16 小姓は主に似ているらしいのです
弱点を利用ってどういうことだろう?
「弱点っつーのは、弱いところ。だからこそみんな狙う。逆にそこから反撃されるなんて思いもしないだろ?だからつけ入る隙になるんだ」
「隙……そりゃ利用できたら強いかもしれないけど、利用なんてどうやってするの?」
「そこを考えんのは自分だろ。そーじゃなきゃ成長しねぇぞ」
「む……正論だ」
うーむと唸る僕にヨンサムはヒントをくれた。
「イアン様は、よく、発想を転換しろって仰ってる。例えば、お前で言うなら――体が小さくて背が低いっつーのは、相手の攻撃が当たる範囲が狭いっつーこと。それから、体が軽いって言うのは、身軽ってこと。逆に考えろってさ。まぁその『逆』って意味で言うなら、お前が貧弱な体型の特殊課だってとこがなにより強みになるよな」
貧弱で悪かったな!でもそれを逆に考える……というと?
「そう?頑強なやつらが強いっていうのは、間違ってはないよね?速さの源も、相手への攻撃力も、防御も、筋肉勝負だもん」
「あぁ、そりゃ間違っちゃいねぇよ?筋力っつーのは、魔力に並ぶ自分の力だからな。純粋にあった方が強いに決まってる。騎士課の連中は特に、筋肉が正義っつーか、筋肉が物をいうって考えてるやつが比較的多い。けど、だからこそ、筋力ないって一目で分かるやつは弱いって思いこみやすいんだぜ?『格下だ』ってな」
「ってことは……それが油断につながるってこと?」
「そーいうこと」
動物や魔獣なんかだと顕著なんだけど、生き物は、本能的に、初対面の相手を自分より格上か格下か判断するものだ。
窮鼠猫を噛む――このことわざを忘れているやつは意外と多いかもしれない。
「お前なんか、見た目からして貧弱で、男爵家だから魔力も少ないってはっきりしてる。それに、魔術師課でもなく、特殊課ってことは、魔法が得手ってわけでもないっつー先入観がある。それは俺みたいにお前のことよく知ってるやつ以外の油断を誘える。この大会でお前は明らかなイレギュラーで、情報がない。それは利用できるとこだろ。……まぁもちろん、勝ち進んでいったら効かなくなるだろーけどな?」
「なるほどね……」
自分の弱点について発想を変える、か。
僕の弱点は、自分から積極的に攻撃する手段がないってこと。
……それなら、僕が攻撃しないで済む方法は何か、探せってこと?
「ああああ!」
「なんだよ!?」
「弱点を生かすもなにも、僕には戦術がないよ!」
戦術――すなわち、戦い方。それは戦闘職にとってはある意味自分の技能と同じくらい重要で、即席では身につかないもの。本来自分で考え、若しくはその場で判断して養っていくものだから、こうやって言うこと自体おかしいのだけど、そもそも非戦闘職志望の僕にはそんな経験値も技能もない。
だが、ヨンサムは不思議そうに首を傾げた。
「何言ってんだよ。お前、毎日毎日俺に報告してたじゃんか」
「え?」
「今日はあんな目に遭ってあんな風にいじめられたーって!俺、それ聞いてて羨ましかったぜ?」
「…………ヨンサムが被虐趣味に目覚めていた……だと!?それなら今度から僕の代わりにグレン様に――」
「ちっげぇよ!戦術って意味では身近にスペシャリストがいるじゃねぇか!お前にやってることの度を強くしたら命奪えるレベルなんだから、それ、立派な戦術だろ!それを常に教えてもらってるってことだろ!」
それはグレン様の苛め方を見習えということだろうか。
「はぁ?無理だよ。僕、根本的に他人に優しいもん。イアン様とかヨンサムみたいなまともな精神をしている人の行動の方が合ってるよ」
「いや、それはねぇな」
「……僕の性格があの方のように歪んでいると?」
「それも否定しねぇけど。それよりなによりお前は……が……油断を誘うから、グレン様の方が合ってるっつーか」
「え?何が?」
ヨンサムが急に言葉を濁らせた。明らかに言っていいものか迷っている顔だ。
「なに?今は藁にもすがりたい気持ちなんだ。どんなに失礼なことも言われても気にしないよ?」
「じゃあはっきり言うわ。お前の顔、子犬とか子だぬきに似てて、人に例えるよりずっと例えやすいくらいだから――」
「ヨンサム、明日の朝ごはんを楽しみにしてて。僕がたぬきくんの毛をトッピングしておいてあげるよ。ちょうどブラッシングをしてやろうと思っていたところだから、できた毛玉をまぜまぜして――」
「わ―――いいっつったじゃねぇか!ほら、丸顔で、目も丸っこいだろ?女顔っていうの?それも、弱そうってだけじゃなくて、純粋そうって感じなんだよ。実体は真逆なんだけどな!!初見では誰もがそれに騙されたけどな!!体格も相まって、いかにも弱くて、一撃でやられますーって感じに見えるわけ。……あああ――そんな目で見んなよ!だから、なんつーか、お前、ほんとにお前のご主人様と似てんの!」
「グレン様が子犬?あれ、獰猛な肉食獣だよ。あと、犬は絶対違う。性格的にそんなに従順でいい子じゃない。ご本人は嫌いだけど、怒った蛇とか、ハイエナの方が似てる。あとはネコ科。気まぐれで人を寄せ付けない感じがそっくり」
僕の力説に、ヨンサムはあっさりと首を横に振った。
「そこじゃねぇよ。グレン様って、魔法を除いたら、イアン様と比べると――失礼だけど、弱そうに見えるだろ?けど、本当は並の騎士には引けをとらないくらいには強いって聞いたぜ?魔法無しで!それはお前が一番知ってるだろ?グレン様が一番お得意なのは、魔法を使った『近接戦』ってイアン様が仰ってたからには、軟弱なわけねぇよな?」
「まぁそれはね……」
僕が一番の被害者だからね。
見たくもないが(ここ大事)、グレン様の裸なんて毎朝不可避的に見させられている。だから、グレン様に猫のようなしなやかな筋肉がしっかりついてるのだって、嬉しくもないが(ここも大事)、誰よりも知ってる。
見た目通り薄っぺらくてへなちょこな僕とは違い、細身なのに、日ごろ訓練される分の筋肉はしっかりついているわけだ。くそう。
「なのに、あの方は見た目、そんなにガチガチの筋肉がついてるようには見えねぇし、顔も男っぽくねぇし……雰囲気も硬派じゃねぇのは、多分だけど、そういうご自分の容姿を一番生かす態度を見極めていらっしゃるんだと俺は思う。あれ、日ごろからの狙ってやっていらっしゃるんじゃねぇの?」
「他人を油断させたり騙したりするの大好きな方だから、全面的に同意する」
僕が力いっぱい頷くと、ヨンサムは複雑そうな顔をした。
残念ながら、イアン様とヨンサムのような健全な師弟関係じゃないんだよ僕らは。ご主人様と、ご主人様の歪んだ欲望の発散相手という関係なんだから、ヨンサムがイアン様に抱くような純粋な憧れがあるわけないじゃないか。
「……とにかく、魔法はともかく、体型的にも、相手の油断を誘う容姿って意味でも、グレン様の方がお前寄りなんだぜ?っつーことは、お前は、俺やイアン様の戦術よりも、グレン様の戦い方を真似る方が近道だろ?」
「認めたくないけど説得力がある……」
グレン様のお仕置きや特訓から戦術を盗め、とヨンサムは言っているわけだ。
そのためにどうするか。
大会まで残り少ない時間で何をするか。
「いいか?エル。大会はさ、剣に限定されてるわけじゃねぇし、魔法だけとも言われてない。対魔術師志望相手の時と、対騎士志望相手の時で、最初に設定されたお互いの距離が違うってことと、区域の制限以外は縛りもない。『実戦形式』ってことは、『なんでもあり』だ。あぁ、即死系呪術と金的以外だけど。……すんなよ?」
「しないよ!」
ヨンサムは僕を一体何だと思っているんだ!
「何を使って、どんな相手と、どう戦うか。刻々と減る体力、魔力をどう温存するか。自分にとって弱いところをどうカバーできるか……こういう複雑な要素がかみ合ってんだよ。当たる相手が誰になるかは当日まで分かんねぇけど、少なくとも魔術師相手の場合、騎士相手の場合、それぞれの対策を練っておくのは有用だろ。てか、俺たちみんなそうしてるぜ?」
「うーん、奥が深い……」
「じゃなきゃ苦労しねぇって」
「それもそうだね」
先ほど起き上がった時にころりと転がって地面に降りたうさぎさんが再び僕の腕の中に納まった。伸ばした足に止まったふくろうさんが首を傾げては戻して、くりくりした金色の瞳で見つめて来る。
大会は、騎士や魔術師たち、国防を務める職業への登竜門。実践では常に命懸けの真剣勝負をすることを考えれば、出場する全員が真剣勝負をしてくる。
出場する以上、欠点だとか苦手だとか特殊課の非戦闘員だとか、そんな泣き言は通用しない。
「……ねぇ、ヨンサム。こんなに教えてくれてさ、もし僕がお前とあたったらどうするの?」
「あぁ?お前と当たったら?」
「うん。ヨンサムだって本戦上がりたいんだろ?」
「そりゃもちろん」
「僕だったら楽勝に勝てるから幸運だって思う?」
ヨンサムが無言のまま立ちあがると、月明かりを背に僕を見下ろした。
「俺は、お前は見た目ほど油断ならないと思ってる」
「グレン様とイアン様っていう二大戦闘職筆頭に直接特訓されてるから?」
「それもあるし、どこまでも諦めの悪いど根性と、手段を選ばない薄汚さと、周りが持ちえない医療知識が未知だからなー。どう反応してどうなるか、想像するだけで怖ぇよ」
「ヨンサムに警戒してもらえるなんて、光栄だねー」
「でも……」
「でも?」
月の光を反射して、ヨンサムの瞳孔が開ききった目が輝く。
「すっげぇ楽しみだな!お前と真剣勝負すんのは」
「えぇ!?なんで?」
「お互いの弱点も特徴も性格も知り尽くしてるお前と、遠慮も、お互いの身分も、目的も関係なく、全力で戦うって、多分この機会を逃したらねぇじゃん。お互いを知ってるからこそ、当然裏をかこうとするだろ?んで、全力でぶつかる。どっちが勝っても負けても糧になるし、想像するだけで超面白れぇ、血が猛るな……!」
真剣そのもので稽古に励むヨンサムは、自分の意思でこの「騎士」という道を選び、それにしては不利な身分を跳ねのけ、目標を勝ち取るための努力をしている。
それに引き換え僕は……。
ヨンサムの正々堂々とした生き方は、僕にはあまりに眩しく感じられた。
うしろめたさに苦みの走った感情を抑え、誇りにできる友人に僕なりの最大の激励を贈る。
「そっか……。今日はありがと、ヨンサム。僕、ヨンサムは騎士に向いていると思う。ヨンサムはきっと優秀な騎士になるよ」
「なんだよ!おだてても何もでねーっての!」
頬をかいたヨンサムがはにかんだ笑みを見せた。




