか?」


 追及の手を休めない私に、グレンはけだるそうにため息をつき、さらりとした前髪をかき上げた。




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